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ジュニエスの戦い
20 それぞれの夜 4
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ラルセン山を縦横に掘り抜かれたティーサンリード山賊団の拠点では、いくつか奇妙な出来事が続いていた。
アウロラたちがダニエラ・ノルデンフェルト救出のためにノルドグレーンへと旅立った翌日の早朝、山道を監視していた山賊団の男が、軍人らしき三名の騎兵に呼び止められた。
目につきにくい場所から監視していたはずが、その存在をこともなげに察知されて山賊は慌てたが、馬上の男たちは丸腰で敵意は示さず、彼に言葉と荷物を託して早々に立ち去った。
「お前たちの首領に、この荷物を渡してほしい」
山賊は罠などが仕掛けられていないことだけを確認し、その荷物をリースベットに渡した。
その日の夜、そわそわした様子のリースベットが、誰かを探すように拠点内をうろうろしていた。
「……おい、オスカリウス知らねえか?」
そのオスカリウスと商隊として行動を共にしていた男に、リースベットが声をかけた。オスカリウスは物品の売買を取り持つ鑑定士だ。
「隊長なら、副長たちと一緒に行きましたよ」
「ああ、そうか。商隊に化けてベステルオースに入るんだったな」
「そうです」
リースベットは落ち着かない様子で、きょろきょろと倉庫の扉と商隊の男を見回す。
「……お前でもいいや、確か倉庫に香水ってなかったか?」
「香水……確か、奥の荷物棚の一番上です。どうかしました?」
「い、いや、ちょっとな。一本貸してくれ」
奇行を疑ってくれと言わんばかりのリースベットの背中を、商隊の男は怪訝な顔で見送った。
「ちょっとリースベット、あんた臭いわよ」
肩をすくめて忍び足で水場へ向かうリースベットに、すれちがったエステルが眉をしかめて苦言を呈した。やましい隠し事がばれたようにびくついたリースベットは、どこか具合が悪そうだ。
「香水の瓶でもひっくり返したの? ものすごい匂いよ」
挙動不審なリースベットからは、薔薇やベルガモットの合わさった凄まじい匂いが立ち籠めていた。芳香と言えるようなやわらかなものでなく、昆虫や動物などを忌避させるような強烈な匂いだ。
じっさいリースベットは飼い猫のデミに呻られたあとだった。
「なあエステル……香水ってどうやって付けるんだ」
「は?」
「いや、化粧みてえに、顔にペタペタやるんじゃねえのか……」
エステルは乾いた笑いのあと、ため息をついた。
「ふつうは膝の裏とか内ももとか、相手の鼻よりすこし離れた場所につけるものよ」
「そうだったのか……」
「昔、付き人とかにやってもらったことはないの?」
「いや……そのときは面倒臭がってな」
着替えてすぐ部屋を飛び出す自分を、侍従のモニカがたびたび呼び止めていたことをリースベットは思い出した。
「それもあんた、とびきり濃度の高い香水を付けたみたいね」
「匂いがキツすぎて胸が悪くなりそうだ」
「どのみちここで付けたって、ヘルストランドに着くまでに香りは飛んじゃうわ。半日も保たないんだから」
「そうなのか……顔洗ってくるわ」
肩を落として歩き去るリースベットの背中を、エステルは半ば呆れたように、だが微笑ましげに見送った。
――こんな事してる場合じゃないだろ。なにを浮かれてるんだ、あたしは。
アウロラたちがダニエラ・ノルデンフェルト救出のためにノルドグレーンへと旅立った翌日の早朝、山道を監視していた山賊団の男が、軍人らしき三名の騎兵に呼び止められた。
目につきにくい場所から監視していたはずが、その存在をこともなげに察知されて山賊は慌てたが、馬上の男たちは丸腰で敵意は示さず、彼に言葉と荷物を託して早々に立ち去った。
「お前たちの首領に、この荷物を渡してほしい」
山賊は罠などが仕掛けられていないことだけを確認し、その荷物をリースベットに渡した。
その日の夜、そわそわした様子のリースベットが、誰かを探すように拠点内をうろうろしていた。
「……おい、オスカリウス知らねえか?」
そのオスカリウスと商隊として行動を共にしていた男に、リースベットが声をかけた。オスカリウスは物品の売買を取り持つ鑑定士だ。
「隊長なら、副長たちと一緒に行きましたよ」
「ああ、そうか。商隊に化けてベステルオースに入るんだったな」
「そうです」
リースベットは落ち着かない様子で、きょろきょろと倉庫の扉と商隊の男を見回す。
「……お前でもいいや、確か倉庫に香水ってなかったか?」
「香水……確か、奥の荷物棚の一番上です。どうかしました?」
「い、いや、ちょっとな。一本貸してくれ」
奇行を疑ってくれと言わんばかりのリースベットの背中を、商隊の男は怪訝な顔で見送った。
「ちょっとリースベット、あんた臭いわよ」
肩をすくめて忍び足で水場へ向かうリースベットに、すれちがったエステルが眉をしかめて苦言を呈した。やましい隠し事がばれたようにびくついたリースベットは、どこか具合が悪そうだ。
「香水の瓶でもひっくり返したの? ものすごい匂いよ」
挙動不審なリースベットからは、薔薇やベルガモットの合わさった凄まじい匂いが立ち籠めていた。芳香と言えるようなやわらかなものでなく、昆虫や動物などを忌避させるような強烈な匂いだ。
じっさいリースベットは飼い猫のデミに呻られたあとだった。
「なあエステル……香水ってどうやって付けるんだ」
「は?」
「いや、化粧みてえに、顔にペタペタやるんじゃねえのか……」
エステルは乾いた笑いのあと、ため息をついた。
「ふつうは膝の裏とか内ももとか、相手の鼻よりすこし離れた場所につけるものよ」
「そうだったのか……」
「昔、付き人とかにやってもらったことはないの?」
「いや……そのときは面倒臭がってな」
着替えてすぐ部屋を飛び出す自分を、侍従のモニカがたびたび呼び止めていたことをリースベットは思い出した。
「それもあんた、とびきり濃度の高い香水を付けたみたいね」
「匂いがキツすぎて胸が悪くなりそうだ」
「どのみちここで付けたって、ヘルストランドに着くまでに香りは飛んじゃうわ。半日も保たないんだから」
「そうなのか……顔洗ってくるわ」
肩を落として歩き去るリースベットの背中を、エステルは半ば呆れたように、だが微笑ましげに見送った。
――こんな事してる場合じゃないだろ。なにを浮かれてるんだ、あたしは。
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