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第四章
第百二話 辺愛の神と闇属性魔法の謎
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『いくら心の中に迷いがあったとはいえ、一時的に空也を意のままに操り、その後も空也に魔力の気配すら掴ませないほどの相手なんて、神以外に考えられない』
「ワオ、沙希ちゃん大正解ー!」
水晶玉から流れてきた沙希の言葉に、玉の前に座っていた少年はパチパチと手を叩いた。
「空也が【分解】を発動しているときに奴の精神に干渉し、君の魔力を吸わせたのはこの僕、返愛の神アンテロースさ!」
シンプルなマッシュショートの少年という風貌のアンテロースは、満面の笑みで胸を張った。
「これはすごいですねぇ」
アンテロースから少し離れたところに座っていた男が、興味深そうに頷く。
「空也君の絶対的な強さを信じた結果、真実に辿り着いたわけですか」
「くぅー、愛の力ですね! ゼウス様、彼らに正解だって教えてあげたいです!」
「ダメですよ、アンテロース。神が人族や魔族に干渉して良いのは、彼らが闇属性を使ったときのみと決められています。これは秩序ですから、必ず守らなければなりません。第一、闇属性魔法を使っていない者に干渉するのは相当骨が折れるでしょう」
「はーい」
やや不満そうな表情を浮かべつつも、アンテロースは素直に頷いた。
「良い子ですね」
ゼウスがその頭を撫でれば、少年はエヘヘ、と笑った。
その顔がふと、滅多に見せない真面目なものになる。
「でも、ゼウス様」
「何ですか?」
「今考えたら、【分解】に関しては少し空也に力を与えすぎた気がするんですけど……」
「構いませんよ。闇属性魔法は、魔法師が君に発動したい技を提示して魔力を提供し、魔力の質や量に応じて君がその魔法師に技を発動するための力を与える、という等価交換で成り立っているのですから。無論、魔法師にその自覚はないわけですが……それが等価交換の範疇であれば、多少サービスするくらいは許しましょう。それだけ、空也君の魔力は美味しかったのでしょう?」
「はい、とっても!」
「なら構いませんよ」
「そっかー。でも、もう今後はサービスしてあげないけどね。あいつ、僕のこと追い出しやがったから」
アンテロースがけっと口を尖らせた。
「先程も言いましたが等価交換の範疇……つまり、秩序を乱さない程度なら好きにやっていただいて結構ですよ——呪術に対する【呪い返し】の強さも、ね」
ゼウスがその頭に手を置けば、アンテロースはハイっ、と元気よく頷いた。
そのサラサラした髪を撫でつつ、ゼウスは水晶玉に目を向けた。
呪術の効力の強さも、呪術が解かれた場合にその使用者に返ってくる【呪い返し】の強度も、闇属性魔法の使用魔力量もその規模も、すべて秩序に則ってアンテロースが決めていることに、空也たちは気づけるだろうか。
それに、瀬川瑞樹の使ったものが呪術ではなく、簡略化された闇属性魔法であることも。
「それに気づければ……いよいよ人族が魔族を完全に上回るでしょうね」
そう呟き、ゼウスは口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
結局、沙希の「空也が闇属性魔法を使っていたときに精神に干渉してきた相手は神なのではないか」という推測は保留となった。
確かめようがないし、まだ魔族に空也よりも強い魔法師がいないと決まったわけでもないからだ。
「我々はまだ、敵やこの世界の全貌を全く把握できていない。常に周囲にアンテナを張って警戒を怠らず、何かあれば小さなことでもすぐに共有しよう」
という大河の言葉を最後に、当主室での話し合いは解散となった。
そして、当主室を出てから三十分後——、
沙希たちは当主室どころか、九条家の屋敷の外にいた。
「……これからどうしよっか」
ミサの呟きに、沙希は空也やヒナとともにうーん、と唸った。
事の発端は、遡ること二十分ほど前だ。
屋敷内の一室で他愛のないお喋りに興じていた四人の元に大河と優作がやってきて、沙希とヒナに完全休養を命じたのだ。
完全休養とは、普通の休みとは異なり、普段は住み込みで働いている沙希やヒナも家に帰らなければならない制度だ。(もちろん、普通の休みでも家に帰ることは可能である)
通常は大河と相談して月に一回ほどのペースで割り当てられるのだが、今回は強制だった。
有無を言わせぬ雰囲気の主人に逆らうことなどできるはずもなく、沙希とヒナは素早く支度を整え、屋敷を出た。
二人がいない屋敷に残っても仕方がないと言って、空也とミサもついてきた。
そして、四人で顔を突き合わせている現在に至るというわけだ。
「沙希とヒナへの気遣いであることは間違いないんだろうけど……急に言われると困っちゃうよね」
「うん……」
苦笑する空也に、沙希は曖昧な肯定を返した。
「そういえば、ミサさんはこんなところにいて良いんですか?」
「もち」
ヒナの問いに、ミサがウインクをした。
「魔力枯渇症になったばかりだからできることは何もないし、【光の女王】のキャラ的に、戦い以外の場面ではしゃしゃり出ないほうが良いからね」
「本音は?」
「ギルドで事務作業とか面倒くさい。よくわかんないし」
「素直でよろしい」
「何様よ」
ミサがヒナにチョップをした。
沙希はクスリと笑いをこぼした。空也も笑っている。
「あっ」
ヒナがポンっと手を叩いた。
「一つ、良い案を思いつきました」
「何? 私のチョップで頭が覚醒した?」
「んなわけあるか」
ヒナの鋭いツッコミに、ミサがあはっと、笑った。
「そうじゃなくて、これから皆さんで私の家に来ませんか? 狭いですけどご馳走しますよ、ウチのおばあちゃんが」
「おっ、良いじゃん」
ミサが真っ先に同意した。反対に、空也は戸惑いの表情を浮かべる。
「たまの休みなのに、迷惑じゃないの?」
「大丈夫ですよー」
ヒナが笑いながら手をヒラヒラさせた。
「ミサさんもたまに来てくれますし、沙希は休みが被ったときは大体ウチにいますから」
視線を向けてくる空也に、沙希は頷いてみせる。
「ヒナのおばあちゃんは良い人で、料理もすごく上手」
「そうなのよっ。しかも可愛いし」
ミサがウンウンと頷く。
「そうなんだ」
「そーなんです!」
興味をそそられた様子の空也に、ヒナが食い気味に頷いた。
「それに家で空也さんの話をしていたら、おばあちゃんも会いたがっていましたから! さあ行きましょ——おおっ?」
スキップしようとするヒナの肩を掴めば、彼女は変な声を出して前につんのめった。
「沙希、危ないじゃ——」
「どうせ転ぶだろうから、普通に歩いて」
「いや、でも今——」
「いや、じゃない。良い?」
沙希がヒナの目を見て圧をかければ、彼女は唇を尖らせつつも頷いた。そして敬礼をして、言う。
「……イエス、マム」
「ぷっ」
空也とミサが小さく吹き出した。
「ワオ、沙希ちゃん大正解ー!」
水晶玉から流れてきた沙希の言葉に、玉の前に座っていた少年はパチパチと手を叩いた。
「空也が【分解】を発動しているときに奴の精神に干渉し、君の魔力を吸わせたのはこの僕、返愛の神アンテロースさ!」
シンプルなマッシュショートの少年という風貌のアンテロースは、満面の笑みで胸を張った。
「これはすごいですねぇ」
アンテロースから少し離れたところに座っていた男が、興味深そうに頷く。
「空也君の絶対的な強さを信じた結果、真実に辿り着いたわけですか」
「くぅー、愛の力ですね! ゼウス様、彼らに正解だって教えてあげたいです!」
「ダメですよ、アンテロース。神が人族や魔族に干渉して良いのは、彼らが闇属性を使ったときのみと決められています。これは秩序ですから、必ず守らなければなりません。第一、闇属性魔法を使っていない者に干渉するのは相当骨が折れるでしょう」
「はーい」
やや不満そうな表情を浮かべつつも、アンテロースは素直に頷いた。
「良い子ですね」
ゼウスがその頭を撫でれば、少年はエヘヘ、と笑った。
その顔がふと、滅多に見せない真面目なものになる。
「でも、ゼウス様」
「何ですか?」
「今考えたら、【分解】に関しては少し空也に力を与えすぎた気がするんですけど……」
「構いませんよ。闇属性魔法は、魔法師が君に発動したい技を提示して魔力を提供し、魔力の質や量に応じて君がその魔法師に技を発動するための力を与える、という等価交換で成り立っているのですから。無論、魔法師にその自覚はないわけですが……それが等価交換の範疇であれば、多少サービスするくらいは許しましょう。それだけ、空也君の魔力は美味しかったのでしょう?」
「はい、とっても!」
「なら構いませんよ」
「そっかー。でも、もう今後はサービスしてあげないけどね。あいつ、僕のこと追い出しやがったから」
アンテロースがけっと口を尖らせた。
「先程も言いましたが等価交換の範疇……つまり、秩序を乱さない程度なら好きにやっていただいて結構ですよ——呪術に対する【呪い返し】の強さも、ね」
ゼウスがその頭に手を置けば、アンテロースはハイっ、と元気よく頷いた。
そのサラサラした髪を撫でつつ、ゼウスは水晶玉に目を向けた。
呪術の効力の強さも、呪術が解かれた場合にその使用者に返ってくる【呪い返し】の強度も、闇属性魔法の使用魔力量もその規模も、すべて秩序に則ってアンテロースが決めていることに、空也たちは気づけるだろうか。
それに、瀬川瑞樹の使ったものが呪術ではなく、簡略化された闇属性魔法であることも。
「それに気づければ……いよいよ人族が魔族を完全に上回るでしょうね」
そう呟き、ゼウスは口元を緩めた。
◇ ◇ ◇
結局、沙希の「空也が闇属性魔法を使っていたときに精神に干渉してきた相手は神なのではないか」という推測は保留となった。
確かめようがないし、まだ魔族に空也よりも強い魔法師がいないと決まったわけでもないからだ。
「我々はまだ、敵やこの世界の全貌を全く把握できていない。常に周囲にアンテナを張って警戒を怠らず、何かあれば小さなことでもすぐに共有しよう」
という大河の言葉を最後に、当主室での話し合いは解散となった。
そして、当主室を出てから三十分後——、
沙希たちは当主室どころか、九条家の屋敷の外にいた。
「……これからどうしよっか」
ミサの呟きに、沙希は空也やヒナとともにうーん、と唸った。
事の発端は、遡ること二十分ほど前だ。
屋敷内の一室で他愛のないお喋りに興じていた四人の元に大河と優作がやってきて、沙希とヒナに完全休養を命じたのだ。
完全休養とは、普通の休みとは異なり、普段は住み込みで働いている沙希やヒナも家に帰らなければならない制度だ。(もちろん、普通の休みでも家に帰ることは可能である)
通常は大河と相談して月に一回ほどのペースで割り当てられるのだが、今回は強制だった。
有無を言わせぬ雰囲気の主人に逆らうことなどできるはずもなく、沙希とヒナは素早く支度を整え、屋敷を出た。
二人がいない屋敷に残っても仕方がないと言って、空也とミサもついてきた。
そして、四人で顔を突き合わせている現在に至るというわけだ。
「沙希とヒナへの気遣いであることは間違いないんだろうけど……急に言われると困っちゃうよね」
「うん……」
苦笑する空也に、沙希は曖昧な肯定を返した。
「そういえば、ミサさんはこんなところにいて良いんですか?」
「もち」
ヒナの問いに、ミサがウインクをした。
「魔力枯渇症になったばかりだからできることは何もないし、【光の女王】のキャラ的に、戦い以外の場面ではしゃしゃり出ないほうが良いからね」
「本音は?」
「ギルドで事務作業とか面倒くさい。よくわかんないし」
「素直でよろしい」
「何様よ」
ミサがヒナにチョップをした。
沙希はクスリと笑いをこぼした。空也も笑っている。
「あっ」
ヒナがポンっと手を叩いた。
「一つ、良い案を思いつきました」
「何? 私のチョップで頭が覚醒した?」
「んなわけあるか」
ヒナの鋭いツッコミに、ミサがあはっと、笑った。
「そうじゃなくて、これから皆さんで私の家に来ませんか? 狭いですけどご馳走しますよ、ウチのおばあちゃんが」
「おっ、良いじゃん」
ミサが真っ先に同意した。反対に、空也は戸惑いの表情を浮かべる。
「たまの休みなのに、迷惑じゃないの?」
「大丈夫ですよー」
ヒナが笑いながら手をヒラヒラさせた。
「ミサさんもたまに来てくれますし、沙希は休みが被ったときは大体ウチにいますから」
視線を向けてくる空也に、沙希は頷いてみせる。
「ヒナのおばあちゃんは良い人で、料理もすごく上手」
「そうなのよっ。しかも可愛いし」
ミサがウンウンと頷く。
「そうなんだ」
「そーなんです!」
興味をそそられた様子の空也に、ヒナが食い気味に頷いた。
「それに家で空也さんの話をしていたら、おばあちゃんも会いたがっていましたから! さあ行きましょ——おおっ?」
スキップしようとするヒナの肩を掴めば、彼女は変な声を出して前につんのめった。
「沙希、危ないじゃ——」
「どうせ転ぶだろうから、普通に歩いて」
「いや、でも今——」
「いや、じゃない。良い?」
沙希がヒナの目を見て圧をかければ、彼女は唇を尖らせつつも頷いた。そして敬礼をして、言う。
「……イエス、マム」
「ぷっ」
空也とミサが小さく吹き出した。
応援ありがとうございます!
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