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 アナリスはそう言って微笑むと、彼の手を握って感謝の気持ちを伝えた。

──彼も微笑み返してくれる。

「怖い想いをさせて悪かったね」

 ラファエルはそう言うと、そっと唇を重ねてきた。

 アナリスは一瞬驚いたものの、すぐに目を閉じて受け入れる。

 互いの舌が絡み合い、唾液を交換し合うような濃厚な口づけが続いた。

 やがて唇が離れると、二人の間に銀色の糸が引いていた。

「愛してるよ、アナリス。きみの経歴は偽装でない。正式にメイリーン・アダムス公爵令嬢だよ」

 ラファエルは、熱っぽい瞳で見つめながら言う。

 アナリスはその言葉の意味を理解した瞬間、顔が熱くなった。

──胸がドキドキしている。

「はい! 私で良ければ。それに、作家として書き続けられるなら!」

「もちろんだ」

 ラファエルは頬笑み、アナリスに口吻をしてから、抱きしめた。

 それから、ラファエルはゆっくりと顔を上げて、

「ハント商会にも、これまで行ってきた犯罪の罪を償わせるつもりだ」

と、厳しい表情で語った。

 アナリスも同意するように頷く。

「はい、わたしも協力しますわ」

 アナリスが言うと、ラファエルは微笑んで頷いた。

(この人と一緒なら……きっと大丈夫)

 アナリスは心の中でつぶやくと、彼の手を握る手に力を込めた。


☆☆☆


 後日、調査により、アロンソとハント商会との裏取引の証拠が明らかになった。

 ハント商会の社長は取引違反により摘発され、逮捕された。

 ハント家の男爵家の爵位ははく奪されたと伝えられた。


☆☆☆


 事件から一か月後、アナリスとラファエルの婚約パーティが、王宮で正式に行われることになった。

 パーティの当日、王都には多くの人々が集まって賑わっていた。

 王宮の大広間には豪華な装飾が施され、テーブルの上には料理や飲み物が所狭しと並べられている。

 楽団による演奏が始まり、人々が楽しげにダンスを踊る中──アナリスは緊張した面持ちで佇んでいた。

「そんなに硬くならなくていい」

 ラファエルは優しく声をかけてくれたが、アナリスは余計に緊張してしまった。

 ……なにしろ生まれて初めてこんな盛大なパーティに参加するのだ。

 どんな衣装が相応しいのかも分からないし、マナーも知らないしで不安なことだらけだった。

 だが、ラファエルのおかげで何とか、恥ずかしくないくらいには振舞っていられる。
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