君と国境を越えて

朱村びすりん

文字の大きさ
上 下
7 / 44
第一章

彼女を探し求めて

しおりを挟む



 一日中、考えていた。彼女のことを。ちゃんと礼を言いたいと。
 隙あらば外を眺め、彼女の姿を探した。
 移動教室のときも、昼食のときも、体育のときも。ばったり会えないかと期待していた。
 だが、そんなに事が上手くいくはずもない。
 そもそもこの学校は、学年によって校舎が分かれている。よほどのきっかけがなければ、彼女に会うチャンスは訪れないだろう。
 だとすれば──

 帰りのホームルーム。一日のさよならを告げる号令がかかった直後、俺は鞄を持って猛ダッシュで校門へと向かった。
「おい、ファーマー! 廊下は走るな!」と、ガチ鬼の怒号が聞こえたが、気づかないふりをして昇降口を抜け出した。
 一年の棟は敷地内の一番奥側にあって、他学年に比べると校門から多少の距離がある。
 すでに上級生たちが下校を始めていた。部活動の準備をする光景もチラホラ目に入る。

 彼女は、まだ帰っていないよな?
 わからないが、今日はバイトが休みだし時間ならいくらでもある。校門前で待っていれば、きっと会えるはず。
 会いたい気持ちはあるのだが、礼を伝えたい気持ちも大きかった。礼を伝えるなら、早い方がいい。

 頭を巡らせ校門に行き着いた頃には、すっかり息が上がっていた。
 ひとまず呼吸を落ち着かせ、俺は帰路に就く生徒たちを一人一人確認しはじめる。
 何人かが不思議そうな顔をしてチラチラとこちらを見てきた。中には、怪訝な表情を向けてくる輩もいる。相手と目が合ってしまったときには、やたらと気まずい空気が流れた。
 中には「こいつはなぜ赤毛に染めてやがるんだ?」と思った人もいるのかもしれない。明らかに文句がある顔をしているクセに、直接絡んではこないんだ。
 俺の赤毛が憎たらしいか? そう問いかけてやってもいいが、無駄な揉め事はやめておこう。好奇の目で見てくる輩なんて無視するが一番。
 多少のイラつきを抱えながらも、俺は彼女の姿を探し続けた。

 ──だんだん帰宅する人数が増えていく。
 同級生たちも校門にぞろぞろとやって来た。その波に紛れたクラスメイトの数人が「まだ帰らないのか、イヴァン!」と声を掛けてきたりもした。
 だが俺は、首を横に振って適当にあしらうのみ。つまらなそうに去っていく同級生たちを横目に、俺はその場から微動だにしなかった。

 人の波がピークに達した頃、一人ずつ目で追うのがさすがに難しくなってきてしまう。前が詰まるのほどの数。下手をすれば、彼女を見失ってしまうかもしれない。
 門の隅に寄り、俺はとにかく集中して目を配る。
 十分、二十分と時が経ち、やがて人の流れは落ち着きを見せてきた。

 校庭から、運動部が盛んに活動をするかけ声が鳴り響いてくる。
 活動のない生徒たちはほとんど帰ったのだろう。校門前は再び静まり返った。

 ……ダメだ。彼女を見つけられない。もしかして、見失ってしまったのか。それとも、何か部活に入っているのだろうか。
 最終下校時刻は六時。現在は、四時半。あと一時間半は待ってみるべきか。

 正直、そこまで待つのは退屈だ、なんて思ってしまう。だが、せっかくここまで粘ったのに、帰るのは惜しい。
 それに、一目でいいから彼女に会いたい。そんな想いが、たしかに俺の中に存在していた。
 退屈だっていいだろ。最後まで待ってみよう。

 その前にひと休みをしたいと、俺の喉が飲み物を欲していた。
 校内にはいくつか自販機がある。ここから一番近いのは、食堂前だったかな。たしか、二年の棟の一階にあったはず。

 まだ一度も利用したことがない食堂を目指し、迷いそうになりながらも歩みを進めた。二年の昇降口を通り過ぎ、全くひと気のない道を進む。本当にこっちであっているのだろうか。
 多少の不安を抱えながらも、とりあえず奥の方へ進むと──

「あった」

 思わずひとりごとが漏れる。
 食堂入り口のすぐ横に立つ自販機。やっと見つけたところで、俺はハッとした。

「……あれ?」

 本当の目当てはなんだったか、俺は改めて思い起こした。

 自販機の真横にあるベンチに、一人の女子生徒が座っていた。足を組み、何かの分厚い本を読みながら、ワイヤレスイヤホンを耳に当てている。
 綺麗な黒いショートボブは、西陽に照らされ、今日も一段と輝いて見えた。

 間違いなく、彼女だった。

 探しものを見つけた瞬間、俺の胸が高鳴った。勢いよくベンチの前に立ち、彼女と視線を合わせるためにサッと跪ついた。

「こんなところにいたんだね!」

 彼女がイヤホンをしていてもお構いなしに、俺はガツガツと話しかけてみせた。
 こちらの存在に気づいた彼女は、案の定というべきか、驚いたように目を見開いた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

アラサー女子、人情頼りでブラック上司から逃げきります!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:101

「今日でやめます」

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28,985pt お気に入り:258

開国横浜・弁天堂奇譚

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:349pt お気に入り:1

日韓”別れた”カップル 〜国が違うということ〜

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:0

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:7,980pt お気に入り:970

この世界で僕だけが透明の色を知っている

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:69

王妃は離婚の道を選ぶ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:13,413pt お気に入り:1,517

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:504pt お気に入り:3,806

美しき妖獣の花嫁となった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,669pt お気に入り:297

処理中です...