運命と運命の人

なこ

文字の大きさ
45 / 113
第5章

5

しおりを挟む
リヒトは、邸に残っている全ての騎士を呼び出した。

この辺境騎士団で、リヒトは副団長をつとめている。

普段は人当たりがいい、気のいい青年といった風情のリヒトではあるが、リヒトの持つ本来の姿を、騎士たちは皆知っている。

「ユアン様が、だ。」

淡々と皆を見据えて話し出したリヒトから、ただならぬ気配が感じられる。

「ユアン様にはマリがついている。誰も近寄ることは許さない。」

ビリビリと漂うリヒトからの威嚇に、騎士たちは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「カイゼル様を今すぐに、呼び戻す。」

予定では、すでに王都を立ち、辺境へと向かわれているだろう。

今晩は、隣の領を治めるノールズ子爵家で一夜を明かし、明日の午後には辺境に戻られる予定だ。

だが、それではきっと間に合わない。

リヒトは馬の扱いに長けた2人を呼び寄せ、一枚の封書を持たせると、急ぎカイゼルを呼び戻すように、送り出した。

「一刻を争うと、必ずそうお伝えしろ。」

2人は直ぐに、カイゼルの元へと馬を走らせた。

ノールズ子爵家は、リヒトの生家だ。リヒトは、そこへも2人の騎士を向かわせた。

カイゼル様には、急ぎ辺境に戻って頂かねばならない。その準備を整えていて欲しいと、そう伝えるように言いつけて。

他の騎士たちには、カイゼルが戻るまで、今ここにいる者たち以外、誰一人、邸には入れぬよう警備を強化させた。

本来なら、リヒトが今直ぐにカイゼルの元へと駆け付け、呼び戻したい。

だが、ユアンに付きっきりのマリを残し、自分までここを離れることはできない。

まだ、昼前だと言うのに、外はどんよりと暗く、ぽつぽつと雨が降り出してきた。

最悪の事態を想像しそうになり、リヒトは頭を振って、その想像を打ち消そうと、邸の警備へと加わった。




午後になり、雨は勢いを増してきた。

カイゼルの部屋へと移され、ひとときは落ち着いたようにみえたユアンの発情も徐々に深刻さを増している。




強まる雨足に、先を急ぐカイゼルの元へ、辺境の騎士が駆けつけた。

「カイゼル様!カイゼル様!ユアン様が大変です!」

「急ぎ、お戻りを!」

はあ、はあ、と息を荒らげ、2人の騎士は
リヒトから託された封書を手渡す。

「何事だ?」

「ユアン様が急病です!一刻を争います!どうか、すぐにお戻りを!」

封書を開き見ると、カイゼルはすぐに馬を走らせた。




ざあざあと降り出した雨に、馬にも疲弊の色が見えてきた。次第に勢いがなくなり、カイゼルの焦りが増す。

「なぜだ?なぜ、発情するのだ?」

書かれていた内容はカイゼルに困惑と焦りを与えた。

叩きつける雨の中、ひたすらに馬を走らせる。

遠くからカイゼルを呼ぶ者が見える。

疲弊していない、俊敏な馬を引き連れた、ノールズ子爵だ。

「カイゼル様!こちらに乗り換えを!」

カイゼルは休む間もなく、乗り換えた。

「助かった。礼を言う。」

それだけ言うと、また直ぐに馬を走らせた。 



間に合え。間に合わねばならない。

もう少しだ。ユアン、お前なら、耐えられる。

わたしが、行くまで、耐えろ、耐えてくれ…



辺りが暗闇に包まれようとする頃、やっとカイゼルは辺境の邸に到着した。



ずぶ濡れで到着したカイゼルにリヒトが駆け寄る。

「カイゼル様!!」

「待たせた。理由は?」

「確認しましたが、わかりません。マリが1人付き添っています。」

濡れた衣服を脱ぎ捨てながら、ユアンの元へと急ぐ。

ポタポタとカイゼルの歩く後には水滴が滴っている。

2階へとあがるにつれ、漂う発情の匂いにカイゼルは目眩を覚えた。

ユアンの発情が現実のものとして、捉えられる。

階段の先には執事が控えていた。

「ユアン様は、カイゼル様の部屋にいらっしゃいます。」

「…そうか。」

カイゼルは誰をも咎めることは、なかった。

自身の部屋を前にし、その凄まじい匂いと気配で、扉を開けることを一瞬躊躇しそうになる。



………ユアン



カイゼルは覚悟を決め、部屋の扉を開けた。



火が灯された暖炉と、ユアンから発せられる熱量に、雨で冷えたカイゼルの身体は、一瞬で熱を帯びた。

「ユアン様!ユアン様!もう少しだから!お願い!ユアン様!」

「う、うあああああ、ああああ、うあ、あああ……」

「ユアン様、もうすぐカイゼル様が来てくれるから!お願い、お願い!ユアン様!」

「あ、あ、あ、うあああああああ…」

瞳孔は完全に開ききっており、苦しみのあまり自分の身体に爪を立て、掻きむしるように暴れるユアンを、マリが必死に押さえ込んでいる。

マリの頬や腕や、あらゆる所は掻き傷だらけで、薄らと血が滲んでいる。

カイゼルが戻ってきたことにすら気が付かない程、マリは必死だった。

「ユアン様、カイゼル様が助けてくれるから!もうすぐだから!ユア…」



「マリ!もういい!」



振り向いたマリの目に、安堵の色が浮かび上がる。

押さえ込まれた力が緩み、再び暴れ出そうとするユアンを、

カイゼルは、強く強く抱きしめた。




「………ユアン、もう、大丈夫だ。」









しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...