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第一章

第12話 シャーロットの事情②

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 ルーカスさんが会長を連れて奥に消える。
 完全に落ち着くまでは、いつ暴走しても良いように、魔法で頑丈に作られた部屋にいるそうだ。

「ノアは座ってて。今、お茶出すから」

 エリアがソファを手で示した。

「僕も手伝うよ」
「いいよいいよ。付き合ってもらってるんだし」
「そう? じゃあ甘えようかな」

 ふかふかなソファに座る。
 二人分のお茶を持ってきて、エリアが隣に腰を下ろした。

「びっくりしたでしょ。使用人が一人もいないなんて」
「うん、まあ」
「ここ、いつもはお姉ちゃんが一人で住んでいるんだ」
「……えっ? 本当に?」

 僕はエリアの顔をまじまじと見つめた。
 中学三年生の女の子、それも貴族の長女が一人暮らしをしていることなんてあるのか。

「嘘だって言いたいけどね」

 ため息交じりにそう言うエリアの表情は堅かった。
 ……本当なんだ。

「……もしかして、暴走障害が原因?」
「察しがいいね」

 エリアが苦笑した。
 寂しげな表情だった。

「暴走障害を発症した時点で、両親は私を後継者にする方向に舵を切った。でも、これは正直仕方ないと思う。貴族は体裁が大事だし、常に冷静でいなきゃいけないから、暴走障害を持っているお姉ちゃんはどうしても不利になる。でも、両親はそれだけじゃ満足しなかったみたい。中二の途中で、自由に魔法の鍛錬ができる方が良いだろうからって、お姉ちゃんを一人暮らしさせたんだ」
「会長は反対しなかったの?」
「全然。むしろ、喜んでいたよ。拒否しても無意味だったっていうのもあるとは思うけど……元々権力には執着のない人だし、厄介者扱いされるくらいならそっちの方がいいって。使用人が一人もいないのも、お姉ちゃんが拒否したからなんだ。変に気を遣われたくなかったのと、ささやかな反抗だったんだと思う」

 エリアが苦笑した。

「お姉ちゃんが生徒会長で私が副会長なのも、私たちのちょっとした反抗なんだ。親は体裁を何よりも重視するから」
「そっか……あれっ、でも二人って一緒に学校来てない?」

 二人から時々、登校中の話を聞いたりする。

「朝早めに出て、お姉ちゃんの家に寄ってるんだ。朝食は一緒に食べてから来る。放課後は基本的に実家に直帰しなきゃいけないルールだから、大切な時間なんだ」
「そうなんだ……」

 やるせなさと同時に、怒りがふつふつと湧いてくる。
 いくら貴族とはいえ、中学三年生の子供が家族と一緒に暮らせないなんて馬鹿げた話、あっていいのだろうか。
 それも、障害を持った子を追い出す形で。

 ……あっていいはずがない。

「ノア、顔怖いよ」
「……あっ、ごめん」

 どうやら、怒りが表に出てしまったようだ。

「こっちこそごめんね。つまんない話しちゃって。私もお姉ちゃんも何だかんだで楽しんでるから、気にしないで」
「うん、わかった」
「素直でよろしい」

 エリアがおどけて見せた。

「っとまぁ、現状の説明はざっとこんなものかな。何か聞きたいことある? 答えられる範囲で答えるよ」

 正直、疑問に思っていることは山ほどある。
 ただ、今聞いておくべきものは一つだけだ。

「会長って、暴走するといつもあんな感じになるの?」
「いや、今回は結構ひどい方かな。さすがに人を殺そうとした事はほとんどないし……もちろん、ノアのせいじゃないよ。多分、昔のトラウマと重なっちゃったんだと思う」
「トラウマ?」
「私って結構思ったことをズケズケ言っちゃうタイプでさ。小学校でいじめられてたんだ」

 エリアの口調は淡々としていた。

「ある時、私がいじめられている現場にお姉ちゃんが居合わせちゃったんだ。お姉ちゃんは怒って暴走して、いじめの主犯格の男の子を半殺しにした。それ以来、暴走はどんどん激化している。今回はその時にシチュエーションが似ているから、より暴走しちゃったんだと思う」

 妹を守ろうとする優しさがトラウマを生み出し、症状を悪化させたという事か。
 やるせないな。

「会長が他人と関わろうとしないのも、暴走しないための予防策?」
「多分ね。本人は本を読んでいる方が楽しいからって言ってるけど、そもそもお姉ちゃんが本にのめり込むようになったのも、その一件があってからだし」

 本が好きだから人付き合いをしないのではなく、人付き合いを避けるために物語の世界に飛び込んだ、という事なのだろう。

「だからさ。あんまり悪く思わないであげて。ノアがいろいろ言われている時に、お姉ちゃんが見て見ぬふりをしちゃったのとか」
「えっ、そんなの気にした事ないよ」

 僕はブンブンと手を振った。

「昼休みに安全で楽しい時間を提供してくれたし、生徒会にも誘ってくれた。悪く思うどころか、恩義感じまくりなんだけど」
「うん……けど、お姉ちゃんってそういう人なんだよね」
「何それ、お人好しすぎない? 後で改めてお礼言っとこ」
「そうしてくれると嬉しい。ノア本人から言われれば、少しはお姉ちゃんの気も軽くなると思うから」
「了解」

 会長がいらぬ罪悪感を抱いてしまっているのは、僕が感謝の念をちゃんと伝えられていなかったからだ。
 僕が何とかしないと。

 言葉選びや伝え方についてあれこれ考えを巡らせていると、ねえ、とエリアが話しかけてきた。

「何?」
「その……怖くないの? お姉ちゃんの事」
「えっ? 全く。何で?」

 いきなりどうしたのだろう。

「何でって……人を殺そうとしたんだよ?」
「それは彼女自身の意思じゃないんでしょ? 何とかしてあげたいとは思うけど、怖いとは思わないよ。そもそも、いろんな意味での恩人だしね」

 エリアは絶句した。

「……薄々思ってたけど、ノアもお姉ちゃんの事を言えないくらいにはお人好しが過ぎるよね」
「そんなこと言ったらエリアもだよ」
「えっ、私?」

 エリアが目を見開いた。

「うん。自分だって辛いはずなのに、会長だけじゃなくて僕のことまで気遣ってくれてる。すごいよ、エリアは」

 エリアが視線を逸らした。

「エリア? どうしたの?」
「……ずるいよ、ノアは」
「えっ、何?」

 何か呟いていたが、聞き取れなかった。
 何でもない、と彼女は首を振った。

「そういう事なら、これからもお姉ちゃんのこと、お願いしていいのかな。事情を知っている人がそばにいるのって、安心すると思うから」
「もちろん。どれだけ力になれるのかわからないけど、できる事はやるよ」
「ありがと」

 エリアがにっこりと笑った。

 キィ、という扉の開かれる音。
 ルーカスさんと会長だ。
 僕とエリアは立ち上がった。

「師匠っ、お姉ちゃんはっ?」
「大丈夫だ。完全に収まった」
「良かったー……」

 エリアがソファーにヘナヘナと倒れ込んだ。
 やはり、相当精神的に消耗していたようだ。

「ノア」
「はい」

 ルーカスさんが鋭い視線を向けてくる。
 緊張するな。

「お前、Eランクだろ」
「えっ、はい」
「ガキの頃からずっとか?」
「はい。そうですけど……」

 何が言いたいのだろう。
 レヴィやイザベラたちのように馬鹿にしてくるタイプには見えないが、いい気分はしないな。

「ちょ、ちょっと師匠。何変なこと言ってるんですか」

 エリアが咎めるように言った。

「いや……何でもねえ」

 ルーカスさんは口を閉ざした。
 意図を話すつもりはないようだった。



 ルーカスさんを見送った後、僕らはリビングまで戻った。
 誰一人として、ソファに座ろうとはしなかった。

「「あのっ」」

 僕と会長は同時に言葉を発した。

「あっ、会長。僕が先に話していい?」

 会長の表情は優れない。
 きっと、謝罪でもするつもりなのだろう。
 それより先に、感謝を伝えたい。
 引くつもりはなかった。

「……わかりました」

 僕の頑なな思いが伝わったのか、会長は引き下がってくれた。

「じゃあ、改めて……今日は僕を守ってくれてありがとう。それと、これまでの事も。色々と気にかけてくれたし、会長やエリアと話すのは楽しかった。会長が昼休みに読書談義に誘ってくれていなかったら、精神的にやばかったと思う。本当にありがとう」

 心からの感謝を込めて、僕は頭を下げた。

「それと、これはおこがましいかもしれないけど、これからも仲良くしてくれると嬉しいな」

 最後にそう付け加えた。
 暴走障害に関しては気にしていない、というアピールのつもりだった。

「ご丁寧にありがとうございます。私もノアさんとお話しするのは楽しかったですし、少しでもノアさんの力になれていたなら嬉しいです。ですが……申し訳ありません。最後のお言葉にうなずく事はできません」
「……えっ?」

 僕は頭が真っ白になった。
 会長の言葉の意味するところは、つまり——、

「ノアさん。私たち、ただのクラスメートに戻りませんか?」

 そう淡々と告げる会長の顔には、何の表情も浮かんでいなかった。
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