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2章 砂界で始める大いなる術

8-2 人助けと抗生剤とキレート剤

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「お前さんはこれでいくら搾り取る気だ?」
「鉱夫のドワーフの皆さんは数百人くらいなので、この水と器具を作る程度ならさほど苦労はないです。だから値段についてもあまり考えていないですね」

「そんなバカは言っちゃいけねえ。だったらお前さんは何がしたいんだ? ただ単に人助けなんて不気味で仕方がねえぞ」
「まあ、そうですね。こうして助ける下心というか、野望はあります」
「野望?」

 正直に言うわけがないと疑っているのか、怪訝そうな顔だ。

 けれど僕としては邪神に繋がること以外は隠す必要もないので答える。

「この砂界には二頭の竜の伝説があるんですよね。その竜を二頭とも見つけるのがまず一つ。そして、何とかしてお伽噺通りの肥沃な大地を目指そうと思っています」

 口にしてみると、鉱夫はぽかんとしていた。

「そのためには高名なドワーフが魔法付与した武器や防具も必要になりそうなので、何とかできる程度に族長と交渉する材料になればと思っています」
「なっ……」

 死なない程度に金銭を搾り取られかねない。
 そう身構えていた鉱夫は呆気に取られていた。

 するとお茶を持ってきてくれたアイオーンも説明に加わる。

「そもそもマスターの生計を立てる程度であれば私が魔物を狩るだけでも十分なのです。敢えてドワーフの反感を買う必要はありません。むしろ――」
「うん。鉱石を掘って産業を支えている鉱夫のみんなを仲間につけて、職人気質のドワーフさんを口説くのを手伝ってもらえる方がありがたいってわけです。欲しいのは金銭じゃありません」

「するってえとなんだ。お前さんはそんなことのために鉱夫全員を助ける気か?」
そんなこと・・・・・じゃないですよ。この広い砂界が緑化すれば獣人領の人だって楽に受け入れられます。みんなが当たり前に生きられる環境って夢のようじゃないですか。そのための大事な過程です」

 逆に、こうして多くのドワーフが困りごとを抱えていなければ野望には遠回りになっていたかもしれない。

 自分は協力を得られるし、彼らも体が治る。
 そのコストは僕が石に魔法を込めるという微々たるもの。

 願ったり叶ったりだ。

 そうしてあっけらかんと口にしたら、どうだ。

「くくっ、だっはっはっは! うっ、げほっげほっ……」

 鉱夫はつい興奮を抑えきれなかったらしく、太ももを叩いて盛大に笑ってむせかえっていた。

 その咳を押さえたハンカチが塵混じりの痰でさらに汚れたのを見て笑みを深める。

「てぇした大将だ。お前さんがそう言うなら、ワシらは地べたに頭をこすりつけて職人連中にねだっても、採掘をストライキしてもいいさ。安いもんだ。いっそそうやって職人連中を困らせた方が気持ちいいってもんだ」

 羨む相手に少しくらいは嫌がらせをしたい気持ちがあるらしい。

 心強いながらも同じ集落の仲間なので僕は苦笑で受け取った。

「それはありがとうございます。でも順々に、ですよ。その粉塵が沈着した慢性的な肺炎――珪肺も細菌による肺炎と合併症になっている人だとその治療が先です。おまけに重金属中毒も金属ごとの治療薬を用意できるかどうか……」

 うーんと頭を悩ませるものの、それはこちらの問題だ。

 ともあれ、鉱夫にはこのまま数日様子を見てもらうことになる。

「体調の変化はできるだけ覚えておいてください。もし良くなれば、治療を訝しむ知り合いに治験を勧めてもらえると助かります」
「ああ、そうだな。ひとまず調子を見てみる」

 さあ、これでひとまず終わりだ。

 こうしてあと数人処置しつつ、経過観察が今後しばらくの予定になる。


 と、思っていた時、家に誰かが急いで戻ってくる音がした。

 イヤに早いけれど、テアだろうか。

「エル! ちょっと一緒に緊急クエストを処理してくれない!?」
「おわっ、急にどうしたの?」

 彼女の手を煩わせる魔物なんてそうそういない。
 そんなものならば固有の縄張りを持ち、手出しをしなければ問題にならないことが多いからだ。

 となればこの緊急クエストというのは、誰かの救出とかそういう類に思われる。

 どんと叩きつけるように置かれるのは洞窟の地図だった。

「ほう。これはマタンゴ霊洞の地図じゃな」
「マタンゴ、ですか?」

 キノコ系の魔物の名前がついているので、それが多いダンジョンなのだろう。

 鉱夫の言葉に耳を傾ける。

「この集落のヒカリゴケやキノコなどを補充する場所じゃ。古くは溶岩洞じゃったが、水を求めてそこからさらに掘って拡張したものでな」

 ほぼ直線の大きな洞窟が一つ。
 これが元の溶岩洞のようだ。

 そこから分岐して、地中へと目指す道が幾本か走り、この集落と似た住宅地じみた構造も確認できる。

 なるほど。元は住処にしようとした名残らしい。

「しかしそこは豊かな水源ではなく、不便じゃった。結果、深く掘られた洞窟が放置され、地熱と湿度もあって胞子をバラまく生物の巣窟になってのう」
「そう。初級から中級の冒険者がそこでいろいろと狩りをしてくるんだけどね、手強い変異種に襲われて仲間がはぐれたんだって。命からがら戻った人に救助を要請されたんだけど、ここは胞子に肺を冒されるからマスクなしじゃいられないダンジョンなの」

「なるほど。マスクごしだとテアの鼻も利かないから僕やイオンの時空魔術で探索が必要ってわけだね?」
「そういうこと」

 用件がわかり、納得する。

 急ぎの用はないので僕は構わない。

 アイオーンに目を向けてみれば、彼女はぽんと手を打った。

「マスター、そこは今後にとっても都合の良い場所かと。合併症の治療薬に、重金属のキレート剤。まとめて用意できる可能性があります」
「イオンは物知りだね。わかった。じゃあ、みんなで急行しよっか」

 要するにコケやカビ、キノコの密集地帯だ。

 アイオーンの考えは少し読めるものの、全てはわからない。

 ひとまず時間が惜しいので僕たちは家を飛び出るのだった。
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