運命と運命の人

なこ

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番外編

ユアン•カイゼル

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「ルシアン、ぼくが大好きなお話しだよ。」

膝上にちょこんと座るルシアンに、ユアンは絵本を読み聞かせる。  

ルシアンはまだ興味がないのか、読み聞かせるユアンのことばかり見ている。

「まだ早かったかな…。」

自宅から持ち込んだその絵本は、ユアンが子どもの頃から大好きで、何度も繰り返し読んでいたものだ。

ルシアンの興味はユアンの薄金色した流れるような髪の方にあるようで、小さな手で不思議そうに掬い上げては、だあ、だあと、喜んでいる。

「ルシアンの髪は、お父様譲りだよ。とても綺麗な漆黒だねえ。」

ユアンが頭を撫でると、ルシアンは気持ち良さそうに、ユアンへと抱きつく。

ふくふくとしたルシアンの重量感はとても気持ちがいい。

「カイゼル様、今日も遅いのかな。早く帰って来ないかな。ねえ、ルシアン。」

ここの所カイゼルは忙しくしており、朝と夕、少しの時間しか共にいられない日が続いている。

辺境は特異な地だ。ユアンもそれを理解している。

それでも、ほんの少し淋しいという想いを打ち消すように、ルシアンを抱きしめる。

ユアンは妻となった今でも、カイゼルの事を想うと、胸がきゅうっとなる。

あの低く響く声で、「ユアン」と呼ばれることも、険しい瞳がユアンといる時は和らぐのも、深い森林を思わせる匂いも。何もかも。

「あ、ルシアン、それはだめ!」

鈴蘭の髪飾りにルシアンが触れようとする。

「…だ?」

「これはね、カイゼル様に初めていただいたものなんだよ。素敵でしょう。」

「…………。」

「また、そんな顔して。」

それはだいぶ傷んできたため、普段は大事に仕舞われている。

「今日はね、早く帰って来られるといいなって、久しぶりに付けてみたの。」

「…………。」

「さあ、お話しの続きだよ。」

ユアンの優しい声が再度物語を紡ぎ始めると、ルシアンはその声に誘われるように、こくりこくりと、ユアンの胸で微睡み始めた。

「…寝てしまったのかな。」

眉間に皺を寄せ、なんだか苦悩でもしているかのように眠るルシアンは、カイゼルに瓜二つだ。

「本当に、そっくりなんだから。」

ふふふと笑って、ユアンの部屋に備えられたルシアン用の小さな寝台へと、そっとルシアンを寝かせる。

「もう、こんな時間……。」

今日もカイゼルは遅いのかもしれない。

卓の上には絵本が広げられたままだが、ユアンはカイゼルがいつも座る長椅子へと軽く横になり、目を閉じる。

離れた時間が長くなると、ユアンは時折不安になる。

今この瞬間にも、カイゼルがしまっていたら。

そうでなくても、カイゼルには無自覚な優しさと、人を惹きつける何かがある。

フィーネの記憶の欠片から、カイゼルが浮き名を流していた過去も知っている。

特定の相手がいなかったことは理解しているが、相手の中にはきっと本気でカイゼルを慕う者もいたはずだ。

辺境の街でも、カイゼルを見て頬を染める男女は多い。

当の本人は、全くそれに気がついていない。

「もう、こんなこと、考えるのはやめよう!」

がばっと起き上がると、カイゼルが面白そうにユアンを見下ろしている。

くっくっと、笑っている。

「え、いつの間に…?」

「いや、さっきな。全くわたしに気が付かない様子で、何やらぶつぶつ呟いていたぞ。」

「おかえりなさい!今日は早いです!」

「やっと、落ち着いた。明日からは少し余裕ができそうだ。」

ユアンはカイゼルへと抱きついた。

「本当ですか?明日はもっと一緒にいられますか?」

「ああ。明日は同行していた者たちにも休みを取らせた。明日はずっと、ここにいる。」

外から戻ったばかりのカイゼルからは、いつもの匂いに、外気の匂いが混じり合う。

カイゼルがここにいると言うだけで、ユアンの心は浮き足立つ。

「ルシアンは?」

「ぐっすり、眠っています。」

ルシアンは、相変わらず険しい顔をして眠っている。

「何故いつも、こんな顔をして眠っているのだろうな。」

「さあ、なぜでしょうね。」

また、ふふふと、ユアンは笑う。

カイゼルとていつもそんな顔で眠っているのだ。

ユアンが、妻になってから気がついた事だ。

「先に湯浴みをしてくる。待っていてくれるか?」

「はい。どうぞ、ごゆっくり。」

カイゼルが部屋を出ると、ユアンはそわそわと部屋の中を片付け始めた。

明日からは余裕があるという。

「これのおかげ、かな。ありがとう……。」

付けたままの髪留めを外し、自室にある箱の中へと大切に仕舞い込む。

柵に覆われた小さな寝台の中では、ルシアンが起きる気配はない。

「もう、こんなに皺を寄せて……」

ぐっすりと眠るルシアンの眉間をそっと指でつつくと、少しだけ穏やかな顔つきになる。

「明日はね、カイゼル様とずっと一緒にいられるんだって。良かったね、ルシアン。」

「……だぁ。。。」

ルシアンは一段と険しい顔に戻り、小さく呟くと、またすうすうと寝息を立て始めた。     

眠りが深く、手のかからない子だ。

「ユアン。」

カイゼルの声がする。

ユアンを呼ぶ、あの声だ。

急いで湯浴みしてきたのか、カイゼルの髪からはまだぽたぽたと、雫が滴り落ちている。

「これは、懐かしいな…。」

卓の上には、絵本が置かれたままだ。

「この本を、知っているのですか?」

「知っているもなにも、ユアンが読んでくれたからな。」

「…え?」

「お前がまだずっと幼かった頃のことだ。覚えていないかもしれんな。」

「ぼくが、カイゼル様に?」

「嬉しそうに読み聞かせてくれたぞ。」

「もしかしたら、学園を卒業される間際のことですか?」

「確か、そうだった。侯爵家に挨拶にいったときのことだ。わたしも、ずっと忘れていたことだ。」

カイゼルは懐かしそうに、絵本を開く。

ユアンは誰かに褒められた記憶がある。

それが誰なのか、現実だったのかずっと曖昧だった。

あれは、カイゼル様………

ずっとセレンに隠れて見上げていたカイゼルが今は目の前にいる。

「ユアン。」

カイゼルに誘われるまま、ユアンも寝台に上がり込む。

仰向けになるユアンに覆い被り、カイゼルが見下ろしてくる。

ぽたぽたと、漆黒の髪から、ユアンの頬に雫が落ちる。

「今だに、頬を染めるのだな。」

頬に落ちた雫を、カイゼルの太くささくれだった長い指が撫でるように拭いとる。

「だって…。」

顔を背けようとするユアンをカイゼルが手の平で制し、カイゼルの方を向かせる。

見つめてくるカイゼルの漆黒の瞳に、何もかもが吸い込まれそうだ。

「王都で流行っていると言う、あの話しだが…。」

「…?」

「あながち、間違いではない。」

「あの、流行りの本のことですか…?」

カイゼルは、ふっと笑った。

「初めて愛したのも、この先愛するのも、ユアン、お前だけだ。わたしのの相手だからな。」

こんなに色香を漂わせた顔で、こんな声で、こんな事を言ってくるなんて、

カイゼル様は、ずるい……。

これ以上、きゅうっとさせられたら、たまったものではない。

幼い頃、カイゼルのことが気になって仕方なかったのは、きっとそういう事だ。

「ぼくも、きっと、そうで……」

カイゼルの深い口付けが、ユアンの口を塞ぐ。

ユアンにのしかかるその重さや体温に、先程まで感じていた小さな不安は、いつの間にか掻き消されていく。

夜は、長い。

あの時の二人には知る由もなかった。

こんな日が来るなんて、きっと。
























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