9 / 102
新しい護衛
8
しおりを挟む
右脛の痣も、もうほとんどなくなった。
ユリウスがここに来るようになり、一体何日経つんだろう。
こんな生活を続けていると、時が過ぎていく感覚が麻痺してくる。
確実に年を重ねているはずなのに、毎日何も変わらない。
変わっているのかもしれないが、一体何と比較して変わっているのか、比較するものすら何もない。
窓の外はどしゃぶりだ。
こんな憂鬱な気持ちになるのは雨のせいだ。
それでも、こんなどしゃぶりの日はざまあみろと想う。
俺以外もみんな、きっと家の中に閉じ込められているだろうから。
積み重なった本を読む気も、ちらばった部品で何かを作る気にも、今日はなれない。
ただ降り続く雨を眺めるだけだ。
何にもしないで、こうしていても誰からも何も咎められることはない。
部屋の隅に控えるユリウスは、いつもように控えるだけ。
自分から何か話し掛けてくるようなことはない。
可哀想な王子を演じることにも失敗したし、外に出たいと言っても、できかねますと、それで終わり。
ある意味ルドルフよりもずっと手強かった。
「なあ、なんで護衛なんか引き受けたんだ?」
外をぼんやり眺めたままユリウスに尋ねる。
「それは…」
上司のルドルフに頼まれたから断れなかったんだろう。
そんなこと俺に言える訳ないか。
自分で尋ねておきながら、少し凹む。
ユリウスは言い淀んだままだ。
「海。」
「…?」
「お前、海をみたことがあるか?」
「…海、ですか?」
「うん。海。」
「ええ。実家は山に囲まれていますが、少し行けば海がありましたので。」
え、本当に?羨ましい。思わずユリウスを振り返る。
ユリウスはいつどんなときでも、しゃんとしたまま姿勢を崩すことはない。
黒みがかった茶色の短髪に、茶色の瞳、切長で一重の目はすっとしている。
よくよく見れば、端正な顔立ちかもしれない。
「俺も行きたい。見てみたい。なあ、だめ?」
少しだけ、猫撫で声で頼んでみる。
「それは、できかねます。」
「ちっ」
結局全然だめだ。
「ルドルフはもう少しっていつも言っていたけど、本当にいつかここを出て、海を見られると思うか?」
「…きっと見ることができます。必ず。」
そうは言われても、そんな気全然しないけどな。
することもないので、その日はずっと雨を見て過ごした。
「よし!今日は中庭に行こう!」
久しぶりの晴れだ。
右脛もすっかり元通り。
ここのところずっと部屋にばかりいたので、外に出たくて堪らない。
ユリウスも了承してくれた。
身体を動かしたくてうずうずする。
バルコニーに出て待ち構えると、すでに何人かの母様たちが中庭でお茶会を開いているようだ。
俺に気がつき、皆んな手を振っている。
「ノア様、どうかごゆっくり!」
先に中庭におりたユリウスがバルコニーに白梯子を立てかけてくれたので、急いで降りようとして嗜められた。
あの扉からは出られない。
唯一出られる中庭も、こうしてバルコニーに梯子を立てかけてもらえないとおりることができない。
徹底されているのだ。
ユリウスは心配そうに見上げているが、もう何年もこうしてきたんだから、俺にとっては慣れたものだ。
なんなく降り立った中庭では、四人の母様たちが和やかにお茶を楽しんでいる。
穏やかな日差しの元、それぞれが思い思いに色鮮やかな衣裳を纏って華やかな雰囲気だ。
最近鬱鬱としていたせいか、段々と気も晴れてくる。
「久しぶりだのう、ノア。」
「ノアもこちらへいらっしゃい。」
「髪が伸びてきたわね。」
「変わった菓子があるぞ。」
四人が一斉に話し掛けてくる。
「他の母様たちは?」
「陛下のお渡りがあってな、皆寝込んでおるわ。」
答えてくれたのは、正妃の一妃だ。
「父さんが来ると、なんでみんな寝込んでしまうんだ?」
「やあね、ノアはまだ知らなくてもいいことよ。ふふふ。」
少し頬をそめて答えてくれたのは、ニ妃。
三妃と四妃は間に座れと、ユリウスに椅子を用意させている。
「母さんは?」
「またいつもの所であろう。」
「そうかあ、会いたかったのにな。」
なかなか母さんには会えない。とても忙しい人らしい。
母さんは俺の産みの母親で、それ以外の母様たちはルドルフが護衛兼世話役になるまで、代わる代わる俺を育ててくれた育ての母親だ。
母様と呼べと言われたのが、いつ誰にだったのか思い出せないけど、もうずっとみんなのことを母様と呼んでいる。
ユリウスがここに来るようになり、一体何日経つんだろう。
こんな生活を続けていると、時が過ぎていく感覚が麻痺してくる。
確実に年を重ねているはずなのに、毎日何も変わらない。
変わっているのかもしれないが、一体何と比較して変わっているのか、比較するものすら何もない。
窓の外はどしゃぶりだ。
こんな憂鬱な気持ちになるのは雨のせいだ。
それでも、こんなどしゃぶりの日はざまあみろと想う。
俺以外もみんな、きっと家の中に閉じ込められているだろうから。
積み重なった本を読む気も、ちらばった部品で何かを作る気にも、今日はなれない。
ただ降り続く雨を眺めるだけだ。
何にもしないで、こうしていても誰からも何も咎められることはない。
部屋の隅に控えるユリウスは、いつもように控えるだけ。
自分から何か話し掛けてくるようなことはない。
可哀想な王子を演じることにも失敗したし、外に出たいと言っても、できかねますと、それで終わり。
ある意味ルドルフよりもずっと手強かった。
「なあ、なんで護衛なんか引き受けたんだ?」
外をぼんやり眺めたままユリウスに尋ねる。
「それは…」
上司のルドルフに頼まれたから断れなかったんだろう。
そんなこと俺に言える訳ないか。
自分で尋ねておきながら、少し凹む。
ユリウスは言い淀んだままだ。
「海。」
「…?」
「お前、海をみたことがあるか?」
「…海、ですか?」
「うん。海。」
「ええ。実家は山に囲まれていますが、少し行けば海がありましたので。」
え、本当に?羨ましい。思わずユリウスを振り返る。
ユリウスはいつどんなときでも、しゃんとしたまま姿勢を崩すことはない。
黒みがかった茶色の短髪に、茶色の瞳、切長で一重の目はすっとしている。
よくよく見れば、端正な顔立ちかもしれない。
「俺も行きたい。見てみたい。なあ、だめ?」
少しだけ、猫撫で声で頼んでみる。
「それは、できかねます。」
「ちっ」
結局全然だめだ。
「ルドルフはもう少しっていつも言っていたけど、本当にいつかここを出て、海を見られると思うか?」
「…きっと見ることができます。必ず。」
そうは言われても、そんな気全然しないけどな。
することもないので、その日はずっと雨を見て過ごした。
「よし!今日は中庭に行こう!」
久しぶりの晴れだ。
右脛もすっかり元通り。
ここのところずっと部屋にばかりいたので、外に出たくて堪らない。
ユリウスも了承してくれた。
身体を動かしたくてうずうずする。
バルコニーに出て待ち構えると、すでに何人かの母様たちが中庭でお茶会を開いているようだ。
俺に気がつき、皆んな手を振っている。
「ノア様、どうかごゆっくり!」
先に中庭におりたユリウスがバルコニーに白梯子を立てかけてくれたので、急いで降りようとして嗜められた。
あの扉からは出られない。
唯一出られる中庭も、こうしてバルコニーに梯子を立てかけてもらえないとおりることができない。
徹底されているのだ。
ユリウスは心配そうに見上げているが、もう何年もこうしてきたんだから、俺にとっては慣れたものだ。
なんなく降り立った中庭では、四人の母様たちが和やかにお茶を楽しんでいる。
穏やかな日差しの元、それぞれが思い思いに色鮮やかな衣裳を纏って華やかな雰囲気だ。
最近鬱鬱としていたせいか、段々と気も晴れてくる。
「久しぶりだのう、ノア。」
「ノアもこちらへいらっしゃい。」
「髪が伸びてきたわね。」
「変わった菓子があるぞ。」
四人が一斉に話し掛けてくる。
「他の母様たちは?」
「陛下のお渡りがあってな、皆寝込んでおるわ。」
答えてくれたのは、正妃の一妃だ。
「父さんが来ると、なんでみんな寝込んでしまうんだ?」
「やあね、ノアはまだ知らなくてもいいことよ。ふふふ。」
少し頬をそめて答えてくれたのは、ニ妃。
三妃と四妃は間に座れと、ユリウスに椅子を用意させている。
「母さんは?」
「またいつもの所であろう。」
「そうかあ、会いたかったのにな。」
なかなか母さんには会えない。とても忙しい人らしい。
母さんは俺の産みの母親で、それ以外の母様たちはルドルフが護衛兼世話役になるまで、代わる代わる俺を育ててくれた育ての母親だ。
母様と呼べと言われたのが、いつ誰にだったのか思い出せないけど、もうずっとみんなのことを母様と呼んでいる。
355
あなたにおすすめの小説
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
王子様から逃げられない!
一寸光陰
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる