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第一章

第8話 仲直りと波乱の予兆

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 生徒会室に行くと、エリアはまだ来ていなかった。

「すみません。少し熱くなりました」

 会長がすまなさそうに言った。

「ううん、ああ言ってくれて嬉しかった。ありがとう」
「っ——」

 僕が感謝を伝えると、会長は視線を逸らした。

「会長? どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません。それより、私は少しノアさんに怒っています」
「えっ、な、何で?」
「何で、はこちらのセリフです。何で今日、一度も目を合わせてくれないのですか? 何かやましいことでもあるのですか?」

 会長がずいっと距離を詰めてきた。
 ちょ、近いって!

「い、いや、やましいことはないけど……」
「じゃあ、私の目を見てください」
「ご、ごめん、無理!」
「どうしてですか」

 まずい、キレてる。
 ……これは、本当の事を言うしかないか。

「その……昨日の事を思い出しちゃって」
「っ!」

 会長が息を呑んだ。
 チラリと目線を向けると、その頬は赤く染まっていた。
 彼女も恥ずかしく思っていたのか。

 状況自体に恥ずかしさを覚える一方、嫌われていなかった事に安堵を覚えた。

「昨日は本当にごめん。迷惑かけちゃって」
「べ、別に迷惑だとは思ってませんよ。私も偉そうなことを言ってしまってすみませんでした」
「偉そうなんて、そんな。僕はすごい救われたよ」
「……なら、良かったですけど」

 会長がポツリと呟いた。

「ねえ、会長」
「はい?」
「昨日、お勧めしてくれた本、読んだよ」

 僕はカバンから一冊の本を取り出した。
 強引な気がしないでもないが、結局僕たちはこれが一番手っ取り早い気がする。

「もう? 早いですね。どうでしたか?」

 会長も乗ってきた。

「いやー、最後のシーンがさ——」
「その前も——」

 最初の方こそぎこちなかったが、熱が入ってくると、僕たちの間の気まずさは風に吹かれた煙のように立ち消えた。

 遅れてやってきたエリアが、熱い議論を交わす僕たちを見て「おっ」と驚きの表情を見せた。
 僕が視線を向けると、ニコリと笑ってウインクをしてきた。
 会長は話に夢中になっていて気付いていないようだ。

「主人公がまだ精神の未熟な少年というのがこの話の肝ですよね」
「ね。妹を想う優しさと妹のために犯罪を犯してしまう弱さがいいよね」
「わかります。私もエリアのためなら犯罪の一つや二つ、ちょちょいのちょいです」
「ちょ、怖いこと言わないで」

 エリアのツッコミで、会長はようやく妹が来ていたことに気づいたようだ。

「あぁ、エリア。遅かったですね」
「うん、日直の仕事があってさ——じゃなくて、しれっと犯罪する宣言しないでよ」
「大丈夫ですよ。エリアのためでなければしませんから」
「全然大丈夫じゃないんだけど」

 エリアが呆れたように片目をつむった。

「意外にぶっ飛んでるよね、会長って」

 もはや、冗談ではなく本当にやってしまいそうな雰囲気すらある。

「そうだよ。お姉ちゃん、普段は猫かぶってるから常識人に見られがちだけど、実はなかなかのヤバ人だから」
「何ですかそれ、失礼な」

 会長がぷくりと頬を膨らませた。
 可愛いな。

「まあ、猫かぶってることは認めますけど」
「良かったじゃん。学校で私以外にも素を見せられる人がいて」
「そうですね。ノアさんほど自分をさらけ出せる人に巡り会えたのは幸運だとは思っています」
「っ——!」

 僕は息を詰まらせた。
 さらりと言ったから深い意味はないんだろうけど、それがかえって恥ずかしい。

 エリアがニマニマとコチラを見てくる。
 うるさいな、主に顔が。

「確かに、会長って結構猫っぽいよね」

 僕はやや強引に話を戻した。

「そう。猫はシャーって怒るしね。シャーロットだし、ピッタリじゃん」

 僕と会長は目を見合わせた。
 ——今のは見逃せないよね。
 ——えぇ、いくら可愛い妹でも今のはないです。
 目線だけで意思疎通をする。

 ごめん、エリア。
 せっかく話に乗ってくれたところ申し訳ないけど、今のギャグはしょうもなかったよ。

「……何?」

 僕と会長に真顔で凝視ぎょうしされ、エリアが眉をひそめた。
 僕らは彼女から視線を逸らさぬまま言葉を交わした。

「ノアさん。寒くないですか?」
「うん、急に寒波到来だね。温かい飲み物でも買ってこようか」
「お願いします」
「別に適当に言っただけで、ウケも狙ってないんだけど⁉︎」

 エリアが顔を真っ赤にして憤慨ふんがいした。百点満点のリアクションだ。
 僕と会長は同時に吹き出した。

「エリアって結構いじりがいあるよね」
「そうです。私の妹は可愛いのです」
「微妙に会話が噛み合ってなくない?」
「いいえ、私たちの意思疎通は完璧です。ね、ノアさん?」
「ごめん、今のは噛み合ってなかったと思う」
「まさかの裏切り⁉︎」

 ショックを受ける会長に、今度は僕とエリアが吹き出した。



 放課後、再び三人で生徒会室に集まって作業をしていた。

「ねえ、印刷室ってどこにあるんだっけ?」

 僕は隣に座るエリアに尋ねた。
 一般の生徒では印刷室を利用する事などないから、場所を把握していないのだ。

「私もちょうど印刷したいものあるから、一緒に行こ。お姉ちゃんはどうする?」
「仕方ないですね。私も行ってあげます」
「やっぱり、普段とキャラ違うなぁ」

 僕は笑った。
 教室では相変わらず近寄りがたい雰囲気を出しているけど、生徒会室にいる時は結構ツッコミどころ多いんだよな、会長って。

「ノアはどっちの方が好き? 普段の猫かぶってるお姉ちゃんと、今の素のお姉ちゃん」

 エリアが無邪気に尋ねてきた。

「今の方かなー。ずっと自然に笑ってるし、面白いし。こんな面白い人だって知れ渡ったら、ますます人気がすごいことになりそう」
「別に人気なんてありませんよ」
「えっ」

 思わず会長の顔を凝視ぎょうししてしまった。
 謙遜している様子はない。
 むしろ、お前は何を言っているんだ、という目で見返してくる。

 そっか。
 彼女にアプローチできる人自体がほとんどいないから、自分の人気に気づいていないのか。

「……何ですか」
「いや、会長ってめっちゃ人気だよ? Aランクで頭もいいし、可愛いし、人気にならない方がおかしいよ」
「かわっ……⁉︎」

 会長が何かを呟いて、書類で顔を隠した。

「ん? 会長、どうし——」
「う、うるさいですっ。こっち見ないで、前向いて歩いてくださいっ、危ないですから!」
「んぐっ」

 頬を抑えられ、無理やり前を向かされる。
 どうしたんだろう。何か焦っている感じだ。

 心配になったが、エリアが何だかニヤニヤしているので問題はないのだろう。
 会長の言うことも尤もなので、僕は大人しく前を向いた。

「でも、それならノアは夜道で刺されないように気をつけないとね。こんな美少女二人を傍に従えているんだから」
「まったくだよ」

 僕とエリアはハハハ、と笑い合った。

 この時、僕の脳裏にはチラリと一人の男子生徒の顔がよぎった。
 彼は会長に執着している。
 何か仕掛けてきてもおかしくない。

 しかし、仕掛けてくると言っても、せいぜい嫌がらせのタチが悪くなるだけだろうと僕は考えていた。

 ——その考えの甘さが自分の首を絞めることになるとは、この時の僕は想像もしていなかった。



「何でEランクの雑魚が、あの二人とっ……!」
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