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第76話(デルロック視点)

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「……それにね、兄上は僕のことを嫌いでしょうが、僕は兄上のこと、けっこう好きなんですよ」

 痺れ薬の影響で、座ったまま小刻みに震えることしかできない私を、マールセンは抱きしめた。不気味なほどに、優しい動作だった。マールセンは私の顎に手をやり、どこか熱っぽい瞳で見つめながら囁く。

「特に、この美しい顔。まるで、おとぎ話に出てくる王子様のようです。ふふ、内面は、父上そっくりの俗物ですけどね。まあ、人間の内面なんて、どれも大同小異。誰も彼も陳腐でおぞましく、結局は似たようなものですが」

 なんなのだ……
 なんなのだこいつは……

 この、人間そのものを軽蔑しているかのような態度。

 これが、いつもきれいごとばかり言っていた、あのマールセンなのか?

「ふふっ、兄上。僕がこんな、人を見下すようなことを言うのは意外でしたか? 実はね、こっちの方が素なんですよ。『良い子のマールセン第二王子』は、ただの仮面だったんです。でも、僕がきれいごとばかり言っていたのは、国の平穏を保つためであり、それは最終的に、父上や兄上のためになっていたんですよ?」

 なんだと?
 どういう意味だ?

「父上も兄上も気がついていませんでしたが、現在の政治体制に不満を持つ重臣たちが、しばしば不穏な動きをして、クーデターをおこそうとしていたんです。彼らは父上だけでなく、父上の傲慢さを色濃く受け継いだ兄上をも、同時に討ち果たそうとしていました」

 な、なに……?
 クーデターだと……?

「だから、僕は彼らの声を代弁するように『聞こえの良いきれいごと』を述べ、父上や兄上を諫めたんです。……そうするとね、限界寸前まで膨らんでいた彼らの怒りが、空気が抜けたように萎むんですよ。人間の心って、不思議ですよね」

「…………」

「まったくもって、単純な人たちです。まあ、彼らも本心では、危険を冒してクーデターなどやりたくなかったのでしょうね。だから、王族である僕に、自分たちの不満を代弁してもらえるとスカッとして、それで満足してしまうのでしょう」

 そう言えば、マールセンがやたらと父上を諫めるのは、いつも王宮内がゴタゴタとしている時だった。私に対し、道を説くようなことを言う時も、その背後には何人か不満そうな顔をした重臣がいたな……

「ちなみに昨日、国を追放される間際に、もっともらしいことをペラペラ喋ったのも、兄上を守るためです。僕に付き従って追放される部下のうち何人かは刃物を隠し持っており、兄上と刺し違えようとしていましたからね。まったく、短絡的にもほどがある。そのくせ、僕が兄上に面と向かって道理を説けば、すぐに矛を収めてしまうんですから、単純単純」

 そうだったのか……
 あの時は、いきなり語りだしたから、少々妙だとは思っていたが……
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