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36 緑の目の親子

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「何だろう、この石碑。去年はこんなものなかったのに」

 鬱蒼とした森の中でジーマが振り返り、後ろから来ている二人を呼んだ。

「ねえ早く来てよ。チュンレイの石碑が建ってるよ」
「は? 俺の石碑?」

 チュンレイと呼ばれた青年が走って来た。

「うん。ほら、これ見て」
「『母孝行の息子チュンレイここに眠る』。え、もしかして俺のこと?」
「絶対そうだよね。ここ、あの現場でしょ。王が建てたのかな。ね、父さんどう思う?」

 ゆっくりとやって来たライードは石碑をじっくりと眺めた。

「王だな。ここにタイランって書いてある。お前ら、ちゃんと読め」
「なんで五年も経った今頃、こんな石碑を?」

 チュンレイはガシガシと石碑に足をかけながら言う。

「王が反省したんじゃないか。お前が死んだと思ってるんだろ」
「そんなこと王がするかなあ? 庶民の命なんて虫ケラ以下にしか思ってないでしょ、ああいう人種は」

 ジーマは口を尖らせて悪態をつく。

「何か心境の変化があったんだろうよ。こんな、人が滅多に来ない森の中に建ててるんだ、民衆への宣伝とは考えづらい。本人の心の平穏のためだろうな」

 ライードは穏やかな口調だ。二人の気が昂ぶらないように気を配っているのだろう。

「今年、摂政のコウカクが倒され、皇太后が流刑地に送られた。王も成人して自分で政をやるようになり、自分の頭で考え始めた証拠かもな」

 黙っていたチュンレイが口を開いた。

「なあライード。スイランは生きていると思うか?」
「何度も言ってるが、お前と一緒に埋められてはいなかったし、あの場にはいなかった。狼に食べられた様子もなかったんだから、きっと誰かに拾われて生きているはずだ」
「そうだよ、チュンレイ。今回は都の中心部で聞き込みするんだよね? 今度こそ、見つかるよ、きっと」

 ジーマがチュンレイの背中をドンと叩く。痛いなぁ、ジーマは……と苦笑しながらチュンレイはなぜだか、スイランがすぐ近くにいるような、そんな気がしてならないのだった。




 ーー 五年前。薬草を取りにこの森にやって来たライードとジーマ親子は、地面から突き出た白い腕を見つけて驚いた。慌てて近寄るとその細い腕がかすかに動いている。

「大変、父さん! 早く助けないと!」

 まだ土は柔らかく、すぐに掘り返すことができた。助け出してみるとまだ子供、しかも肩から胸へ大怪我を負っていたのでさらに驚いた。

「ほとんど意識もないのに必死でもがいていたんだな」

 ライードは少年に布を巻きつけて抱き上げ、ジーマに薬草を取れるだけ取ってこいと言って荷車へ戻り、そこに寝かせた。戻って来たジーマが後ろを押し、あまり揺らさぬようゆっくりと今日の寝ぐら――と言っても野宿だが――に向かう。

「どう? 父さん。助かりそう?」
「五分五分だな。いや、もうちっと悪いか」
「大丈夫でしょ。優秀なモグリ医者のライードさん」
「うるせえな、黙ってろ」

 それから少年は三日三晩熱を出した。もしかしたらもうダメかもしれんな、とライードも思うくらいには生死の境を彷徨っていた。
 だが彼は生き残った。

「父さん! 起きたよ!」
「おう、大丈夫か、坊主。俺たちが見えるか?」
「あなた……は……」
「通りすがりのモグリの医者だ。お前さんひでぇ怪我をして地面に埋まってたんだ。だがとりあえず峠は越えた。安心して眠りな」
「スイ……ラン……」

 そしてまた目を閉じた。

「なんだろ、スイランって」
「家族の名前だろうなあ。次に目が覚めたら事情を聞いて親元に届けてやるか」
「えー! 帰しちゃうの? やだー」
「なんだよジーマ、気に入ったのか、そいつが」
「だってさ。あたしたちと同じ血が流れてるっぽいじゃん。目も緑だったし」

 ジーマとライードも、濃い金茶色の髪に緑の瞳だ。西方の国の人たちに多い色。

「もう民族はいろいろ混ざり合ってるんだ。そんなことにこだわってると、大事なものを見逃してしまうぞ」

 ジーマは口を尖らせてふて腐れたがそれきり何も言わなかった。

(俺たちの国はもうないんだ。あとはこの国に飲み込まれてゆくだけさ)
 
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