齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎

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はないちもんめ

※想いを告げる-3

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 メリオンは項垂れるクリスを引きずって、ポトスの街の大通りを通り抜ける。
 数本の通りを抜け辿り着いた先は、通い慣れた逢瀬街だ。白昼の今、通りに人の姿はほとんどない。通りに面した白塗りの建物に、2人は迷うことなく足を踏み入れる。

 逢瀬宿の一室に入室すると、メリオンはすぐさま部屋の奥側へと向かった。ベッドの脇で靴を脱ぎ、シャツのボタンを次々と外す。

「シャワーを浴びてくる。すぐに済ませるから、お前も服を脱いで待っていろ」

 メリオンの声には苛立ちがこもる。「失恋の傷を慰めろ」などというクリスの身勝手さ、その身勝手な望みを受け入れた自分への怒り。掴まれた手など力任せに振り払い、すぐに王宮へと帰ればよかった。しかしそれができなかったのは、悪魔と恐れられるメリオンにも人の心があったから。人間族長に就任した当初、クリスに手取り足取り仕事を教えたのは他でもないメリオンだ。かつての教え子がまともな会話が困難なほどに落ち込んでいるとなれば、慰めてやりたいと思うのは人として当然だ。

 シャツとズボンを脱ぎ捨て下着一枚の姿となったメリオンは、部屋の入口付近に位置する浴室へと向かう。入り口の扉前にはクリスが立っている。虚ろな目をして、口元をきっかりと引き結んだまま。メリオンは腑抜け状態のクリスを一瞥し、浴室へと続く扉に指先をかける。
 ――と、次の瞬間。クリスの右手がメリオンの身体を突き飛ばした。思わず息が詰まるほどの強さで押され、メリオンは成す術もなく床へと倒れ込む。

「何をする!」

 メリオンが声を荒げる頃には、クリスは悠々とメリオンの腰を跨いでいた。逃れようと身を捩るも、身体の中心に馬乗りになられていたのでは簡単には逃げられない。ここが戦いの場であれば、即座に魔法で頭を吹き飛ばしているところだ。

「シャワーとかまどろっこしいんで、このまましましょうよ」

 頭上に降り注ぐとんでもない提案に、メリオンは目を見開く。

「するわけあるか!クリス、勘違いするなよ。慰めてやるとは言ったが、それはあくまで提供者としての行為の一環だ。契約上の行為であるのだから最低限のマナーは守れ」
「最低限のマナーって?」
「まずはシャワー。それからベッドに行け」

 メリオンが淡々と告げれば、クリスはぐしゃりと表情を歪める。いつもの穏やかな笑みには程遠い、この世の全てを憎むような顔だ。
 クリスの右手がメリオンの顎を掴む。顎を掴み、逃げられないようにして、強引に唇を重ねようとする。けれど一度臨戦態勢に入っている以上、メリオンの行動は早い。顎を掴む右手を跳ね飛ばし、近づいてきたクリスの顔を力任せに殴り飛ばす。どっ、と鈍い音がする。

「…痛ぁ」

 クリスは頬を押さえ、悲痛の声を零す。口端から溢れた鮮血が、ぽたぽたとメリオンの腹に落ちる。大分派手に口内を切ったようだ。

「もう1発食らいたくなかったらそこを退け。焦らずとも、シャワーを浴びたら相手をしてやる」

 メリオンが無感情にそう伝えても、クリスは動かない。メリオンの腹に馬乗りになったまま、殴打により赤く色づき始める頬を押さえ、子どものように声を荒げるだけ。

「何にも思い通りにならない!僕は『好きだ』なんて言うつもりなかったのに!」
「俺に八つ当たりをするな。間違って言葉に出したのだとしても、相手に伝わらなければ言わなかったも同じだ」
「それが余計に嫌なんじゃないか!例え間違ったのだとしても、言葉に出したのなら伝わって欲しかった。ゼータはレイさんの事ばっかり、僕には社交辞令しか言わない。僕が提供者になることが嫌なら、『嫌いだ』とはっきり言ってくれれば良いのに!」

――ゼータは、性に厳格じゃない僕は嫌い?
――…嫌いじゃないですよ。クリス自身が提供者になることの不利益を理解しているのなら、それで良いと思います
 つい数十分前の会話が脳裏に浮かぶ。つまりクリスはその会話が嫌だったのだ。「嫌いじゃない」と言葉を濁されたことを、場を上手く収めるための社交辞令と感じた。「クリスが良いなら、それで良いと思います」まるで突き放すような物言いに苛立ちを覚え、前触れのない告白に至った。

「…面倒な奴だな、お前は」

 というのはメリオンの素直な感想である。
 正直この度の1件に関して、ゼータの側に非があるとは思えない。「僕のことが嫌い?」と問われれば、大抵の者は「嫌いじゃないよ」と返すだろう。意見の食い違いが避けられないと分かれば、無理に歩み寄ることはせずに穏便に場を治めようとするだろう。それは、ある程度の処世術を身に着けている者であれば当然の対応だ。
 「嫌いじゃない」と曖昧に濁されたことが嫌、歩み寄られなかったことが嫌、告白を告白だと認識してもらえなかったことが嫌。今のクリスは、まるで嫌々期真っ盛りの駄々っ子だ。

「メリオンさんは僕の言うことを何も聞いてくれないし…」
「慰めろという願いを聞き入れようとしているだろうが」
「キスをしようとしたら殴るし」
「口元に触れるなという約束を忘れたのか?人を悪魔みたいに言うんじゃない、この鳥頭が」

 クリスはぐずぐずと鼻を啜り、メリオンの腹の上で動かなくなる。絶えず腹に滴り落ちる鮮血を眺めながら、メリオンは「一体どうしろというんだ」と肩を落とす。説得の言葉は響かない、マナーを諭せば怒る、準備が整っていなければ行為を先にも進められない。八方塞がりだ。
 しかしそうは言っても、どちらかが譲らなければこの状況は打開できない。

「…好きにしろ。それで気が済むのなら」

 結局最後にはメリオンが折れるしかないのだ。どん底のクリスは視線を跳ね上げ、わずかに希望の灯った瞳でメリオンを見る。本当に好きにして良いんですか?とでも言うように。良い、とは言わない。抵抗を止め、四肢から力を抜くことがメリオンなりのYesだ。

 血にまみれてキスをする。クリスの口内から溢れ出た血液は、舌を伝ってメリオンの口内へと流れ落ちる。唾液と混じり合った血液を飲み下せば、心地よい浮遊感に襲われる。牙を使わなくとも、それが吸血であることに変わりはないのだ。メリオンは下腹部に熱が集まっていくのを感じながら、己の唇に吸い付く男を眺めていた。
 間もなく血濡れのキスを一区切りにしたクリスは、メリオンの裸の胸に触れる。しなやかな筋肉に覆われた胸元を撫でて、脇腹にキスを落とし、敏感な内太腿に指先を這わせる。たった1枚残されていた下着を脱がせ、まだ閉じたままの後孔に触れれば、灰色の瞳がクリスを睨む。

「これだけは言わせろ。よく慣らせよ」
「分かりました」

 過吸血によりクリスが意識を飛ばし、強引な挿入に至った前回の教訓である。
 唾液に濡れた指先がメリオンの後孔をゆるゆると撫でる。クリスは口内から出血しているのだから、後孔を慣らす唾液にも当然血が混じっている。血液を潤滑剤に人の身体を慣らすなど、まともな神経を持つ者なら受け入れられるはずがない。だがその異常な行為を、メリオンは文句ひとつ言わずに受け入れる。好きにしろと言った、その言葉に嘘はない。

「う…ぁ」

 後孔に指を差し込まれる感覚に、メリオンは喉を仰け反らせる。痛みはなくとも、そこは本来暴かれてはならない場所。吸血の力を借りていたのだとしても不快感は拭えない。狭い場所を何度も押し開き、乾くたびに血の混じる唾液を足して、室内に甘い吐息が響きだした頃にクリスは問う。

「挿れていい?」

 メリオンは答える。

「好きにしろ」

 クリスは満足そうに口の端を上げ、メリオンの後孔に先端を宛がった。そうして深く繋がり、快楽に沈み、狂ったように求めあう。
 乱れ、重なり、ともに果てる。

***

 ぐしゃぐしゃのシーツには、精魂尽き果てた様子のメリオンが沈んでいた。整えられていたはずの黒髪は乱れ、こめかみには薄っすらと残る生理的な涙の跡。衣服は身に着けておらず、身体中の至る所には血の跡がある。メリオン自身から流れた血ではない。クリスの口内から流れ落ち、行為のうちに身体のあちこちに付いたものだ。白いシーツに血まみれの男が沈む様は、傍から見れば殺人現場のようである。

「お前は面倒な奴だ。面倒かつ異常だ。救いようがない」

 メリオンが嫌味たっぷりにそう吐き出せば、隣に寝そべるクリスは声を立てて笑う。

「何だかすっきりしました。ありがとうございます」
「あれだけ射精(だ)せばすっきりもするだろう…」

 逢瀬宿を訪れた当初、時刻は午後2時半を回った頃であった。しかし行為に耽るうちに窓の外は夕暮れ。そろそろ王宮に帰らなければ、明日からの仕事に支障が出てしまう。
 メリオンは疲労困憊の身体を捩り、ベッドの上に身を起そうとする。しかしその途中で小さな悲鳴を上げ、再びシーツの海に突っ伏した。

「おいふざけるなよ…どれだけ強く噛んだんだ…」

 呻くメリオンのうなじには、くっきりとした歯形が残されている。行為の最中にクリスが噛んだ痕だ。クリスはメリオンの傍に身を寄せると、自らの歯形が残るうなじを覗き込み、それから「あちゃー」と声を上げた。

「これは痛そうですね。肉が少し抉れていますし、血も出ています。治るのに時間がかかりそう」
「他人事のように言いおって貴様…」

 メリオンは般若の表情でクリスを睨みつける。禊の殴打を覚悟し身を固くするクリスであるが、メリオンは大きな溜息を零すだけ。怒りの拳を振り上げることはない。

「シャワーは浴びない。まともに血は吸わせない。禁止事項は無視。他の吸血族に回していたら苦情の嵐だぞ。相手がお前でなければ、俺でさえも見限っているところだ」
「僕は特別ですか?」
「当たり前だ。誰がここまで育てたと思っている。俺がお前に期待を寄せていることは王にも知れている。お前が道を踏み外したら、俺が責任を問われるんだ。全く、教育係なんて面倒な仕事を引き受けるんじゃなかった」

 ぐちぐちと文句を吐き連ねるメリオンの横顔を、クリスは見つめる。どんな理由であれ、自分のことを特別と感じてくれる人がいる。そう思えば救われる。
張り裂けるような胸の痛みは消えていた。
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