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第五十六話
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「あ……ルインハイトくん」
属性学IIIの教室に行くと、シャルルくんが浮かない顔をしていた。
「講義の後、時間ある? ルインハイトくんに相談があって」
おや、優等生のシャルルくんが僕に相談とは一体なんだろう。
何にせよ僕はもちろん彼の相談に乗ってあげるつもりだった。
周囲が僕を聖女の生まれ変わりだと囃し立て崇拝する中、シャルルくんだけは等身大で接してくれたのだから。
そのシャルルくんのためならば相談の一つや二つくらいもちろん乗ってあげるに決まっている。
「大丈夫だよ」
「じゃあ、講義の後ね」
彼の相談とは一体どんな内容だろう。
気になりながらも僕は授業に集中した。
授業後、僕たちは中庭に移動した。
この時間帯は中庭には人気が少なく、内緒話をするにはぴったりなのだ。
僕らは中庭のベンチに並んで腰かけた。
「ルインハイトくんは自分が聖女の生まれ変わりじゃないと思っているのに、先生が勘違いしていて困るって以前言っていたよね」
「うん」
シャルルくんは確かめるように口を開いた。
この二年間でシャルルくんにそんな相談をしたこともあったな、と思い出す。
「話は変わるけど。ボクの父は占術学の講師をしているんだけど、言ったことあったっけ」
「聞いたような気がするよ」
直接シャルルくんから聞いたことがあったかは定かではないが、知っていることだった。占術学は気になっているがまだ受けたことはなく、彼の父親との直接の面識はなかった。
「それでね、父は凄腕の占星術師で、時折重要な予言をすることがあるんだ」
「うん、それで?」
よほど深刻なことなのか、彼は言いにくそうにしている。
頷いて彼の話の続きを促す。
「ついこの間、父に呼び出されて僕に関係のある占いの結果が出たって」
「どんな内容だったの?」
尋ねると、シャルルくんは僕の顔色を窺うようにちらりとこちらを見る。
それから深呼吸して、意を決したように口を開いた。
「父の占いによれば、ボクが本物の聖女の生まれ変わりらしいんだ」
「……え?」
いつかこんな日が来ることは分かっていたはずだ。
だが彼の告げた事実は深々と僕の胸を突き刺した。
「それって……」
「エルフの賢者様は聖女の生まれ変わりを誤認しているって言うんだ父は。永い時の中で生まれ変わりを感じ取る力が弱まってるんだって。でもボク、いきなりこんなこと言われてもどう考えればいいか分からなくって……」
シャルルくんは本気で思い悩んでいるようだった。
「シャルルくんは……エルネスト先生のこと、どう思ってるの?」
喉から出る自分の声がまるで他人の声のように感じられた。
「そりゃ、エルフの賢者様に愛されるなんて光栄なことだとは思う。けど、ボクは先生とルインハイトくんが愛し合ってることを知ってるんだ! 二人の仲を邪魔するなんて、できないよ……」
シャルルくんは本気で気に病んでいるようだった。
しかし、彼の話が本当ならば二人の仲を引き裂いてしまっているのは僕の方だ。ここで引き下がらなければ僕は本当に悪役になってしまう。
「……僕の事は気にしないで」
ぽつり、やっとの思いで言った。
「とにかく一度、エルネスト先生と話をしてみるのがいいんじゃないかな。話をしてみたら、向こうも……シャルルくんが本物の聖女様の生まれ変わりだって分かってくれるかも」
「い、いいの?」
「うん、いいんだ。それが正しいと思うから」
絶対に涙を零さぬように、気を張りながら頷く。
薄々自分が本物じゃないと分かっていたのにもかかわらず、彼との時間を求め続けた僕には涙を流す資格などないから。
「ありがとう、ルインハイトくんに相談して良かった。ルインハイトくんは優しいね」
「うん……」
「ボク、早速シュペルフォエル先生のところに行ってみるよ」
僕なんかよりもずっと聖女様の生まれ変わりに相応しい眩しい笑顔を浮かべて、彼は中庭を走り去っていった。
その背中が酷く羨ましかった。
属性学IIIの教室に行くと、シャルルくんが浮かない顔をしていた。
「講義の後、時間ある? ルインハイトくんに相談があって」
おや、優等生のシャルルくんが僕に相談とは一体なんだろう。
何にせよ僕はもちろん彼の相談に乗ってあげるつもりだった。
周囲が僕を聖女の生まれ変わりだと囃し立て崇拝する中、シャルルくんだけは等身大で接してくれたのだから。
そのシャルルくんのためならば相談の一つや二つくらいもちろん乗ってあげるに決まっている。
「大丈夫だよ」
「じゃあ、講義の後ね」
彼の相談とは一体どんな内容だろう。
気になりながらも僕は授業に集中した。
授業後、僕たちは中庭に移動した。
この時間帯は中庭には人気が少なく、内緒話をするにはぴったりなのだ。
僕らは中庭のベンチに並んで腰かけた。
「ルインハイトくんは自分が聖女の生まれ変わりじゃないと思っているのに、先生が勘違いしていて困るって以前言っていたよね」
「うん」
シャルルくんは確かめるように口を開いた。
この二年間でシャルルくんにそんな相談をしたこともあったな、と思い出す。
「話は変わるけど。ボクの父は占術学の講師をしているんだけど、言ったことあったっけ」
「聞いたような気がするよ」
直接シャルルくんから聞いたことがあったかは定かではないが、知っていることだった。占術学は気になっているがまだ受けたことはなく、彼の父親との直接の面識はなかった。
「それでね、父は凄腕の占星術師で、時折重要な予言をすることがあるんだ」
「うん、それで?」
よほど深刻なことなのか、彼は言いにくそうにしている。
頷いて彼の話の続きを促す。
「ついこの間、父に呼び出されて僕に関係のある占いの結果が出たって」
「どんな内容だったの?」
尋ねると、シャルルくんは僕の顔色を窺うようにちらりとこちらを見る。
それから深呼吸して、意を決したように口を開いた。
「父の占いによれば、ボクが本物の聖女の生まれ変わりらしいんだ」
「……え?」
いつかこんな日が来ることは分かっていたはずだ。
だが彼の告げた事実は深々と僕の胸を突き刺した。
「それって……」
「エルフの賢者様は聖女の生まれ変わりを誤認しているって言うんだ父は。永い時の中で生まれ変わりを感じ取る力が弱まってるんだって。でもボク、いきなりこんなこと言われてもどう考えればいいか分からなくって……」
シャルルくんは本気で思い悩んでいるようだった。
「シャルルくんは……エルネスト先生のこと、どう思ってるの?」
喉から出る自分の声がまるで他人の声のように感じられた。
「そりゃ、エルフの賢者様に愛されるなんて光栄なことだとは思う。けど、ボクは先生とルインハイトくんが愛し合ってることを知ってるんだ! 二人の仲を邪魔するなんて、できないよ……」
シャルルくんは本気で気に病んでいるようだった。
しかし、彼の話が本当ならば二人の仲を引き裂いてしまっているのは僕の方だ。ここで引き下がらなければ僕は本当に悪役になってしまう。
「……僕の事は気にしないで」
ぽつり、やっとの思いで言った。
「とにかく一度、エルネスト先生と話をしてみるのがいいんじゃないかな。話をしてみたら、向こうも……シャルルくんが本物の聖女様の生まれ変わりだって分かってくれるかも」
「い、いいの?」
「うん、いいんだ。それが正しいと思うから」
絶対に涙を零さぬように、気を張りながら頷く。
薄々自分が本物じゃないと分かっていたのにもかかわらず、彼との時間を求め続けた僕には涙を流す資格などないから。
「ありがとう、ルインハイトくんに相談して良かった。ルインハイトくんは優しいね」
「うん……」
「ボク、早速シュペルフォエル先生のところに行ってみるよ」
僕なんかよりもずっと聖女様の生まれ変わりに相応しい眩しい笑顔を浮かべて、彼は中庭を走り去っていった。
その背中が酷く羨ましかった。
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