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第十三話・条件

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「あ…その」
「私、不思議に思っておりましたの。ノーゼルを引き取ってから数年は経ちますが、その間に頑張って、この国から貧困街と呼ばれるような大規模なスラムは無くしたはずでしたから。それ以前に里帰りしたならともかく、今の状態でシスター達以外の支援が必要とも思えませんし。マリア様はいったい、どこのお話をしてるのかしら。そもそも、貴方の住んでいた街はあそこではなくて、男爵の立てた小さなお城でしょう?声高々に自慢していましたから、皆様よく知っておいでですよ」
「、そ、…」

言い訳も思いつかなくなったのか、黙り込んだマリアを見て、エリーが「部が悪くなったらダンマリですか」とため息を吐いた。ノーゼルは青い顔をして固まっており、何を思っているのかルリアを死神を見るみたいない目で見つめている。

「ルーカス様」

呼ばれると思っていなかったのか、突然ルリアに名指しされたルーカスは肩をびくりと跳ねさせると、混乱した顔のまま「え…ああ、?」と返事をした。

「ルーカス様、婚約破棄を承ります」
「え」
「ルリア様!?」
「こうまで熱烈に志願されては仕方ありませんね。私もルーカス様より素敵な人を見つけて、幸せになろうと思います」
「あ、ああ。そうか…」
「はい。とろこで」

ぴたり。と動きを止めたルリアに釣られて、その場の者の動きもピタリと静止画のように止まった。

「マリア様。貴方は嘘をついておいででしたか」
「え?」

ルリアがいつもの微笑みを消して、無表情になった。造形が整っているだけに、彼女がそうしていると精巧なビスクドールのようで、マリアは少し口許をひくつかせる。

「……これでも私は、沢山の時間も努力も惜しまずに、あの街を整えてきたつもりでした。国内の方はみんなそっぽを向きましたから、わざわざ他国の貴族に投資を願い打ってまで、お金を借りて学校も病院も水道も作ったんです。頭を下げて、時には貴族の道楽だと罵倒されたこともありましたし、現地の方との交流も、初めは衛生的にも難しいものでした」
「…わ、わたし、」
「誰かに罵倒されても、馬鹿にされても、あの街を綺麗にすることができたら、それはどんな宝石やドレスよりも美しい感情を抱かせてくれるだろうと夢想し、そしてそれは実際にその通りでした。マリア様、私は、胸を張ってそうと言えるほど素晴らしい街を整えるお手伝いをしてきたのです」
「あ…」
「汚い街でしたか。話のネタにするためだけに引用していいほど。偽って、馬鹿にして、憐れんでいいくらい貴方にとって遠い街でしたか」

マリアは泣きそうな顔をしてすくみあがった。ルリアの笑顔を消した顔は、美しい幾何学模様のように不思議に整っていて、凄惨なまでに可憐で、それが恐ろしかった。

「婚約破棄は受け入れましょう。そのかわり、ルーカス様とノーゼルと共に、素晴らしい街を見て頂きたいわ。お二人とも、宜しいですね」

にこり、と繊細に微笑んだルリアの脳裏では、様々なメリットが浮かんでいた。そうと知らない生徒たちにはそれが無理した微笑みに見えて、みんな眉を下げて「お労しい…」とヒソヒソする。教師たちはやっと終わりそうな修羅場の機会に胸を撫で下ろし、お互いの肩を叩き合うのだった。
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