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迷路の入り口

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 ジョナサン男爵邸に造られた巨大迷路は、社交界では大層評判となっている。
 背丈ほどある青々とした生垣で出来た複雑な迷路が敷地いっぱいに設けられ、ジョナサンの悪友が次々に訪ねてきては、楽しんでいた。なかなか出口が見当たらず、そこかしこで令嬢の声がきゃいきゃい上がっている。
「珍しいな、フィオナ嬢。今日はまた、毛色の変わった友人を連れているじゃないか」
 庭園迷路の片隅に設けられたティーテーブルで、やけに婀娜な女性の手を握っていたジョナサンは、ふと首を傾げた。
 彼は以前、パノラマ館で出会った小太りの紳士だ。
 そして彼に今まさに口説かれているのは、同じく孔雀羽根の飾りのついた帽子を被っていた、舞台女優。
「おや、君は」
 ジョナサンもイザベラに気づいたらしい。
「おいおい、揉め事は勘弁してくれよ」
 イザベラを見るなり、三文芝居並みにわざとらしい肩の竦め方をしてみせた。
「アークライトはこのことを知っているのか? 」
「あの方、別の方とよろしくやってるじゃない」
 澄ましてフィオナは答える。
「それはだな……」
 意味ありげにジョナサンは舞台女優と目配せする。女優はやれやれと首を小さく横に振った。
 やはり、ローズ嬢と子爵とのロマンスは社交界では皆の知るところか。ルミナスを心の中から散らすために気晴らしで誘いに乗ったが、余計にその存在が重く圧した。
「それより、ええと、あなた」
 フィオナをイザベラを行儀悪く指差す。
「シュウェーターです」
「ミス・シュウェーター。ここの迷路は一度迷えば二度と出て来れないってくらい複雑なのよ。早く行きましょうよ」
 いきなり手首を掴まれるや、ずんずんと迷路の入り口まで引っ張って行かれる。相変わらず凄い力で、イザベラはズルズルと引き摺られるばかり。
 二人の姿は生垣の中へと消えた。


「放っておいてよろしいの? 」
 空になった紅茶のカップの縁をなぞりながら、女優はまるで他人事で呟く。
 ジョナサンはだらしなく椅子に凭れて、屋敷のテラスを見上げた。テラスには配下の男が望遠鏡で迷路を見張っている。
「あのテラスから全体を見渡せる。なかなか出て来そうにないなら、誰かに連れて来させるよ」
 女優は首を横に振る。
「フィオナ様は若い娘を好色家に宛てがうことで有名でしょう? 」
 即ち、イザベラも餌食になりかねない。
「あんなに堅そうな女だ。大丈夫だろう」
 そもそも、垣間見た素顔は可愛らしいかったものの、今はガチガチのオールドミス風情を保ってかなり近寄り難い。そんな娘にわざわざ手を出す変わり者がいるだろうか。一人だけ心当たりはあるが、やつは紳士ぶってお行儀良くしている。
「あら。ああいった方が、逆に危なっかしいのよ……ほら、アークライト様が来たわよ」
 言ったそばから、いつになく怖い顔のルミナスが大股で一直線に近づいて来た。
「アークライトに殴られるな、俺は。何故、行かせたんだと」
「殴られるだけで済んだらよろしいけど」
 女優は澄まして二杯目の紅茶を口に含んだ。
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