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第二章 特別な花
51,大切な話
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◆
「先日は私の軽率な行動のせいで、皆さんに多大なるご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございませんでした……」
スタジオの中はしんと静まり返っていた。
あの家出の一件があってから数日が経つ。私はヒルスにお願いをして、彼が働くダンススタジオに初めて連れてきてもらった。
スタジオにはダンススクールの先生たちも集まっていている。
家出した私を夜中まで捜してくれた先生たちに、どうしても直接謝罪をしたかったの。
ジャスティン先生や他の先生たちはなんともいえない表情でこちらを見つめた。そんな中、最初に口を開いたのはある女の先生だった。
「堅い!」
大きな声に驚いて、私は思わず目を見開く。
その先生は背が高くスラッとしていて、ロングの藍色ヘアには緩くウェーブがかかっている。お化粧が濃いわけじゃないのに美人で、大人の女性って感じで少し羨ましい。
こんなに綺麗な人と一緒にヒルスはお仕事をしているんだね。
「堅いわよ、レイ!」
「あの……」
「誰も気にしてないわ。あなたが無事だったならそれでいいのよ」
笑顔でそう言ってくれる彼女に、私は戸惑いながらも自然と肩の力が抜けていく。
「あっ、馴れ馴れしくしてごめんなさいね? あなたのことはヒルスからよく聞いてるの。わたしはフレア・ハント。いつも彼と仲良くさせてもらっているわ」
「あなたがフレア先生なんですね。いつも兄をサポートしていただき、ありがとうございます」
すると彼女は「だから、堅くならなくていいのよ!」と言いながら私の頭を撫でてくれる。
とっても元気な人だなぁ。
そんな彼女とは対照的に、ジャスティン先生は涙目になりながら口を開いた。
「レイ、よく来たね」
「ジャスティン先生、お久しぶりです。ご迷惑をおかけしました」
「全然! 君が元気でいてくれてホッとしたよ」
二年振りに会ってもジャスティン先生は自慢のオールバックをばっちり決めていて、雰囲気が全然変わってない。でもちょっとだけ目元の皺が増えたかな?
先生は珍しく真顔だ。こちらをしっかり見つめながら私の肩にそっと手を添える。
「うちのスタッフが、君に酷いことをしてしまった。本当に申し訳なかったね……」
「えっ」
なぜジャスティン先生が謝罪するの?
「やめてください。先生は何も悪くないですから」
「いいや。僕は経営者であり、彼の雇用主でもあるんだ。彼のしてしまったことは僕の責任でもある。どうお詫びしていいか」
いつもキラキラしている笑顔がどこにもない。こんなにも精のない先生を見るのは初めてだった。
私に謝るべき人は先生じゃない。それはきっと誰もが分かっているはず。だけど自らの下で働くインストラクターが大変なことをしてしまったという事実に、先生はきっと責任の重さを感じているんだよね。
これだけ色んな人に悲しい想いをさせてしまったライクさんに、私はこれからも失望し続ける。そして当然の報いなのかもしれないけれど、あの人は二度とスクールにもスタジオにも足を踏み入れることはできなくなった。自分の欲望に負けた人の末路はあまりにも失うものが多いんだね……。
「先生、いいんですよ。謝られても困っちゃいます」
「……君は相変わらず優しい子だね。こんな僕を許してくれるのかい?」
「許すも何も。ジャスティン先生は悪いことをしていないですから」
先生は何か思いつめたように口を閉ざす。
そしてまたいつもの明るい笑顔に戻った。けれど、どことなく先生の瞳は切ない。
「うん、そうだね……ちょっとずつ、前を向かないといけないよね……」
ジャスティン先生はいつも前向きだよ。私がダンススクールへ通っていた頃も元気に指導してくれて、明るい笑顔がとても眩しい人だった。先生のポジティブな姿に、私は元気をもらっていたんだよ。
「ヒルス」
「はい」
「レイと話したいことがあるんだけど……」
ジャスティン先生はヒルスに向かってウインクをしてみせた。まるで何かを「察しろ」と言うかのように。
──あ。もしかして。
今から何を話されるのか容易に想像できた。
ヒルスも分かったようで、大きく頷いた。
「レイは僕と二人で話すのには少し抵抗があるかな」
「えっ?」
ジャスティン先生はなぜか気まずそうな顔をしている。
「まだあの一件があったばかりだからね。もし嫌だったら、ヒルスにも同席してもらいたい」
それを聞いて私は唐突に理解した。
ジャスティン先生に気を遣われてる……。
ヒルスが慰めてくれたから、私はもう気にしていない。ジャスティン先生は信頼できる人だし、こういうことで変に距離を置いてほしくない。
それに「あの話」をするなら、むしろ二人でお話がしたかった。
眉を八の字にする先生の目を真っ直ぐ見つめ、私は小さく首を横に振る。
「私は平気ですよ」
「えっ?」
「お心遣いは嬉しいです。でも、今までどおり接してほしいんです」
「……レイ」
ジャスティン先生は目を細め、僅かに目尻が潤っていた。
「あ……それじゃあ先生。わたしたちは外で待っていますね」
「ありがとう、ヒルス、フレアも」
ヒルスとフレア先生は空気を読むかのように、そそくさとスタジオの外へ出ていった。他の先生たちも、隣の練習場にそれぞれ移動していく。
「レイ、それじゃあ少しだけお話ししよう」
「はい」
これから大事な話をするんだよね? どう話したらいいのかな?
迷いながらも、私はしっかり先生とお話ししようと決心した。
「先日は私の軽率な行動のせいで、皆さんに多大なるご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございませんでした……」
スタジオの中はしんと静まり返っていた。
あの家出の一件があってから数日が経つ。私はヒルスにお願いをして、彼が働くダンススタジオに初めて連れてきてもらった。
スタジオにはダンススクールの先生たちも集まっていている。
家出した私を夜中まで捜してくれた先生たちに、どうしても直接謝罪をしたかったの。
ジャスティン先生や他の先生たちはなんともいえない表情でこちらを見つめた。そんな中、最初に口を開いたのはある女の先生だった。
「堅い!」
大きな声に驚いて、私は思わず目を見開く。
その先生は背が高くスラッとしていて、ロングの藍色ヘアには緩くウェーブがかかっている。お化粧が濃いわけじゃないのに美人で、大人の女性って感じで少し羨ましい。
こんなに綺麗な人と一緒にヒルスはお仕事をしているんだね。
「堅いわよ、レイ!」
「あの……」
「誰も気にしてないわ。あなたが無事だったならそれでいいのよ」
笑顔でそう言ってくれる彼女に、私は戸惑いながらも自然と肩の力が抜けていく。
「あっ、馴れ馴れしくしてごめんなさいね? あなたのことはヒルスからよく聞いてるの。わたしはフレア・ハント。いつも彼と仲良くさせてもらっているわ」
「あなたがフレア先生なんですね。いつも兄をサポートしていただき、ありがとうございます」
すると彼女は「だから、堅くならなくていいのよ!」と言いながら私の頭を撫でてくれる。
とっても元気な人だなぁ。
そんな彼女とは対照的に、ジャスティン先生は涙目になりながら口を開いた。
「レイ、よく来たね」
「ジャスティン先生、お久しぶりです。ご迷惑をおかけしました」
「全然! 君が元気でいてくれてホッとしたよ」
二年振りに会ってもジャスティン先生は自慢のオールバックをばっちり決めていて、雰囲気が全然変わってない。でもちょっとだけ目元の皺が増えたかな?
先生は珍しく真顔だ。こちらをしっかり見つめながら私の肩にそっと手を添える。
「うちのスタッフが、君に酷いことをしてしまった。本当に申し訳なかったね……」
「えっ」
なぜジャスティン先生が謝罪するの?
「やめてください。先生は何も悪くないですから」
「いいや。僕は経営者であり、彼の雇用主でもあるんだ。彼のしてしまったことは僕の責任でもある。どうお詫びしていいか」
いつもキラキラしている笑顔がどこにもない。こんなにも精のない先生を見るのは初めてだった。
私に謝るべき人は先生じゃない。それはきっと誰もが分かっているはず。だけど自らの下で働くインストラクターが大変なことをしてしまったという事実に、先生はきっと責任の重さを感じているんだよね。
これだけ色んな人に悲しい想いをさせてしまったライクさんに、私はこれからも失望し続ける。そして当然の報いなのかもしれないけれど、あの人は二度とスクールにもスタジオにも足を踏み入れることはできなくなった。自分の欲望に負けた人の末路はあまりにも失うものが多いんだね……。
「先生、いいんですよ。謝られても困っちゃいます」
「……君は相変わらず優しい子だね。こんな僕を許してくれるのかい?」
「許すも何も。ジャスティン先生は悪いことをしていないですから」
先生は何か思いつめたように口を閉ざす。
そしてまたいつもの明るい笑顔に戻った。けれど、どことなく先生の瞳は切ない。
「うん、そうだね……ちょっとずつ、前を向かないといけないよね……」
ジャスティン先生はいつも前向きだよ。私がダンススクールへ通っていた頃も元気に指導してくれて、明るい笑顔がとても眩しい人だった。先生のポジティブな姿に、私は元気をもらっていたんだよ。
「ヒルス」
「はい」
「レイと話したいことがあるんだけど……」
ジャスティン先生はヒルスに向かってウインクをしてみせた。まるで何かを「察しろ」と言うかのように。
──あ。もしかして。
今から何を話されるのか容易に想像できた。
ヒルスも分かったようで、大きく頷いた。
「レイは僕と二人で話すのには少し抵抗があるかな」
「えっ?」
ジャスティン先生はなぜか気まずそうな顔をしている。
「まだあの一件があったばかりだからね。もし嫌だったら、ヒルスにも同席してもらいたい」
それを聞いて私は唐突に理解した。
ジャスティン先生に気を遣われてる……。
ヒルスが慰めてくれたから、私はもう気にしていない。ジャスティン先生は信頼できる人だし、こういうことで変に距離を置いてほしくない。
それに「あの話」をするなら、むしろ二人でお話がしたかった。
眉を八の字にする先生の目を真っ直ぐ見つめ、私は小さく首を横に振る。
「私は平気ですよ」
「えっ?」
「お心遣いは嬉しいです。でも、今までどおり接してほしいんです」
「……レイ」
ジャスティン先生は目を細め、僅かに目尻が潤っていた。
「あ……それじゃあ先生。わたしたちは外で待っていますね」
「ありがとう、ヒルス、フレアも」
ヒルスとフレア先生は空気を読むかのように、そそくさとスタジオの外へ出ていった。他の先生たちも、隣の練習場にそれぞれ移動していく。
「レイ、それじゃあ少しだけお話ししよう」
「はい」
これから大事な話をするんだよね? どう話したらいいのかな?
迷いながらも、私はしっかり先生とお話ししようと決心した。
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