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彩人の誕生日

正夢…?

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車に向かって歩いている最中も、車に乗って目的地に向かっている時も、神崎は沢山話し掛けてくれて。
そのお陰で、先程までのことを思い出さずに済んだ。

というか、思い出さずに済むように、沢山話し掛けてくれたんだと思う。
いつも、口数が少ない訳ではないけど、ここまで絶え間なく喋るようなやつでもないから。


(…本当に、気遣いの鬼だな、こいつ。)

(…やっぱモテるんだろうな。)

(…………なんか、嫌だな。)


神崎がモテモテなところを想像すると、なぜだか心がザワザワする。
別に嫉妬とか、そんなんじゃない。
きっと、自分の方が仕事できるのにモテないから、僻んでるんだろうな、俺…と、ぼんやりと自己分析している間に、車が緩やかに停車した。


「お待ちしておりました、神崎様」


………へっ?


「着きましたよ。行きましょうか」


煌びやかなエントランスに横付けされた神崎の愛車。
助手席のドアを開けようとするドアマンを片手で制してキーを託すと、神崎は自ら助手席のドアを開けてエスコートするように俺を車から降ろしてくれた。

この状況に理解が追いつかず、訳の分からないまま若干挙動不審になりながらも連れて来られたのは、今朝方の夢で見たのと同じような眺めの良いムーディなレストラン。


…ナニコレ。ドユコト?


俺はまだ、夢の中にいるんだろうか?
さっきの連れ去られ未遂も、夢…?


「部長?どうしたんですか?」

「……ふえっ?」

「ふえっ?じゃなくて。なんか面白い顔してますけど」


面白い顔ってなんだ、面白い顔って。
失礼な奴だな。

…って、そうじゃない。
そうじゃないぞ、俺。

顔のことなんて今はどうでもいい。
そんなことよりも。


「……ここは……」

「あれ?気に入りませんでした?おかしいな、あんた、こういうベタなの好きかと思ったんですけど」

「…なんだお前、さっきからちょいちょい失礼だな」

「すいません」


謝罪の言葉を口にしながらも、ヘラヘラと笑っている目の前の一つ年下の男の考えていることが分からない。


だって、どう考えたっておかしいだろう。

野郎の、しかも上司の誕生日にこんな、都会の夜景が一望出来る良い雰囲気の素敵なレストラン♡を予約するだなんて。

せいぜい街中のちょっといいイタリアンとかだと思ってた。

そう告げたら、


「部長の誕生日、初めて一緒に過ごすんですから。そんな特別な時ぐらい、カッコつけさせて下さいよ」


と返された。


………なんだ、それ。


そんなこと言われたら、意識してしまうじゃないか。

もしかしたらこの後、本当に俺達は最後まで進んでしまうのかもしれない。


(……告白、とか、されるのかな。)


いや、そもそもこいつが俺に恋愛感情を抱いてるかどうか分からないけど。


(…もし……万が一告白されたりしたら、俺は、どうしたらいいんだろう…?)


「…さっきから、すげぇボーッとしてますけど…大丈夫?さっきのクソ野郎のせい?やっぱり今日は…」

「大丈夫。帰らない」


やっぱり今日は、の後に続いたであろう言葉を、俺は言わせたくなかった。

だってこんな絶好のチャンスを逃す訳にいかないから。

食い気味に帰らない、と言った俺に少し驚いたような顔をした神崎は、だけどすぐにニッコリと微笑むと、シャンパンが注がれたグラスを手に取り小さく傾けた。


「Happy Birthday,市橋部長」


夢の中では彩人って下の名前で呼ばれたけど、どうやらこれは夢ではないみたいで、いつも通りの呼び方で誕生日を祝福されて。

夢の中でその後に言われた、気色悪い乾杯の台詞も無かったけど。


「このあと、部屋とってあるんで。……今夜はいつも以上にたっぷりいじめてあげますね」


まわりに聞こえないよう小さな声でそう告げられて、俺はついに、俺の鞘に神崎の刀を収められる予感に小さく身震いをした。
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