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家族会議という名の右往左往

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 丘の上の教会からとぼとぼと港町に戻る途中。それはまさに地獄へと下るような心持ちだった。
「どうすればよかったっていうのよ!」
「メイ……。とりあえず気をしっかり保つんだ。父さんもものすごく混乱している。一度帰って少し相談しよう。この道を必ず選ばなくてはならないわけでもないはずだ、きっと」
 結局のところ私たちはこの世界では聞いたこともない『辻占い』という職業のインパクトにどうしていいのかよくわからないまま、教会に充満する妙な空気に居たたまれず、本来喜ばしいはずのステータスカードの授受を葬式のような気分で今、逃げ帰っている。
「メイちゃん、どうだった? 料理人かい?」
「それとも給仕?」
「ええと、その。家族でお祝いするからまたあとで!」
 リストランテ・マイヤーズはこの港町で1,2を争うレストランだ。道すがら、常連さんや仕入先のおじちゃん、いろんな人に声をかけられながら大急ぎで家に飛び込み、かんぬきをかけた。お店は臨時休業にしてあるから問題はない。
「メイ、どうだった?」
「母さん……それが」
 実際の所、期待に満ちた母さんの声が一番私にダメージを与えたものだった。

 早速家族会議が開かれた。とはいっても3人しかいないんだけど。
「ねぇメイ。あなた本当は占い師になりたかった……なんてことはないわよ……ね?」
 母さんが混乱しながら私に尋ねる。
 それは多分、私が一番疑問に思っている。一体何故こんなことになったんだろう。
 占いなんて一体どこから沸いて出てきたの。皆目検討がつかなかった。
「あるわけないよ。それに私、占い師なんて会ったことがない……んだから想像がつかないんだけど。えっとどんな仕事なの?」
「占い師か。この街にもいるにはいるが、父さんも母さんも会ったことはないな」
「この街ってどこに?」
「商業組合に専任の占い師がいるんだが……」
 この街は港町だ。
 ルヴェリア王国のちょっと端っこの海際の街、フラルタ。
 爽やかな潮風に青く煌めく海、それからもくもくと水平線から立ち上がる真っ白な雲とライトブルーの空、その天頂から燦々と照りつける日差しを反射する白い低層の建物が海沿いに整然と立ち並ぶ美しい街。毎日たくさんの船が運行している。
 両親に聞く占い師というのは、よい航海を行うのに適する海路、つまり海賊やモンスターの少ない航路を占ってもらったりするもので、験担げんかつぎ的なところが大きいらしい。他に聞くのは例えば領主様がその領地を治めるための方針の参考にするために招聘しょうへいするもの、らしい。いずれにしても私たちの生活からはかけ離れすぎている。
 そしてどうやって占い師が占いをするのかはわからないけれど、やはり師匠について占いを習うそうだ。その内容は秘匿されていてさっぱりわからない。父さんが聞いたところでは占いの際には何らかの呪文を唱えているそうだから、きっと魔法で占っているのだと思う、らしい。
 全て又聞きで、根本的に両親も占いや占い師を見たことがなかった。

「あの、父さん、母さん。私には無理だと思うの。魔法使えないし」
「そう、だよな。けれどもステータスカードに書かれていることが間違い、の、はず、が、ない……よな?」
 通常はそう。そのはず。
「それに辻占いの『辻』っていうのは、何?」
「私も聞いたことがないわねぇ。辻ってことは道端で占う、のかしら。占いを?」
 そもそもこの世界に『辻占い』という職業はなさそうだ。
 私は前世、探偵助手をしていた。
 その前世の私の記憶で辻占いというと、道沿いに机と怪しげな四角いライトをおいて座っている人たちだ。占われたい人がその前の席に座り、占い師が占う。
 この世界に転生してから、私自身も道路で占いをしている人なんて見たことがない。そうすると、辻占いっていうのは何なんだ?
「普通はもう少し大雑把な内容なんだけどなぁ」
「そうなの?」
「ああ。父さんは料理人、漁師、それから船乗り、商人が出た」
「母さんは、商人、給仕人、教師、ええとそれから……詩人」
「え、詩人? 母さん詩を作れるの?」
 母さんは照れたようにうつむく。
「その、若い頃は好きだったの。けれども一番最後でしょう? だからうまくいっても大成したりはしないわ」
 適職というものは、適する順に記載されるらしい。
「母さんは商売の伝手もなかったから給仕の仕事をして、父さんに会ったの。普通はこんな感じで、大雑把に示されてるものよ」
「適職にはこれまでの生活や環境なんかも影響されるんだ。父さんはこの料理店を爺さんから引継いだ。だから一番に料理人があって、それから友達に漁師や船乗りが多いからきっとそれが出て、商売柄繋がるから商人が出たんだ。こういう職業ならついても上手くいくから」
 そして父さんの料理人も母さんの給仕人も、とても上手く行っている。
 このリストランテ・マイヤースは、十人ほどの従業員を雇うそれなりの規模のお店だ。
 港町ならではの新鮮な海の幸を豪快にグリルしたり、たくさんのハーブと一緒に繊細に煮込んだり、父さんの料理したそのカラフルなお味は、娘の私からしても贔屓目なしで美味しかった。この港町で1,2を争うと言い切れる自信がある。だから父さんが一番最初に出た料理人を選んだのは、最も正しかったんだろう。

 私は再び手の中の小さな名刺大のカードを再び見つめる。
 そこには『辻占い』以外に何もかかれていなかった。透かしても温めても文字は浮かび上がりそうにない。
「それにな、普通は例えば海鮮料理人とか雑貨商人とか、そんな指定があることも見たことがない。だから『占い師』なら『占い師』になるはずだ」
「そう言われればそうねえ」
 父さんと母さんは首を傾げた。『辻占い』なんて誰も聞いたことがない職業が乗るのを聞いたことはないらしい。
 つまりこの職業の記載もそもそもおかしい。でもそもそも論がある。
「私がその、占い師になれるとは思えない、んだけど、そうだよね?」
「けれども魔女様が間違うはずがない。……幸いなことに明日は休みだ。伝手を頼って何とか占い師に会えるように取り図ろう。いずれにせよ、きっちりしておかなければ困る」
 父さんの額には、ようやく苦悶が覗き始めた。
 このステータスカードが示す未来は、私だけでなく私の家族とこの料理店の未来をも全て覆すものだ。
 私は一人っ子で、いずれは婿を取る予定だった。私がこの店を継がないと、このままでは祖父が始めたこの店が父の代で絶えてしまう。こんなにみんなに愛されて、繁盛しているのに。
 その事実が、話し合いを続けるうちに、じわじわと私たち家族の間に浸透する。
 私が店を継がないなんて、そんな未来は誰も想像もしていなかった。明日は調理師になるお祝いに、コックコートやシェフ帽、それから包丁なんかの道具を揃えるためのお休みに決めていたのに。
 まるで私の全部が否定された気分。最悪な気持ちで夜が訪れた。
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