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2章 砂界で始める大いなる術

8-1 下の下のドワーフと珪肺の治療

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「すみません、お待たせしました。こちらへどうぞ」

 しばらくした後、僕は居間で待たせていた鉱夫を工房に招いた。

 以前の持ち主は上客に商品を見せる展示室を設けていたのか、工房は二部屋に分かれている。
 現在この部屋は仕事用の応接室という感じだ。

 診察室としても使えるよう、端には机とベッドも置いている。

「ごほっごほっ。……族長の話じゃ、お前さんなら鉱山病を治せるかもしれんとのことじゃったな」
「努力はしています。ひとまずカナリアではいい結果が出たので、それを確認してもらって次の段階に進もうと思っていました」

 まずは族長に話し、鉱夫と同じ症状のカナリアをもらって実験的な治療。

 次は一部の鉱夫に治験をしてもらい、もっと人数を増やす手はずになっている。

「期待はしておらんよ。鉱山で長く働けば、いかにマスクをしていても肺に塵がこびり付く。死んだ者の肺は鳥も含めて真っ黒じゃ。それは肺に深くこびり付き、水に浸しても取れんのじゃからな」
「傷口に入り込んだ砂を落とさずに治っちゃうと、砂はずっとそこに埋まったままになるのと同じですね」

 それについては鉱夫も覚えがあるらしい。

 足ほども太い腕をさすり、視線をやっていた。

「そのカナリアをこちらに。あなたが所有されていた鳥です」

 話題がいいところに差し掛かり、アイオーンは鳥を連れてきてくれた。

 運ばれる揺れに合わせて羽ばたきをしている。

 テーブルに置かれれば静かな時間がないのではと思うくらいに鳴き始めた。

 それを目にした鉱夫は目を丸くする。

「なんと。こいつぁ、ぐったりしてもう衰弱死すると思ったんじゃが……」
「そうですね。鉱石の粉じんは肺に沈着しちゃうと体の機能では排出しにくいんです。沈着する方が圧倒的に多くなって、痰と一緒に排泄しきれなくなる。だからこれを防ぐには、マスクの性能を上げること、排出力を上げることが重要になります」

「鳥にマスクはつけられんし、なによりもう体調を崩した後じゃ。げほっげほっ。つまり、治療で排出力を上げられるから、鳥やワシでも効果があると言いたいんじゃな?」
「その通りです。でも、普通はできません」

 その説明をするためにアイオーンは濁った水を持ってきてくれる。

 僕はそこに粉を入れてかき混ぜた。

「例えばヒ素や鉛とか水銀とか、金属が消化管とか血に混ざって中毒になっているなら、その金属と結びつきやすい薬を投与すれば体内への吸収を防ぎ、排出を促せるので良くなります」

 水を濁らせていたものは粉が混ざったことによって沈殿し、綺麗な透明となった。

 こうして金属と結びついてくれるものをキレート剤と総称している。

 これも一般的な薬ではないけれど、鉱夫は実例を目にして理解してくれたようだ。

「ただ、肉の内に埋まったものはどうしようもないんですが――そこで魔法です」

 アイオーンが新たに持ってきてくれるのは呼吸器マスクが付いたボトルだ。

 ボトルには石ころと、透明な水が入っている。

「これはなんじゃ?」
治癒魔法の一種・・・・・・・と振動の魔法を封じ込めた石と、薄い塩水ですね。魔力を込めると一定時間だけ動きます」

 試しに僕は手をかざす。

 石ころが光を発すると細かな振動によって水が霧状になり、マスクから出始めた。

「カナリアにはここ数日、それを吸ってもらいました。それで肺に埋まった粉塵を徐々に引き剥がしたって感じです。安全に不安があるならまず僕が吸ってもいいですし、カナリアの肺がどう変わっていったのか治療過程も見せられます」
「ふむ……」

 最初にもらったカナリアは二十羽ほどいた。

 僕とアイオーンなら《解析》で状態把握はできるけれど、それでは族長に説明できない。

 放っておいたら死ぬ状態の鳥だったとはいえ、犠牲にした点には心が痛む。

「いや、そうまで言うのならいいじゃろう。これを吸えばいいんじゃな?」
「はい。静かに、深く吸ってください。むせてしまうと思うので、ハンカチもどうぞ」
「わかった。もらおう」

 鉱夫はマスクを口に当て、深呼吸をする。

 この霧だけで痛みや苦しみを引き起こすことはないようだ。

「状態を把握させてもらいますね」

 その間に僕は鉱夫の胸に手を当て、術式の働き具合を確かめる。

 あの石ころに封じ込めたのは微弱な《原形回帰》だ。
 魔法が浸透した霧が呼吸によって肺の末端まで広がり、効果を発揮する。

 慢性的に肺炎を患った状態の鉱夫としては深呼吸も負担が大きく、しばらくすると咳をした。

 渡したハンカチで口元を押さえた鉱夫は咳を受けたハンカチを前に目を丸くする。

「こりゃあ、鉱山で仕事をした後みてぇにシミが黒いじゃねえか」
「こびり付いていた分をそれだけ落とせたってことです。――割合的には一割くらい落ちたみたいですね。十日で綺麗になるわけじゃないんですけど、一ヶ月も続ければ普通の人とほぼ変わらないくらいになるかと思います」

 石ころは五分ほどの稼働を終え、光を失った。

「確かに心なしか楽になったかもしれん」

 鉱夫は試すように深呼吸をして、咳の頻度を比べている。

 その手応えは軽く実感できるくらいなのか、鉱夫の口元は緩みかけていた。

 しかしその表情もしばらくすると現実を思い出す。

「これを使えたらありがてぇなぁ。しかしよ、お前さんはこれでワシらの命を握るつもりじゃあるめえな?」

 疑るように彼は見据えてくる。

「ワシら土蔵暮らしは鍛冶も細工も戦いも上手くねえ。ドワーフとしちゃあ酒飲みの印象ばっかつける下の下でよ、孫の成人も見ずに死ぬって言われてる。そんなもんにこれを与えられちゃ、命惜しさに何でも差し出しちまうだろうよ」

 それが現実だと呟いた鉱夫は俯き加減に睨み据えてくる。
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