誰よりも優しく抱いたのに、その優しさが君を傷つけた

氷月

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Lesson9 その夜、孤独がほどけた

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──夜22時。

希望休みのはずが、心は少しも休まらなかった。

ダーツBARのネオンが、雨上がりのガラスに滲んでいる。

リツはグラスを握りしめ、氷の音を無意識に鳴らした。

「……みんなして“みのる、みのる”って。あいつの正体、誰もわかんねぇのかよ。」

唇が歪む。

最初は仲間だと思っていた。

けど、気づけば全部“演技”だった。

笑い方も、優しさも。

あざとくて、ズルくて。

「……クソ。」

喉にビールを流し込み、苦味と一緒に吐息が漏れた。

「……辞めてぇな、Clover。」

会計を済ませ、外に出た瞬間、冷たい雨。

「……マジかよ。」

フードを被っても、すぐに染みてくる。

タクシーに手を挙げても、ライトは無情に通り過ぎた。

「……孤独だな。」

心の中で呟いた声が、思いのほか重かった。

(Aの方が楽しかった。競い合って、燃えて、あれが生きてるって感じだったのに……)

雨は止む気配もない。

「……濡れて帰るか。」

足元から冷えが上がる。

コンビニの明かりが見えるが、人の列が長い。

躊躇した、そのとき。

差し出された一本の傘。

「何してるの、リツ。」

「……来栖さん!?」

「今日、俺も休みでさ。たまたま近くで飲んでた。」

「……偶然ですか?」

「偶然だよ。てか、ずぶ濡れじゃないか。風邪ひくぞ?」

来栖の指が、リツの濡れた髪を軽く掬った。

その仕草が、なぜか胸に沁みた。

「……うち来る? 酒あるし。」

「いいんですか?」

「いいよ。どうせひとりだし。」

──高層マンション。

白い廊下に足音が響く。

カードキーが音を立て、扉が開いた。

「どうぞ。」

広がる空間に、息をのむ。

白を基調としたリビング。

壁にはイルカの絵画、棚にはアート作品。

外の夜景が硝子越しに瞬いている。

「……すごい。アートみたいだ。」

「趣味なんだ。芸術が好きでね。」

来栖はタオルを差し出し、リツの髪を軽く拭いた。

指先がやさしい。

「……久しぶりに、誰かに優しくされた気がします。」

「そうか。まぁ、誰だってそういう時あるさ。」

来栖が微笑む。

グレーの瞳が淡い光を宿していた。

ハーフの顔立ち、切れ長の瞳。

大人の余裕と色気を纏った、まさに“勝ち組”の男。

(……レオ、リュウ、斗真、そして来栖。

この四人が並ぶと、確かに別世界だ。)

「何飲む? なんでもあるよ。」

「……いつもの来栖さんじゃないですね。」

「“あれ”は線引き。モテすぎるから、オカマキャラでワザと距離取ってるの。」

「……たしかに。めっちゃイケメンですもんね。」

「ふふ。ありがと。で、ハイボール?とか?」

「はい。」

グラスが触れ合う、軽い音。

「リツ、なんでそんな顔してたの?」

「……」

「言いたくないなら無理に聞かない。でも、強がるのは似合わないよ。」

リツは少し俯き、低く呟いた。

「……ずっと、友達だと思ってたやつがいたんです。

でも、ただズルいだけの人間だった。

周りには人が集まって、笑顔は全部嘘で……。

俺、もう会いたくない。辞めたい…。」

「……そういう人、いるよ。」

来栖はハイボールを口にし、ゆっくり言葉を落とす。

「でも、そんな奴のことで潰れるのはもったいない。

リツはまだ若い。22だろ?」

「……はい。」

「俺より5つ下か。……可愛い年頃だ。」

その声に、リツの心臓がわずかに跳ねた。

「人は孤独な生き物だよ。

楽な道も、苦しい道も、自分で選ぶ。

ただ、競うものがなくなったら、人は急に“自分”を見失う。」

「……」

「Cloverを辞めたいって思うのも、きっと“熱”がなくなったから。

でもさ、また何かに夢中になれば、孤独なんて一瞬で消える。」

リツは何も言えなかった。

まるで、自分の心をそのまま読まれたようだった。

「リツは素直で、いい子だよ。

今のままだと、壊れちゃう。……だから。」

来栖は静かに近づき、

ソファに座るリツの頭に、そっと手を置いた。

その瞬間、涙がこぼれた。

誰にも見せなかった涙だった。

(……ずっと、ひとりだった。)

灰色の夜景の向こうで、

街の光が滲んで見えた。

孤独の夜から、ほんの少しだけ解放された気がした。


次へ続く
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