運命と運命の人

なこ

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第8章

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リシュリー侯爵家では、カイゼルとユアンの到着を今か、今かと、侯爵とその夫人が待ち侘びていた。

ラグアルとの婚姻が解消され、ユアンへは驚くほど数多くの釣書が届いていたが、ラグアル以上に安心してユアンを任せられるような者はなかなかいない。

セレンの取り計らいにより、騒がしい王都から辺境の地へとユアンを静養に送り出すことはできたが、ユアンの今後については頭を悩ませていた。

そんな中、カイゼルから届けられた驚くべき内容の書簡に、侯爵と夫人は一時言葉を失った。

ユアンが突発的に発情してしまったこと、それをおさめたのがカイゼルであること、ユアンを妻として迎え入れたいという申し出、全て青天の霹靂だった。

セレンを介してではあるが、2人は学生時代のカイゼルを知っている。浮名を流すこともあったが、特定の人物に肩入れするような様子もなく、まだ学生であるとは思えないような風格が既にあった。

時折侯爵家を訪れ、セレンと過ごす姿には年齢相応に見える瞬間もあったが、それでも漂う雰囲気は王族そのものだ。

カイゼルなりの責任を感じてのことか、ユアンへの愛情があってのことか、夫婦は計りかねていた。

それでも格上である王弟からの申し出を断ることはできない。

セレンが親友だと謳うカイゼルにならば、ユアンを任せても大丈夫かもしれない。

申し出を受け入れる返信をしたものの、夫婦は、ユアンが今何を考え、どう過ごしているのか、それだけがずっと気掛かりだった。

先に侯爵家を訪れてきたのは、兄のセレンだ。今は別邸で妻と子と暮らしている。

「ユアンは?」

「まだ来ないのよ。そろそろかと思ってずっと待っているのに。」

「陛下へご挨拶をしてからこちらへ向かうと聞いている。もう少し待ちなさい。」

3人は応接室で、2人の到着を待ち続けた。

「ユアンが発情したなんて…。薬はちゃんと届けていたし、あの子もその辺はしっかり管理していたはずなのに…。」

「ちょうどカイゼル殿が王都へ赴いていたときらしい。一体原因は何なのか…。」

「カイゼル様が戻ってくれて本当に良かったわ…。」

「カイゼル殿なら、ユアンをお任せしても大丈夫だろう。なあ、セレン。お前はどう思う?」

「そうですね。大丈夫だと、そう思います。カイゼルは王都で噂されるような、そんな男ではありません。父上も母上もご存じでしょう?」

「ああ、そうだな。」
「そう、よね。」

そう言えば、と夫人が切り出した。

「セレン、あなたはこうなることを見越してユアンを辺境へと送ったの?」

「…さあ、どうでしょう。まあ、思う所はあったかも、しれませんね。」

「わたしもね、少しは思う所があったわ。」

「……………一体、何の話しをしているのだ?」

「父上は覚えていらっしゃいませんか?」

侯爵は何のことか分からない。

「セレン、この人にきいても無駄よ。わたしは覚えてるわ。」

「些細なことでしたが、ずっと記憶に残っているんです。当の本人たちは忘れているようですがね。」

「不思議な話しね。周りで見ていたわたしたちの方が記憶に残っているなんて。」

「……お前たちは、一体先程から何の話しをしているんだ。」

侯爵だけが、怪訝そうに顔を顰めている。

「卒業を目前に、カイゼルが挨拶をしにここを訪れた日のことを覚えていませんか?」

「…ああ、確かユアンが。」

「あら、覚えてらしたの?」

「ユアンが、確か……」

「あっ、到着したようですよ!」

がたっ、と勢いよく立ち上がったセレンの後を侯爵夫妻は急いで追いかけた。




到着した馬車から降りてきたのは、黒の正装を身に纏い、学生時代とは比べものにならないほど逞しく、威厳に満ちたカイゼルだった。

その腕に抱きかかえられ、カイゼルの首元に腕を回したまま縋りついているのは、ユアンだ。

3人は目を見張った。

……ユアン?

「ユアン、家に着いたぞ。」

ユアンは首を振って、カイゼルから決して離れようとしない。

「挨拶をしなくていいのか?」

ユアンは首を振るだけだ。

「遅れて済まない。とりあえず、ユアンを落ち着かせたいのだが……。」

ユアンの様子に驚きを隠せない3人は、慌ててカイゼルを邸の中へと迎え入れた。

ユアンは、例え家族の前でもこのような姿を見せることはなかった。

ラグアルといるときでさえ、いつも少し控え目に寄り添う、その程度だった。

今のユアンは、カイゼル以外まるで目に入らないといった、そんな様子だ。

「とりあえず、そうね。ユアンの部屋で休ませましょう!」

夫人の言葉に、みながユアンの部屋へと向かう。

自分の部屋へ連れて来られても、それでもユアンはカイゼルから離れない。

「まだ、こうしていたいのか?」

「………」

こく、こく、と頷く。

「…すまないが、もう少しユアンを落ち着かせたい。いいだろうか?」

優しくユアンを抱きかかえるカイゼルに、誰も異を唱えられる者はいない。

「申し訳ありません。息子が、このような……」

侯爵は恐縮しきりだ。

「いや、わたしの配慮が足りなかったようだ。後ほど、先程あった出来事についてもお知らせしたい。」

「畏まりました。しばし、ユアンを、息子をお願いいたします。」

3人はユアンとカイゼルを残し、部屋を出て行った。

今あった出来事とは、何なのか?

それよりも何よりも、ユアンのあの様子は何なのか?

「……ああ、そうか、あの日もこんな感じだったな。」

侯爵がポツリと呟いた。

「そうね。」

「そうですね。」

夫人とセレンもあの日の事を思い出していた。








 
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