政略結婚しましたが、王子は愛人に夢中です!

クリオネ

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《第3章》 幸せで不幸せ

代償

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 極秘裏に進めていたのだろう。ノーア直属の数人だけの編制で包囲されていた。

「お前には失望したよ」ノーアは、ジェイだけを見ていた。「他人あるじの物だと言っただろう」

「あぁ、聞いていたさ」ジェイは不遜に答えた。「他人ひとの物だけど、つまみ食いしてみたくなった。熟れた果実が目のまえにぶら下がってたら、取って食うのが当たり前だろう」

 わざと悪びれて答たえた息子の言葉に、ノーアは肩をそびやかした。「愚か者が」

「違います」エリーは、ジェイの短刀を手で押さえて、前へ出ようとした。させまいとするジェイと、しばし押し問答になる。

「お嬢様」
「いいから、通しなさい」毅然と言うエリーに、ジェイは場所を譲った。しかし、背後にぴたりと体を寄せて、全身で彼女を守ろうとしている。

「ノーア、これに言い訳の言葉はありません。わたしが彼を誘ったの。あなただって知ってるでしょう。わたしは愛されることのない妻です。妻の『役割』にすぎません。わたしの心が弱かったから耐えきれずに、ドレスを脱いで、肌を見せて、あなたの息子を誘惑した。有能な軍人として未来さきがある彼に、重すぎる責任をとらせないで」

 領主夫妻の白い婚姻については誰もが知っている。自分の恥部をさらして罪をかぶろうとするエリーに、ノーアも何と応じてよいか言葉に迷って口ごもった

「浅はかな。未来さきも何も、一族全員が滅びようとしているときに、領主夫人が従者に体を許していること自体が問題なのだが。この危機に、そこまでは知恵がまわらないか」

 侮蔑と同時にノーアの背後から出てきたのは、エリーの夫にしてガラティア領主クロード・ディーリアだった。

「クロード様……」
「愚かしい我が妻よ、不義密通の場に夫が踏みいったら、さすがにお前も恥じいるか。こんな時にやってくれる。間諜が紛れこんでないか調べていた者が嗅ぎつけてきたのが、よもや身内の不貞だとはな」
「承知しております。罰が必要なことも。もとよりリシャール王から押しつけられた妻なのだから、この戦端を機に断罪してください」

 エリーは、クロードの足元にひざまずいた。首をさしだすように白いうなじを見せてうなだれる。最初から、ことが露顕したらこうしようとエリーは決めていた。不貞の対価は命であがなう。期間限定の恋だった。

「……殊勝だな」

 底冷えする石の床でエリーがかたかたと震えているのは、寒さだけが理由ではない。あまりにも高まった緊張感に、誰も割ってはいることができない。

「俺に首を落とせと要求するのか」

 無造作に、クロードは腰にいていた剣をぬいた。ジェイが血相をかえて飛びだす。

「クロード様、斬るなら俺をッ!」

 エリーを庇おうとして両腕を大きく広げたジェイの眼前を、つむじ風のような速さでクロードの剣は一閃していった。

 次の瞬間、ジェイの顔から血飛沫があがる。ジェイが呻き声をあげてその場に崩れ落ち、エリーが悲鳴を高くあげた。周囲の兵士たち、ノーアも思わず息を呑む。

「阿呆、斬ってくださいと本気で首をさしだす奴を斬ってもつまらん」

 クロードは軽快なさやの音をたてて剣をもどす。ノーアに視線を送って、つまらなげに言った。「処分はおって決める。とりあえずは地下に閉じこめておけ」と、エリーへ顎をしゃくってみせた。

 ノーアの手勢が重い足音と武具の金属音をたてながら部屋に踏みこみ、ジェイにしがみついているエリーの肩に手をまわした。

「エリー様、失礼!」
「嫌ッ。やめて、触らないで。ジェイじゃなくて、わたしを傷つけてよ。お願い、彼にきちんと手当てをしてあげて」

 エリーは、半狂乱で肩に置かれた手を払いのけた。兵士たちとしても、領主夫人に無理じいするのは抵抗がある。彼らは無言でクロードを窺った。

「構わない、連れていけ」

 ジェイは上体を折り曲げ、低く呻きながら出血した左目を手のひらで押さえている。

 エリーは彼の頭部を守るように抱きかかえながら寄り添っていた。武人たちがエリーの体にまわした手に力をこめた。所詮、力の差は歴然としている。

 自由を奪われたエリーは、なすすべもなく部屋から引きずりだされた。
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