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第三章
第三十四話 【流星】というパーティ
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——異界発生から一時間後、王宮にて。
事情聴取は個別に行われたが、空也はあまり時間はかからなかった。
瀬川家の呪術使用の件と色々こじつけで詰められると思っていたが、そんな話はほとんど出てこなかった。
「それでは失礼します」
「待て」
退出しようとした空也を引き止めたのは夜桜尊、現政権の王だった。
「何でしょう?」
「お前の義理の家族は呪術を使い、元パーティメンバーは霊に憑依されて異界を作った。これについても呪術が関わっている可能性もある……この状況を、君はどう考える?」
なるほど、そう来るか。
気を抜いた瞬間の王からの尋問。並の精神力では動揺は抑えきれないだろう、と空也は感心した。
しかしあくまで、動揺してしまうのはやましいところがある場合のみだ。
「不運だな、と思います」
空也は率直な意見、というより感想を述べた。裏事情がわからない以上、言えることはほぼなかったからだ。
空也の回答が意外だったのか、尊の目がかすかに見開かれる。
しかし、それは一瞬のことだった。
「……そうか。もう良い。下がれ」
「はい。失礼いたします」
空也は一礼して部屋を出た。
「あっ」
扉を閉めたところで、同じように隣の部屋から出てきた愛理と目が合った。
「行こうか」
「……うん」
二人で並んで歩き出す。
「茂とほのかは、今日はとりあえず帰れないって」
「まあ、そうだろうね」
空也は頷いた。
茂は異界を作った張本人だし、ほのかも茂と行動をともにしていたのだ。帰すわけにはいかないだろう。
【流星】は解散せざるを得ないな——。
どこか他人事のように、空也はぼんやりとそう思った。
ほとんど言葉を交わさないまま、空也と愛理は王宮を出た。
すっかり陽の落ちた道を歩きながら、空也は愛理に目を向けた。
「愛理、今泊まっている宿はどこ? そこまで送っていくよ……愛理?」
いつもなら即座に何かしらの反応をする愛理が、何も答えなかった。空也が心配になってその顔を覗き込めば、愛理はそっと空也の袖を掴んだ。
その無言の意思表示の意味を、空也は愛理が不安を抱えていると受け取った。
——それは、半分は正解だった。
「今日は同じ宿に泊まろうか」
「……うん」
愛理は伏し目がちに頷いた。
愛理の弱々しい反応を見て、気が回らなかったな、と空也は反省した。あんなことがあった直後だ。一人では心細いのは当然だろう。
「じゃあ、愛理が泊まっているところに僕も泊まるよ」
「……良いの?」
「もちろん」
空也も愛理に聞きたいことがあるし、単純に愛理と話すのは久しぶりだ。
一緒に過ごすというのは、空也にとっても悪いことではなかった。
「今泊まっているところには、どのみち長く留まるつもりはなかったから」
「……そっか」
「うん。じゃ、とりあえずは僕の宿に行こう。悪いけどちょっと付き合って」
「ううん。ありがとう、空也」
「いえいえ」
久々の愛理の素直な笑顔を見て、空也の頬も自然と緩んだ。
◇ ◇ ◇
「ごめん……」
「全然良いって。愛理のせいじゃないから」
空也はしょんぼりと肩を落とす愛理の背中を叩いた。
何が起こったのかといえば、空也の荷物を回収した後に向かった愛理の宿が満室だったのだ。
愛理は「私の部屋に泊まっても良いよ」と言ってくれたが、さすがに同じ部屋は良くないだろうし、愛理もかなり恥ずかしそうだったので遠慮した。
そして今、二人で新しい宿を探している状態だ。
「信用のあるところが良いよね……あっ」
空也の脳裏に、現在の状況にぴったりの宿が思い浮かんだ。
「どこかあった?」
「うん。僕の知り合いのおじさんが経営しているところ。そこは知る人ぞ知るところだから満室になっていたことはないし、そのおじさんも信用できる人だよ」
◇ ◇ ◇
「おう、空也じゃねえか」
入り口をくぐるなり、太い声が空也と愛理を迎え入れた。
その声の主は気さくな笑みを浮かべた大男、空也の知り合いであり宿のオーナーでもある、草薙陽太郎だった。
「ご無沙汰してます」
「おうよ。お前さん、色々大変なことになっているみてえだが、大丈夫か?」
「はい、問題ありません。ありがとうございます」
「そうか。まあ、お前がそう言うなら大丈夫なんだろう……そっちの嬢ちゃんは友達か?」
「はい。愛理です」
「白井愛理と言います。よろしくお願いします」
「おう、俺はここのオーナーやっている草薙陽太郎だ。空也とは古い付き合いだし、嬢ちゃんも困ったら頼ってくれて良いぞ。よろしくな」
「はい、ありがとうございます」
愛理が笑顔でお礼を言った。
陽太郎の快活な様子に、彼女の肩の力も抜けたようだ。
「草薙さん。今日一日泊まりたいんですけど、隣同士の部屋って空いていますか?」
「おう、空いているぞ。二階の北側の端の二つだな」
「ではそこを一泊お願いします」
「はいよ」
陽太郎が奥へ引っ込んだ。すぐに、二つの鍵を持って戻ってくる。
「ほいよ、鍵だ」
「ありがとうございます」
空也はまとめて受け取った。
「空也はもう知っているだろうが、軽くこの宿について説明しておくぞ。まず、風呂とトイレは各部屋にあるからそれを使ってくれ。飯はこのフロアにある食堂で食っても良いし、部屋に持って来てほしいなら言ってくれれば良い。布団は押し入れにあるから、好きに使ってくれ……とまあ、こんなものか」
「ありがとうございます」
「おう。わからなけりゃ聞いてくれ」
「はい」
「それじゃあ、お世話になります」
「おうよ、ごゆっくり」
陽太郎に見送られ、空也と愛理は二階へと繋がる階段へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ふう……」
自室に入り、空也は布団に倒れ込んだ。
魔力も相当消費したため、身体には疲れが溜まっていたが、空也はとても眠る気分にはなれなかった。
空也は気づいてしまったのだ——茂に、精神干渉がかけられていたことに。
異界で【索敵】をしたときに感じたあの気配は、昔の記憶にある精神干渉魔法にそっくりだった。
それに、精神が操作されているのでもなければ、茂が霊に憑依されるほどの恨みを持つとも思えない。(生者が霊に憑依されるのは、相当大きな負の感情を抱えているときのみだ)
精神干渉魔法が使われたことを考えても、すでに問題は単なるパーティ内でのいざこざでは済まなくなっているのは明確だった。
おそらく、茂に精神干渉魔法をかけたのと異界を作らせたのは同じ人物、あるいはグループ。そしてそいつらはもしかしたら、他のメンバーにも——、
(……他のメンバー?)
自分の思考を引き金にして、空也は一人の人物を脳裏に思い浮かべた。
【流星】のリーダー、高志は今、何をしているのだろうか——。
◇ ◇ ◇
「がふっ……!」
空也と愛理が王宮を出るころ、とある部屋では少年が中年の男に殴られていた。
「君は全てが中途半端だな、高志」
男は自分が殴り飛ばした少年、黒川高志を見下ろした。
「相田茂と白井愛理をもう少し追い詰めていれば、最後に茂が意識を取り戻すことはなかった。そして茂、愛理、空也の三人のうちの一人でも死ねば、ほのかの心も壊れていただろう。だが、結果として誰も死なず、誰の心も壊れていない。ぬるすぎるよ、君」
高志は唇を噛みしめた。
「……まさか、情が移ったんじゃないだろうね?」
「いいえ、それはありません」
高志は即座に首を振った。もちろん横に、だ。
「……なら良い。我々の目的は何よりも優先すべきものだからね」
「はい」
高志は大きく頷いた。
「わかっているなら良い。それじゃあ、君はしばらく身を潜めて鍛錬していなさい。しばらくは空也には近づかないほうが良さそうだ」
「わかりました」
「時間が経ったらまた任務を与えるからね。今度は成功するように頑張ってよ」
「……肝に銘じておきます」
一つ間を開けて、高志は頷いた。
事情聴取は個別に行われたが、空也はあまり時間はかからなかった。
瀬川家の呪術使用の件と色々こじつけで詰められると思っていたが、そんな話はほとんど出てこなかった。
「それでは失礼します」
「待て」
退出しようとした空也を引き止めたのは夜桜尊、現政権の王だった。
「何でしょう?」
「お前の義理の家族は呪術を使い、元パーティメンバーは霊に憑依されて異界を作った。これについても呪術が関わっている可能性もある……この状況を、君はどう考える?」
なるほど、そう来るか。
気を抜いた瞬間の王からの尋問。並の精神力では動揺は抑えきれないだろう、と空也は感心した。
しかしあくまで、動揺してしまうのはやましいところがある場合のみだ。
「不運だな、と思います」
空也は率直な意見、というより感想を述べた。裏事情がわからない以上、言えることはほぼなかったからだ。
空也の回答が意外だったのか、尊の目がかすかに見開かれる。
しかし、それは一瞬のことだった。
「……そうか。もう良い。下がれ」
「はい。失礼いたします」
空也は一礼して部屋を出た。
「あっ」
扉を閉めたところで、同じように隣の部屋から出てきた愛理と目が合った。
「行こうか」
「……うん」
二人で並んで歩き出す。
「茂とほのかは、今日はとりあえず帰れないって」
「まあ、そうだろうね」
空也は頷いた。
茂は異界を作った張本人だし、ほのかも茂と行動をともにしていたのだ。帰すわけにはいかないだろう。
【流星】は解散せざるを得ないな——。
どこか他人事のように、空也はぼんやりとそう思った。
ほとんど言葉を交わさないまま、空也と愛理は王宮を出た。
すっかり陽の落ちた道を歩きながら、空也は愛理に目を向けた。
「愛理、今泊まっている宿はどこ? そこまで送っていくよ……愛理?」
いつもなら即座に何かしらの反応をする愛理が、何も答えなかった。空也が心配になってその顔を覗き込めば、愛理はそっと空也の袖を掴んだ。
その無言の意思表示の意味を、空也は愛理が不安を抱えていると受け取った。
——それは、半分は正解だった。
「今日は同じ宿に泊まろうか」
「……うん」
愛理は伏し目がちに頷いた。
愛理の弱々しい反応を見て、気が回らなかったな、と空也は反省した。あんなことがあった直後だ。一人では心細いのは当然だろう。
「じゃあ、愛理が泊まっているところに僕も泊まるよ」
「……良いの?」
「もちろん」
空也も愛理に聞きたいことがあるし、単純に愛理と話すのは久しぶりだ。
一緒に過ごすというのは、空也にとっても悪いことではなかった。
「今泊まっているところには、どのみち長く留まるつもりはなかったから」
「……そっか」
「うん。じゃ、とりあえずは僕の宿に行こう。悪いけどちょっと付き合って」
「ううん。ありがとう、空也」
「いえいえ」
久々の愛理の素直な笑顔を見て、空也の頬も自然と緩んだ。
◇ ◇ ◇
「ごめん……」
「全然良いって。愛理のせいじゃないから」
空也はしょんぼりと肩を落とす愛理の背中を叩いた。
何が起こったのかといえば、空也の荷物を回収した後に向かった愛理の宿が満室だったのだ。
愛理は「私の部屋に泊まっても良いよ」と言ってくれたが、さすがに同じ部屋は良くないだろうし、愛理もかなり恥ずかしそうだったので遠慮した。
そして今、二人で新しい宿を探している状態だ。
「信用のあるところが良いよね……あっ」
空也の脳裏に、現在の状況にぴったりの宿が思い浮かんだ。
「どこかあった?」
「うん。僕の知り合いのおじさんが経営しているところ。そこは知る人ぞ知るところだから満室になっていたことはないし、そのおじさんも信用できる人だよ」
◇ ◇ ◇
「おう、空也じゃねえか」
入り口をくぐるなり、太い声が空也と愛理を迎え入れた。
その声の主は気さくな笑みを浮かべた大男、空也の知り合いであり宿のオーナーでもある、草薙陽太郎だった。
「ご無沙汰してます」
「おうよ。お前さん、色々大変なことになっているみてえだが、大丈夫か?」
「はい、問題ありません。ありがとうございます」
「そうか。まあ、お前がそう言うなら大丈夫なんだろう……そっちの嬢ちゃんは友達か?」
「はい。愛理です」
「白井愛理と言います。よろしくお願いします」
「おう、俺はここのオーナーやっている草薙陽太郎だ。空也とは古い付き合いだし、嬢ちゃんも困ったら頼ってくれて良いぞ。よろしくな」
「はい、ありがとうございます」
愛理が笑顔でお礼を言った。
陽太郎の快活な様子に、彼女の肩の力も抜けたようだ。
「草薙さん。今日一日泊まりたいんですけど、隣同士の部屋って空いていますか?」
「おう、空いているぞ。二階の北側の端の二つだな」
「ではそこを一泊お願いします」
「はいよ」
陽太郎が奥へ引っ込んだ。すぐに、二つの鍵を持って戻ってくる。
「ほいよ、鍵だ」
「ありがとうございます」
空也はまとめて受け取った。
「空也はもう知っているだろうが、軽くこの宿について説明しておくぞ。まず、風呂とトイレは各部屋にあるからそれを使ってくれ。飯はこのフロアにある食堂で食っても良いし、部屋に持って来てほしいなら言ってくれれば良い。布団は押し入れにあるから、好きに使ってくれ……とまあ、こんなものか」
「ありがとうございます」
「おう。わからなけりゃ聞いてくれ」
「はい」
「それじゃあ、お世話になります」
「おうよ、ごゆっくり」
陽太郎に見送られ、空也と愛理は二階へと繋がる階段へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ふう……」
自室に入り、空也は布団に倒れ込んだ。
魔力も相当消費したため、身体には疲れが溜まっていたが、空也はとても眠る気分にはなれなかった。
空也は気づいてしまったのだ——茂に、精神干渉がかけられていたことに。
異界で【索敵】をしたときに感じたあの気配は、昔の記憶にある精神干渉魔法にそっくりだった。
それに、精神が操作されているのでもなければ、茂が霊に憑依されるほどの恨みを持つとも思えない。(生者が霊に憑依されるのは、相当大きな負の感情を抱えているときのみだ)
精神干渉魔法が使われたことを考えても、すでに問題は単なるパーティ内でのいざこざでは済まなくなっているのは明確だった。
おそらく、茂に精神干渉魔法をかけたのと異界を作らせたのは同じ人物、あるいはグループ。そしてそいつらはもしかしたら、他のメンバーにも——、
(……他のメンバー?)
自分の思考を引き金にして、空也は一人の人物を脳裏に思い浮かべた。
【流星】のリーダー、高志は今、何をしているのだろうか——。
◇ ◇ ◇
「がふっ……!」
空也と愛理が王宮を出るころ、とある部屋では少年が中年の男に殴られていた。
「君は全てが中途半端だな、高志」
男は自分が殴り飛ばした少年、黒川高志を見下ろした。
「相田茂と白井愛理をもう少し追い詰めていれば、最後に茂が意識を取り戻すことはなかった。そして茂、愛理、空也の三人のうちの一人でも死ねば、ほのかの心も壊れていただろう。だが、結果として誰も死なず、誰の心も壊れていない。ぬるすぎるよ、君」
高志は唇を噛みしめた。
「……まさか、情が移ったんじゃないだろうね?」
「いいえ、それはありません」
高志は即座に首を振った。もちろん横に、だ。
「……なら良い。我々の目的は何よりも優先すべきものだからね」
「はい」
高志は大きく頷いた。
「わかっているなら良い。それじゃあ、君はしばらく身を潜めて鍛錬していなさい。しばらくは空也には近づかないほうが良さそうだ」
「わかりました」
「時間が経ったらまた任務を与えるからね。今度は成功するように頑張ってよ」
「……肝に銘じておきます」
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