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第7章
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…………………………あの頃のわたしは、全てにうんざりしていた。
好色で顔だけが取り柄のあの父にも。自尊心ばかりが高く、わたしを次代の王にすることだけを生きがいとするあの母にも。
第一王子と言う肩書きにさえ嫌気がさしていた。
そんな時にふと、義弟という存在が気になってな。
他に兄弟姉妹はいなかったからか。
ただの気まぐれだったかもしれぬ。
別邸に住むと言う其奴に、会いに行くことにした。
別邸とは名ばかりの、王宮の外れの朽ちた建物の外に、褐色の肌をした其奴がいた。
何やら雑草とも言える小さな花をたくさん摘み取っていた。
_______何を、している?
_______誰?
_______お前の、兄だ。お前の名は?
_______兄?カイゼル
どうみてもまともな暮らしは、出来ていない様子であった。
確かに、城では第二王子の存在も、その名前も誰も口にすることはなかったからな。
その時カイゼルは、まだ8歳だった。
______あ、呼ばれてるから。行かないと。
朽ちた建物の中からは、女の悲鳴のような嬌声のような叫び声が聞こえていた。
お前を呼ぶような声ではないだろうと思ったが、カイゼルはそのまま建物の中へと走っていってしまった。
思えば、カイゼルの母は、あの時にはもう既に狂ってしまっていたのだ。
それから、なんとなく気になってな、時折そこを訪れるようになった。
カイゼルは、当時の暮らしを嘆くことも、悲観する様子もなかった。
わたしが兄だと言っても、まるで興味を示さず、わたしに遜ることも、縋ることも、助けを求めることもなかった。
ただ必死に、1人で生きている。わたしには、そんな風に見えた。
この王宮の中で、このようにただ必死に生きようとしているのは、カイゼルだけのように思えた。
そこに行けば、建物の中からは、何かしらの嬌声の他に、カイゼルを罵る声がいつも聞こえていてな。
______お前など、産まなければよかった!なぜ、ここにお前がいるの?
______お前なんか愛していないのに。わたしが愛しているのは、あの方だけ。どうして、ここにはお前しかいないの。
カイゼルは何を思って毎日それを聞いていたのか。
当時のわたしには、どうすることもできなんだ。
何かあれば、わたしに言え、と、
そう伝えてはいたが、口先だけだった。
その日、カイゼルは1人、裏庭の木の根元を必死に掘っていた。
10歳に、なっていた。
何をしてるか尋ねると、黙って建物を指さすばかりでな。
わたしは、その日、初めてその建物の中へと入った。
しんと静まりかえった建物の中は、掃除も行き届かず、暗く埃っぽい。
その日は、あの女の声が何も聞こえてこなかった。
少しだけ開いた部屋の扉を開けると、そこで女はすでに息絶えておった。
がらんとして、何の装飾もないその部屋だけは、綺麗に整えられていた。
女が息絶えたその部屋の片隅に、小さな長椅子と掛け物があってな、おそらくカイゼルはずっとそこで寝ていたのだろう。
日に日にやつれていく女を、まだ10のカイゼルは、たった1人で、ずっと見守っていたのだ。
カイゼルが時折摘んでいた、ただの雑草のような花が、女の枕元を囲うように、たくさん置かれていた。
カイゼルは、1人で女を弔おうとしていたのだな。
自分のことなど愛していないと、罵るだけだった、あの母親を。
女の寝ていた脇の小さな引き出しには、たくさんの紙片が入っており、引き出しからはみ出るものもあった。
その一枚を見て、わたしは怒りが込み上げたのだ。
口先だけの自分にも。
異国の年端もいかぬ女を娶り、戯れに愛しては子が生まれると捨て置くあの父にも。
なんの力もない女を虐げることで、気を紛らわしては薄ら笑うあの母にも。
とうに忘れ去られていると言うのに、どうしようもないあんな男を愛していると言い続けていた、カイゼルの母にも。
カイゼルだけが、わたしの家族だと、その時心に決めたのだ。
それから、わたしは生まれて初めて必死になった。この国の、王になろうとな。
王の独り言が終わった。
ユアンは、何も、言うことができない。
「ユアン、そなたは、カイゼルを愛しているか?」
ユアンに言えることは、一つだけだ。
「カイゼル様を…………愛しています。誰よりも。」
「…………そうか。」
「わたしは、愛しております。」
「…………そうか。カイゼルにはな、きっと分からないのだ。愛する気持ちも、愛される気持ちも。」
「…………………………」
「それでも、そなたを欲しいと言う。カイゼルが自ら何かを欲するのは、初めてのことだ。」
…………わからない。わたしには、わからんのだ。
ユアンが初めてカイゼルに想いを伝えた日、カイゼルはそう言っていた。
あのときは、何がわからないのかわからなかったが、それでもいいと、ただそれしか思わなかった。
「ユアン、そなたといれば、カイゼルは分かるかもしれん。それが分かるまで、カイゼルを少しの間、見守ってくれぬか。」
「………はい。ずっと、何があっても、カイゼル様のお側にいます。」
「そうか、すまぬな。」
王はユアンの前に、簡素な木箱を差し出した。
「これは…………?」
「ずっと手元に置いていたがな、そなたに託したい。」
「…………中を、拝見しても、よろしいのでしょうか……」
「ああ。かまわん。」
木箱の中には、何枚もの紙片がたくさん入れられていた。
「………………これは、そんな。わたしなどが持っていていいものではありません!」
「そなたに、託したいのだ。いつまでも、わたしの手元に置いておく訳にはいかん。」
何枚もの紙片に書かれた言葉が、ユアンの胸を貫く。
「………これは、カイゼルさまは、知って、、いるのですか?」
「あの頃、カイゼルは字を読むことすらできなかった。ただの、紙切れぐらいにしか思っていなかっただろうな。」
「……そんな、これは……」
「そなたにも、カイゼルにも幸せになって欲しいのだ。お前たちには、その権利がある。
たとえ運命の番でなくとも、お前たちがこうして出会ったことは、これも一つの運命なのではないか。
…………ユアン、カイゼルを頼むぞ。」
王からユアンへと木箱は託された。
ユアンは、たとえカイゼルが分からないままでも、それでも、カイゼルをずっと愛し続けていたいと、そう思った。
ユアンは、カイゼルを愛しているのだ。
好色で顔だけが取り柄のあの父にも。自尊心ばかりが高く、わたしを次代の王にすることだけを生きがいとするあの母にも。
第一王子と言う肩書きにさえ嫌気がさしていた。
そんな時にふと、義弟という存在が気になってな。
他に兄弟姉妹はいなかったからか。
ただの気まぐれだったかもしれぬ。
別邸に住むと言う其奴に、会いに行くことにした。
別邸とは名ばかりの、王宮の外れの朽ちた建物の外に、褐色の肌をした其奴がいた。
何やら雑草とも言える小さな花をたくさん摘み取っていた。
_______何を、している?
_______誰?
_______お前の、兄だ。お前の名は?
_______兄?カイゼル
どうみてもまともな暮らしは、出来ていない様子であった。
確かに、城では第二王子の存在も、その名前も誰も口にすることはなかったからな。
その時カイゼルは、まだ8歳だった。
______あ、呼ばれてるから。行かないと。
朽ちた建物の中からは、女の悲鳴のような嬌声のような叫び声が聞こえていた。
お前を呼ぶような声ではないだろうと思ったが、カイゼルはそのまま建物の中へと走っていってしまった。
思えば、カイゼルの母は、あの時にはもう既に狂ってしまっていたのだ。
それから、なんとなく気になってな、時折そこを訪れるようになった。
カイゼルは、当時の暮らしを嘆くことも、悲観する様子もなかった。
わたしが兄だと言っても、まるで興味を示さず、わたしに遜ることも、縋ることも、助けを求めることもなかった。
ただ必死に、1人で生きている。わたしには、そんな風に見えた。
この王宮の中で、このようにただ必死に生きようとしているのは、カイゼルだけのように思えた。
そこに行けば、建物の中からは、何かしらの嬌声の他に、カイゼルを罵る声がいつも聞こえていてな。
______お前など、産まなければよかった!なぜ、ここにお前がいるの?
______お前なんか愛していないのに。わたしが愛しているのは、あの方だけ。どうして、ここにはお前しかいないの。
カイゼルは何を思って毎日それを聞いていたのか。
当時のわたしには、どうすることもできなんだ。
何かあれば、わたしに言え、と、
そう伝えてはいたが、口先だけだった。
その日、カイゼルは1人、裏庭の木の根元を必死に掘っていた。
10歳に、なっていた。
何をしてるか尋ねると、黙って建物を指さすばかりでな。
わたしは、その日、初めてその建物の中へと入った。
しんと静まりかえった建物の中は、掃除も行き届かず、暗く埃っぽい。
その日は、あの女の声が何も聞こえてこなかった。
少しだけ開いた部屋の扉を開けると、そこで女はすでに息絶えておった。
がらんとして、何の装飾もないその部屋だけは、綺麗に整えられていた。
女が息絶えたその部屋の片隅に、小さな長椅子と掛け物があってな、おそらくカイゼルはずっとそこで寝ていたのだろう。
日に日にやつれていく女を、まだ10のカイゼルは、たった1人で、ずっと見守っていたのだ。
カイゼルが時折摘んでいた、ただの雑草のような花が、女の枕元を囲うように、たくさん置かれていた。
カイゼルは、1人で女を弔おうとしていたのだな。
自分のことなど愛していないと、罵るだけだった、あの母親を。
女の寝ていた脇の小さな引き出しには、たくさんの紙片が入っており、引き出しからはみ出るものもあった。
その一枚を見て、わたしは怒りが込み上げたのだ。
口先だけの自分にも。
異国の年端もいかぬ女を娶り、戯れに愛しては子が生まれると捨て置くあの父にも。
なんの力もない女を虐げることで、気を紛らわしては薄ら笑うあの母にも。
とうに忘れ去られていると言うのに、どうしようもないあんな男を愛していると言い続けていた、カイゼルの母にも。
カイゼルだけが、わたしの家族だと、その時心に決めたのだ。
それから、わたしは生まれて初めて必死になった。この国の、王になろうとな。
王の独り言が終わった。
ユアンは、何も、言うことができない。
「ユアン、そなたは、カイゼルを愛しているか?」
ユアンに言えることは、一つだけだ。
「カイゼル様を…………愛しています。誰よりも。」
「…………そうか。」
「わたしは、愛しております。」
「…………そうか。カイゼルにはな、きっと分からないのだ。愛する気持ちも、愛される気持ちも。」
「…………………………」
「それでも、そなたを欲しいと言う。カイゼルが自ら何かを欲するのは、初めてのことだ。」
…………わからない。わたしには、わからんのだ。
ユアンが初めてカイゼルに想いを伝えた日、カイゼルはそう言っていた。
あのときは、何がわからないのかわからなかったが、それでもいいと、ただそれしか思わなかった。
「ユアン、そなたといれば、カイゼルは分かるかもしれん。それが分かるまで、カイゼルを少しの間、見守ってくれぬか。」
「………はい。ずっと、何があっても、カイゼル様のお側にいます。」
「そうか、すまぬな。」
王はユアンの前に、簡素な木箱を差し出した。
「これは…………?」
「ずっと手元に置いていたがな、そなたに託したい。」
「…………中を、拝見しても、よろしいのでしょうか……」
「ああ。かまわん。」
木箱の中には、何枚もの紙片がたくさん入れられていた。
「………………これは、そんな。わたしなどが持っていていいものではありません!」
「そなたに、託したいのだ。いつまでも、わたしの手元に置いておく訳にはいかん。」
何枚もの紙片に書かれた言葉が、ユアンの胸を貫く。
「………これは、カイゼルさまは、知って、、いるのですか?」
「あの頃、カイゼルは字を読むことすらできなかった。ただの、紙切れぐらいにしか思っていなかっただろうな。」
「……そんな、これは……」
「そなたにも、カイゼルにも幸せになって欲しいのだ。お前たちには、その権利がある。
たとえ運命の番でなくとも、お前たちがこうして出会ったことは、これも一つの運命なのではないか。
…………ユアン、カイゼルを頼むぞ。」
王からユアンへと木箱は託された。
ユアンは、たとえカイゼルが分からないままでも、それでも、カイゼルをずっと愛し続けていたいと、そう思った。
ユアンは、カイゼルを愛しているのだ。
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