運命と運命の人

なこ

文字の大きさ
48 / 113
第5章

8

しおりを挟む
まだ傷跡の残るマリの顔を見て、ユアンは何度も謝った。

「ごめんね。ごめんね。マリ。こんな傷つけてしまうなんて。」

「大丈夫だよ!マリは騎士だから!こんなのへっちゃらなの!」

「でも、ごめんね。マリ、ありがとう。」

「大丈夫!それに、傷があってもマリは可愛いから!」

ニコッと笑うマリに、ユアンの顔も綻ぶ。

マリがいなければ、自分は今、こうして普通にはいられなかったと思う。

傷は浅いもので、跡が残るようなものではない。

それでも、マリを傷つけてしまう程我を忘れていた自分が、怖くてたまらない。

仕事に戻ると、部屋を出ようとしたマリが帰り際、ユアンに問う。

「ユアンさま、お家、帰らないよね?マリと一緒にここに、ずっといるよね?」

ずっと、ずっと考えていたことだ。

あの日から、ずっと。

そろそろ心を決めねばならない。

いや、もう、とっくに決まっていたのだ。

ユアンは、マリへと静かに微笑んだ。




翌朝、ユアンの部屋を訪れたのは、カイゼルではなかった。

…家へ、帰るか?

昨日、そう問うてきたカイゼルの言葉は、異なる響きをもって、ユアンには捉えられていた。

…もう、家へ帰れ

事実、今朝からカイゼルは訪れて来ない。

「………カイゼル様に、いつでもいいので、時間を下さいと、そう伝えてもらえますか?」

どこか思い詰めたようなユアンの姿に、使用人は部屋を出ると、すぐにカイゼルへその旨を伝えた。




昼前には向かう旨を伝えさせ、カイゼルは溜まった仕事を捌き出した。

執務室の中は静かだ。

いつも、これほど静かだっただろうか?

いつもいるユアンの方を見遣れば、そこには誰もいない。

ユアンにあてがっていた机の上には、やりかけの書類が綺麗に整理されている。

書類の上には小さな箱が置かれていた。

手作りのその箱を開けると、そこにはカイゼルがユアンへと贈ったあの髪留めが、ひっそりと入れられている。

使い込まれて、少し痛んでいる。

箱の周りに丁寧に貼られていたのは、あのときの包装紙だ。

この数カ月、ユアンはいつもこの席にいた。

本人は気が付かれていないと思っているようだが、時折カイゼルのことを、ちらちらと盗み見していたことを、カイゼルは知っていた。

小さなときからそうだった。

セレンの影に隠れ、時折ちらちらとカイゼルのことを、盗み見する。

「…何が、気になるんだろうな。」

ふっと、カイゼルは笑った。

セレンには、何と伝えようか。数少ない友人を失うことになるかもしれないが、それも、もう仕方のないことかもしれない。

ここは、また空席になるのだろう。

ユアンが来る前の、いつもの日常に戻るだけだ。

きりがいい所まで書類を捌き切り、カイゼルはユアンの部屋へと向かった。




「…入るぞ。」

相変わらず、じっと外を眺めていたユアンがその視線をカイゼルへと向ける。

「急にお呼びだてして、申し訳ありません。それに、このような格好のままで…」

ユアンはまだ寝台の上だ。

「構わん。話しがあるのだろう。」

カイゼルは寝台の傍に腰を下ろした。

「今朝は、食べたか?」

「少し、だけ。」

「そうか。」

ユアンはなかなか話し出さない。

カイゼルも先を促そうとしないので、2人の間には、沈黙だけが漂う。

「…………………………」

「…………………………」




「…帰るか?」

口火を切ったのは、カイゼルだった。ユアンからは、言い出しにくいかと思っての事だ。

「…帰れ、と、そう仰るのですか?」

カイゼルを見上げるユアンの瞳は不安げに揺らいでいる。

「…帰りたいのだろう。」

「…………。」

「何も気にする必要はない。あの事は、忘れろとは言わんが、無かったことと思えばよい。事実を知る者は一部だけで、誰も他言することはない。」  

「…………。」

「…………すまなかったな。他に頼める者がいなかった。」

「………カイゼル様。」

「なんだ?」

「お願いがあるのです。」

「ああ、なんだ?言ってみろ。」






「カイゼル様の、妻にして下さい。」





思いがけない言葉に、眉を顰めてユアンを見据えると、ユアンも真っ直ぐにカイゼルを見据えている。

ユアンの瞳には、確固たる意思が窺えた。

「…お前は、何を言っているのか、わかっているのか?」

カイゼルを見据える瞳は揺らがない。

「ずっと、考えていたのです。」

「………何故だ?意味がわからん。」

「以前、条件は満たしていると仰って頂きました。」

「妻にはならないと、話していたではないか。」

「気が変わったのです。」

「何故だ?わたしに、責任を取れと、そう言いたいのか?」

ユアンは、首を横に振る。


「責任を取って欲しいなど、考えてもおりません。………ですから、お願いなのです。わたしを、娶って下さいませんか?」


全くと言っていい程、想像もしていなかったユアンの言葉に、カイゼルは何も答えることができなかった。
























しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...