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17章 再開の約束

15-2

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「ここって……」

そこは、研究室を彷彿とさせる場所だった。ガラス管や銀色の計器が、無数に並べられている。

「レーヴェの言ってた、実験室かな。他にもあるって、言ってたよね」

うなずく。となればやはり、ここでも例の“改造”が行われていたはずだ。

「ふぅー……よし、奥に行ってみよう。たぶん、愉快なものは何一つ見つかりゃしないだろうが」

ここまで来たら、きちんと確認しておいた方がいいだろう。敵を倒せば終わり、じゃないんだ。この戦争は。
部屋の奥に進むにつれて、嗅いだことのある悪臭が漂ってくる。硫黄のような匂い……前と同じだ。やはり、ここも同じ“実験室”で間違いなさそうだ。

「うっ。なんじゃ、こりゃ……」

部屋の奥はまるで、監獄と手術室を合体させたような、異様な部屋だった。部屋の左右には、大きさも様々な檻が並べられている。中はほとんど空だったが、いくつかの檻には、奇妙な生き物が入れられている……毛むくじゃらの芋虫のような奴や、何本もの腕が生えた猿のような奴。どの生き物にも似ていない、奇怪な姿だ。

「さっきの連中は、ここで造られたとみて、間違いなさそうだな」

「……あれ、見て」

フランが指し示したのは、部屋の中心に置かれたテーブル……手術台だ。拘束具や鎖、ペンチ、注射器のシリンジ、のこぎりなど、およそ手術に使わなそうなものまで置かれている。“患者”が乗せられるであろう場所には、真っ赤な染みが広がっていた。

「うっ……くそ、気持ちわりぃ。なにしてたのかなんて、想像もしたくないな」

「でも、ちょっと変じゃない」

「うん?そりゃあ、こんなのが変じゃないなんてことになったら、この世の終わりだぞ」

「そうじゃなくて。これじゃまるで、素人丸出しだってことだよ」

ん……素人丸出し?つまり、この手術台らしきものが?

「素人って、なにが?」

「こんなに汚れてるし、道具は出しっぱなし。その道具も、必要なさそうなものまであるし」

「あ、確かに……そうだ、それにあの化けサソリ。あんなでかい奴は、ここじゃ入りきらないぞ」

「そうだね。なら、ここで改造されたわけじゃないってことだ」

「だったら、ここはなんだ?よからぬことが起こってたのは、間違いないだろ」

「わかんない……どうやったら改造がうまくいくのか、試してたとか」

「なら、本番の一歩手前……さしずめ、実験室の手前の研究室、ってとこか」

そう考えると、ここは確かに似てはいるが、レーヴェを見つけた部屋とは少し様相が異なっている。あそこにはこんな手術台なかったし、もっと厳重に隠されていた。ここは通路の途中に、ぽんと置かれているだけだし。

「ここが、研究室なんだとしたら……あ!ひょっとしたら、どうしてレーヴェたちをあの姿にしたのか、その理由が分かるかも!」

わざわざ魔物を人型に作り替える理由。研究室になら、それに関する資料が残されているかもしれない。フランは目を見開くと、大きく一度うなずいた。

「可能性は高そうだね。ちょっと調べてみよう」

ようし。俺たちは手分けして、あたりを調べ始めた。連合軍がいつ進軍を再開するか分からないから、急がないと。俺はアニの光をあちこちに向けて、資料を探す。無数の計器の間や、隅に置かれた棚の中……正直、気の乗る作業ではなかった。部屋は、赤黒い血痕のような斑点や、動物の体毛なんかで、あちこち汚れていた。棚の中に、なにかの動物の指と思しきものがぎゅうぎゅう詰めにされた瓶を見つけた時には、俺はすっかり精神を摩耗してしまっていた。

「……あれ?」

今、なにか……ガラス管が並べられた、台と台のすき間だ。アニの光を受けて、一瞬光ったような気がする。俺はその隙間に顔を近づけて、中を覗き込んでみた。
その瞬間、俺は戦慄した。隙間から、人間の頭が俺を見つめ返していた。

「う……うわあああっ!」

俺は叫んで、床に倒れた。精神をすり減らしていたところにこれだ、クソ!目の前がぐらぐら揺れている。酷い吐き気がして、俺は口元を押さえた。

「大丈夫!?」

鋭い足音がして、気付いたらいつの間にか、フランがすぐそばに屈んでいた。ガントレットのはまった腕で、背中をさすってくれている。怪力のフランの腕は荒っぽくて、正直ちょっと痛いくらいだったけど、それが何だかおかしくて……

「ははは……」

「ど、どうしたの?」

「いや、なんでもない。悪い、心配かけたな。もう大丈夫」

なんとか、自分の足で立ち上がる。口元をぐいっと拭うと、両頬をパンパンと叩いた。

「ふう!よし。すまん、ちょっと妙なもんを見つけちまったんだ。フラン、心の準備、できてるか?嫌なもん見ても平気か?」

「……ここに入った時から、覚悟はできてるよ」

「わかった。なら、そこのすき間を見てくれ」

俺は、暗がりを指さす。フランは顔を近づけずとも、目を細めただけで、それが何か分かったようだ。

「っ……ああ、やっぱりそういう事か」

「そういうこと?」

「これ、見て」

フランはそう言って、薄汚れた紙の束を差し出してきた。受け取ってみると、表紙には「実験記録」と書かれている。

「これは……!」

「全部は読んでない。けど、最初の方を見てみて」

俺は急いで目を通す。

「実験記録……人間転化実験について……?」

「あの子たちのことを、そう言う風に呼んでたみたいだね。何枚かめくってみて」

言われた通りページを進めると、文の中に気になる一節を見つけた。

「当初、人間の調達に苦労したが……都合よく、三千人の素体を入手することができ……三千人!」

とんでもない数じゃないか!それに、この書き方だと、その人たちはもう……!

「まさか、攫われた人たちも……!」

「でも、それだと数が合わないよ。攫われたのは、せいぜい数百だったはずでしょ」

「あ、ああそうか。十倍の開きはおかしいな」

「もちろん、わたしたちが知らないだけで、本当はもっと大勢攫われてたのかもしれないけど……それよりも、わたし、その三千って数に引っかかってるんだ」

「え?数そのものに、か?」

「そう。どこかで、その数字を聞いた気がするんだ……でも、どこだったか思い出せなくて……」

なんだろう、三千?けど俺も、意識すると、確かに何かが引っ掛かる。三千……三千人……この戦争に関係する、三千人のまとまりというと……

「……あ!思い出した、先遣隊だ!」

「先遣隊?」

「アルアが話してくれたやつだ!開戦前、三千人の先遣部隊が、魔王の大陸で行方不明になったって!」

「っ、そうだ!なら、その部隊全員が……?」

「そんな、くそ!もっと読もう、そいつらをどうしたのか、きっと書かれてるはずだ」

だが結局、分かったのは、彼らがすでに死んでいるか、もしくは人ではなくなっているということだった。

「人間のパーツを移植する計画は、ことごとく失敗した……細胞同士が拒絶反応を起こし、大部分が腐り、壊死した……」
「改良を重ねることで生体機能を保つ事には成功したが、知性は元の半分以下となり……このままでは使い物にならないため、先兵としての利用するために保管しておくことにする……」

つまり、さっき戦ったのが、先遣隊の成れの果て……

「これ……くそっ!俺たちは、味方同士でやりあってたのか!?」

「……しょうがないよ。ああなったらもう、人間とは呼べない。わたしたちは、モンスターと戦ってたんだ」

「……ちくしょう!」

くそ、読み進めるのが恐ろしくなってきたな。次のページには、そうやって生み出された魔物たちのことが、詳細に記されていた。
あれらの名前は、アメミトとセルケトと言うらしい。端の方に注釈で、エジプト神話から名前を取ったと書かれていて……

「は?な、どういうことだよ!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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