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第26話
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話が終わると、リーゼルは小さくため息を漏らし、少々ぬるくなってしまったであろうコーヒーを口に含んでから、言う。
「あんたも、大変だったんだな。幼い頃にご両親を亡くし、それでも一人で生きてきたのに、馬鹿な王子から、いきなり魔女扱いされるなんて」
「それほど大変でもないわよ。父さんも母さんも、死んじゃったものは仕方ないし、王子様と兵隊がやって来たのも、ある意味では、旅立ちの良いきっかけになったしね」
強がりでなく、私は本当にそう思っていた。『ああ、なんて大変な人生なんでしょう』と嘆く気持ちも、自分自身を憐れむ気持ちも、まったくない。
それより私は、たった今リーゼルが述べた、『幼い頃にご両親を亡くし』という言葉が、妙に引っかかった。
別段、奇妙な言い回しではない。
と言うより、実にちゃんとした言葉遣いだ。
だからこそ、なんだか引っかかる。
わずか12~13歳のスリの少女が、こんな言葉、使うだろうか? そのほかの言葉遣いが、わざとらしいほどにぶっきらぼうなので、余計に違和感を覚える。それに、他に家族の気配がないのも気にかかる。家財道具の少なさから察するに、リーゼルは一人で生活しているようだが……
そんな私の、訝しむ内心など知らずに、リーゼルは小さく頭を下げた。
「すまなかった。あんたみたいに、故郷を追い出された人から財布を盗もうとしたなんて。俺は、人としてやっちゃいけないことをするところだった。改めて、謝罪するよ」
「別にいいわよ。結局、お財布は取られなかったし、そのあと、色々と世話を焼いてもらったしね。あなた昨日、『借り』がどうとか言ってたけど、これで完全に、『貸し借りなし』ってことにしましょう」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
「ただ、こう言っちゃなんだけど、別に故郷を追い出されていようがいまいが、人様のお財布を盗むことは、『人としてやっちゃいけないこと』だと思うけど……」
言ってから、ちょっと偉そうなこと、言っちゃったかなと思う。
リーゼルにもいろいろ事情があるのだろうし、私が口を出すようなことでも……いや、しかし、やっぱりスリは良くないことだ。それに、こんなことをずっと続けていたら、いつかは痛い目にあうに違いない。
率直に言って、私は現時点で、リーゼルにかなり好感を抱いている。もっと分かりやすく言うなら、彼女のことを気に入ったのだ。その、気に入ったリーゼルが、ひたすら盗みを続けて、いずれ大変な罰を受けることを想像すると、なんだかとても嫌な気分になる。
リーゼルが、『何があろうとスリはやめない!』と言うのなら、どうしようもないが、できることなら、彼女を説得したい。だから、反発も覚悟で厳しいことを言ったが、リーゼルは意外にも怒ったりせず、弱々しく微笑んで言葉を紡ぐ。
「まったくもってその通りだが、俺だって一応、『特定のターゲット』を選んで盗みをやってるんだ。何の落ち度もない普通の人からは、絶対に財布を盗んだりしないよ」
私は首を傾げ、問いかける。
「特定のターゲットって?」
リーゼルは、恐らくは完全に冷たくなってしまったであろうコーヒーを最後まで飲み干し、カップをやや強くテーブルに置きながら、答えた。
「世の中を滅茶苦茶にしようとしてる、悪い魔法使いさ」
「あんたも、大変だったんだな。幼い頃にご両親を亡くし、それでも一人で生きてきたのに、馬鹿な王子から、いきなり魔女扱いされるなんて」
「それほど大変でもないわよ。父さんも母さんも、死んじゃったものは仕方ないし、王子様と兵隊がやって来たのも、ある意味では、旅立ちの良いきっかけになったしね」
強がりでなく、私は本当にそう思っていた。『ああ、なんて大変な人生なんでしょう』と嘆く気持ちも、自分自身を憐れむ気持ちも、まったくない。
それより私は、たった今リーゼルが述べた、『幼い頃にご両親を亡くし』という言葉が、妙に引っかかった。
別段、奇妙な言い回しではない。
と言うより、実にちゃんとした言葉遣いだ。
だからこそ、なんだか引っかかる。
わずか12~13歳のスリの少女が、こんな言葉、使うだろうか? そのほかの言葉遣いが、わざとらしいほどにぶっきらぼうなので、余計に違和感を覚える。それに、他に家族の気配がないのも気にかかる。家財道具の少なさから察するに、リーゼルは一人で生活しているようだが……
そんな私の、訝しむ内心など知らずに、リーゼルは小さく頭を下げた。
「すまなかった。あんたみたいに、故郷を追い出された人から財布を盗もうとしたなんて。俺は、人としてやっちゃいけないことをするところだった。改めて、謝罪するよ」
「別にいいわよ。結局、お財布は取られなかったし、そのあと、色々と世話を焼いてもらったしね。あなた昨日、『借り』がどうとか言ってたけど、これで完全に、『貸し借りなし』ってことにしましょう」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
「ただ、こう言っちゃなんだけど、別に故郷を追い出されていようがいまいが、人様のお財布を盗むことは、『人としてやっちゃいけないこと』だと思うけど……」
言ってから、ちょっと偉そうなこと、言っちゃったかなと思う。
リーゼルにもいろいろ事情があるのだろうし、私が口を出すようなことでも……いや、しかし、やっぱりスリは良くないことだ。それに、こんなことをずっと続けていたら、いつかは痛い目にあうに違いない。
率直に言って、私は現時点で、リーゼルにかなり好感を抱いている。もっと分かりやすく言うなら、彼女のことを気に入ったのだ。その、気に入ったリーゼルが、ひたすら盗みを続けて、いずれ大変な罰を受けることを想像すると、なんだかとても嫌な気分になる。
リーゼルが、『何があろうとスリはやめない!』と言うのなら、どうしようもないが、できることなら、彼女を説得したい。だから、反発も覚悟で厳しいことを言ったが、リーゼルは意外にも怒ったりせず、弱々しく微笑んで言葉を紡ぐ。
「まったくもってその通りだが、俺だって一応、『特定のターゲット』を選んで盗みをやってるんだ。何の落ち度もない普通の人からは、絶対に財布を盗んだりしないよ」
私は首を傾げ、問いかける。
「特定のターゲットって?」
リーゼルは、恐らくは完全に冷たくなってしまったであろうコーヒーを最後まで飲み干し、カップをやや強くテーブルに置きながら、答えた。
「世の中を滅茶苦茶にしようとしてる、悪い魔法使いさ」
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