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「長門さん。中川君が撤収どうするかお尋ねですが」
背中越しに声をかけると、
「これ終わったらでる。あと10分」
「承知しました」
そう言いながら踵を返そうとすると、また彼女の声がした。
「あら、今日は私の相手してくれないの?結婚したからって遠慮はいらないわよ?……あの時みたいにまた熱くなりましょうよ」
司の肩に手を乗せて、まるでこっちを値踏みするような視線を送りながら彼女は司の耳元でそう言った。
「結構だ」
冷たく言い放つ司を意に介さず、
「いつでも連絡待ってるわ」
そう言ってその人は司の頰に唇を押し付けると立ち上がり、またカツカツとヒールの音を鳴らして去っていった。私の横を通り過ぎる時、「ふふん」と鼻で笑うことも忘れずに。
私は黙って踵を返し中川君を探すと、さっき聞いた事を伝える。
「了解です!」
元気良く言って、中川君は作業に戻って行った。
何か……。疲れた……
私が深く溜め息を吐いていると、背後からカツンカツンと、ヒールとは違う靴音がゆっくり近づいて来る。
「帰る」
それだけ言うと、司は私の顔を見ることなく通り過ぎて行った。
「あ、はい。先に行ってて下さい」
止まる事なく進んで行く司の背中にそう声を掛け、私は自分の荷物の回収とスタッフへの挨拶へ向かう。色々と次の撮影の要望やらを確認をしていると結構時間が掛かってしまい、私は慌てて駐車場へ向かった。
「すみません。お待たせしました」
そう言って助手席に乗り込み運転席を見ると、司はハンドルに置いた自分の腕を枕に伏せていた。
寝てるの……?
疲れてても運転変わってあげられないしなぁ。私ペーパードライバーだし
そんな事を思っていると、司の声が聞こえて来た。
「疲れたな……」
「えっと。そうですね」
「これからどっか行く?」
顔を上げず司は私に尋ねる。この後の予定は特にない。と言うよりもう夕方だ。
「特に予定は……」
「あっそ。なら帰る」
ノロノロと顔を上げて司はエンジンをかける。
何か不機嫌そうだなぁ……
理由は全く分からないし、私はそのまま黙っていた。しばらく走っていると、沈黙を破るように司の方が口を開く。
「なあ。指輪っていると思うか?」
それ……気にしてたの?
意外に気にしてた事に驚きつつ私は返す。
「虫除けがいるんなら用意すればいいんじゃない?」
と言っても、さっきの人には例えしてても通用しなさそうだけど……と思ったけどあえて言わないで置いた。
「じゃあ、今から行こうか」
何か急に嬉しそうに司は言い出した。
「…どこに?」
「虫除け買いに」
「……ドラッグストアに?」
恐る恐る尋ねると、「なわけあるか!」と司は笑いながら返事を返す。
そして、連れてこられたのは予想通り高級ブランドのジュエリーショップ。
今まで足を踏み入れたこともなければ、店先に立ち止まったことすらない。
ショーケースの中はキラッキラしてて、正直言って眩しい。
圧倒されている私を置いて、司がお店の人に声をかけると、私たちはウエディングリングのコーナーに案内された。
あまり見たくはなかったけど、虫除けなのに、私の給料何ヶ月分⁈みたいな驚愕なお値段。
私が唖然としながら眺めていると、横から声がした。
「どれにする?」
「どれにって、私のじゃなくて、あ・な・たの!でしょ?自分で決めなさいよ」
謎な会話に、心無しか店員さんの顔が引きつっているように見える。
「俺は別にどれでもいい」
投げやりな感じの返事に、店員さんが気を利かせたのか、「よろしければご試着なさいますか?」と尋ねてきた。
まあ……。試着するくらいいいかな。2度とできそうにないし。
そう思って、私はいくつかあるうちから、シンプルなプラチナの指輪を選ぶ。これまた見た目とお値段が一致してないお高いやつ。
店員さんがサイズを測ってくれて、ちょうどここに出ているものだとそれを私の指に嵌めてくれる。
「わー……」
思わずそう言って手を翳して指輪を眺める。
そう言えば、今まで指輪なんて、誰にも貰ったことないなーとふと思う。5年付き合った元彼にさえ。
元々が『そんな無駄なものにお金かけるなんて』ってタイプだったし、私もそこまで言われて欲しいと思いもしなかった。
「それにする?」
司がさも当たり前のように横からそう言って来て、ハッと我に帰る。
「私のじゃないでしょ!!すみません。この人のだけでいいんで、サイズ見て貰っていいですか?」
私が指輪を嵌めた手を店員さんに差し出しながら言うと、私の勢いに押され気味に「かしこまりました……」とその人は私の手を取った。
司の方もサイズを測ると、「こちらでございます」と、私の付けたものの横にあったものを取り出してきた。
「じゃ、それにする」
司は嵌めもせず即答して、店員さんも「よろしいんですか?」と目を丸くしている。
「今持って帰れる?」
「はい。刻印が必要でしたら少し日数をいただきますが……」
「いらない」
愛想のない会話に、少し店員さんに同情しながら、「私、せっかくだしあっちのも見てきていい?」と声をかける。
普段雑誌でしか見たことないし、いい機会だ。
「あぁ。好きにしろ」
そう言われて、私は他のショーケースも見て回ることにした。
うーん……。やっぱり眩しい。目がチカチカするなぁ。
何て、結構可愛げの無いことを考えながら。
背中越しに声をかけると、
「これ終わったらでる。あと10分」
「承知しました」
そう言いながら踵を返そうとすると、また彼女の声がした。
「あら、今日は私の相手してくれないの?結婚したからって遠慮はいらないわよ?……あの時みたいにまた熱くなりましょうよ」
司の肩に手を乗せて、まるでこっちを値踏みするような視線を送りながら彼女は司の耳元でそう言った。
「結構だ」
冷たく言い放つ司を意に介さず、
「いつでも連絡待ってるわ」
そう言ってその人は司の頰に唇を押し付けると立ち上がり、またカツカツとヒールの音を鳴らして去っていった。私の横を通り過ぎる時、「ふふん」と鼻で笑うことも忘れずに。
私は黙って踵を返し中川君を探すと、さっき聞いた事を伝える。
「了解です!」
元気良く言って、中川君は作業に戻って行った。
何か……。疲れた……
私が深く溜め息を吐いていると、背後からカツンカツンと、ヒールとは違う靴音がゆっくり近づいて来る。
「帰る」
それだけ言うと、司は私の顔を見ることなく通り過ぎて行った。
「あ、はい。先に行ってて下さい」
止まる事なく進んで行く司の背中にそう声を掛け、私は自分の荷物の回収とスタッフへの挨拶へ向かう。色々と次の撮影の要望やらを確認をしていると結構時間が掛かってしまい、私は慌てて駐車場へ向かった。
「すみません。お待たせしました」
そう言って助手席に乗り込み運転席を見ると、司はハンドルに置いた自分の腕を枕に伏せていた。
寝てるの……?
疲れてても運転変わってあげられないしなぁ。私ペーパードライバーだし
そんな事を思っていると、司の声が聞こえて来た。
「疲れたな……」
「えっと。そうですね」
「これからどっか行く?」
顔を上げず司は私に尋ねる。この後の予定は特にない。と言うよりもう夕方だ。
「特に予定は……」
「あっそ。なら帰る」
ノロノロと顔を上げて司はエンジンをかける。
何か不機嫌そうだなぁ……
理由は全く分からないし、私はそのまま黙っていた。しばらく走っていると、沈黙を破るように司の方が口を開く。
「なあ。指輪っていると思うか?」
それ……気にしてたの?
意外に気にしてた事に驚きつつ私は返す。
「虫除けがいるんなら用意すればいいんじゃない?」
と言っても、さっきの人には例えしてても通用しなさそうだけど……と思ったけどあえて言わないで置いた。
「じゃあ、今から行こうか」
何か急に嬉しそうに司は言い出した。
「…どこに?」
「虫除け買いに」
「……ドラッグストアに?」
恐る恐る尋ねると、「なわけあるか!」と司は笑いながら返事を返す。
そして、連れてこられたのは予想通り高級ブランドのジュエリーショップ。
今まで足を踏み入れたこともなければ、店先に立ち止まったことすらない。
ショーケースの中はキラッキラしてて、正直言って眩しい。
圧倒されている私を置いて、司がお店の人に声をかけると、私たちはウエディングリングのコーナーに案内された。
あまり見たくはなかったけど、虫除けなのに、私の給料何ヶ月分⁈みたいな驚愕なお値段。
私が唖然としながら眺めていると、横から声がした。
「どれにする?」
「どれにって、私のじゃなくて、あ・な・たの!でしょ?自分で決めなさいよ」
謎な会話に、心無しか店員さんの顔が引きつっているように見える。
「俺は別にどれでもいい」
投げやりな感じの返事に、店員さんが気を利かせたのか、「よろしければご試着なさいますか?」と尋ねてきた。
まあ……。試着するくらいいいかな。2度とできそうにないし。
そう思って、私はいくつかあるうちから、シンプルなプラチナの指輪を選ぶ。これまた見た目とお値段が一致してないお高いやつ。
店員さんがサイズを測ってくれて、ちょうどここに出ているものだとそれを私の指に嵌めてくれる。
「わー……」
思わずそう言って手を翳して指輪を眺める。
そう言えば、今まで指輪なんて、誰にも貰ったことないなーとふと思う。5年付き合った元彼にさえ。
元々が『そんな無駄なものにお金かけるなんて』ってタイプだったし、私もそこまで言われて欲しいと思いもしなかった。
「それにする?」
司がさも当たり前のように横からそう言って来て、ハッと我に帰る。
「私のじゃないでしょ!!すみません。この人のだけでいいんで、サイズ見て貰っていいですか?」
私が指輪を嵌めた手を店員さんに差し出しながら言うと、私の勢いに押され気味に「かしこまりました……」とその人は私の手を取った。
司の方もサイズを測ると、「こちらでございます」と、私の付けたものの横にあったものを取り出してきた。
「じゃ、それにする」
司は嵌めもせず即答して、店員さんも「よろしいんですか?」と目を丸くしている。
「今持って帰れる?」
「はい。刻印が必要でしたら少し日数をいただきますが……」
「いらない」
愛想のない会話に、少し店員さんに同情しながら、「私、せっかくだしあっちのも見てきていい?」と声をかける。
普段雑誌でしか見たことないし、いい機会だ。
「あぁ。好きにしろ」
そう言われて、私は他のショーケースも見て回ることにした。
うーん……。やっぱり眩しい。目がチカチカするなぁ。
何て、結構可愛げの無いことを考えながら。
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