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女騎士の実力

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「百聞は一見に如かず」
 落ち着き払った声音でライナードは呟いた。
「レイノリア・リュー」
 彼がレイノリアをフルネームで呼ぶのは、彼女を特別視しない証だ。
「この男と勝負しろ」
 短く命じる。
「くだらない憶測など二度と口に出来ないようにな」
 これは騎士団全体の沽券に関わる問題だ。
 色仕掛けなぞでレイノリアが騎士になったと吹聴されれば、騎士そのものの品位が落ちる。
 即ちレイノリアは、そうではないことを証明しなければならない。
「承知しました」
 頭を下げたレイノリアの前に、木製の剣が突き出された。
「万が一があるからな。模造刀を使え」
 幾ら模造といえど、精巧な造り。頑丈でずっしりと重みがある。当たれば打撲だけでは済まない。骨の一本や二本、ひびが入るだけなら良い方だ。
「シ、シュルツ殿。しかし、決闘は王国の規則に反します」
 ヨールガ隊長が額に汗を浮かべて止めに入った。
 戦争が終結した王国は、荒々しかった統治と決別し、かつては認めていた決闘を廃止した。今では厳しい罰が課せられる。
「決闘ではない。訓練の一貫だ」
 平然とライナードは言ってのけた。
「でしょう? 公爵? 」
 チラリ、と視線を流した先にいたのは、騒ぎを聞きつけ様子を見に来た公爵だ。
 公爵は自慢の口髭を指で弄びながら、うんうんと頷く。
「そうだな。これは決闘ではないな」
 公爵が容認する。
「気兼ねすることはない。レイノリア。思う存分やれ」
 ライナードの命令が下った。


 女騎士レイノリアの名はお飾りではない。
 れっきとした騎士の称号を持つ。
 それを証明するときが来た。今だ。
 対峙する場所は、ミハイル広場。
 よりによって明日呼び出されている場所だ。それが余計にレイノリアの闘志に火をつける。
 公爵はこれを機会にレイノリアの実力を皆に知らしめるべきだと判断したのだろう。だからこそ、人通りのある時間帯を敢えて選び、『実践訓練』の見物を民衆に披露した。
 あっという間に噂は広がり、広場は人々で溢れ返っている。新聞社まで来ていた。
 当然だ。平和な世となった今や、年に一度の建国記念日に開かれる武術大会でしか、騎士の剣術を目にすることが出来ないのだから。おまけに、噂の女騎士が剣術を披露するというのだ。人の目を惹かないわけがない。
「逃げるなら今だぞ。娘」
「それはこっちの台詞よ」
 互いに間を取り、睨み合う。
 大男が成熟した雄の熊なら、レイノリアは冬眠明けのリス。体格の違いは勿論、醸し出す闘気までが違う。
 一見すると、レイノリアに分はない。
「手加減しねえからな! 」
「それはこっちの台詞よ」
 不意にレイノリアの眼差しがきつくなる。穏やかさが消えた。群衆は、レイノリアから冷たい空気が生まれた錯覚を起こす。
 一際強い風が横切る。
 いや、ただの突風ではない。
 レイノリアが一陣の風となり、熊男の真正面に間を詰めたのだ。
 小気味良い音が、雲一つない澄んだ空に響く。
 容赦のない一刀が男の脇腹に入った。構える隙さえ与えない。脇腹、右腕、左腕、右脛、左太腿……次々に繰り出し、男の急所に確実に打ち込む。
「やるわね! 」
 息一つ乱さず、レイノリアはニタリと口元を歪めるとすぐさま右肩に打ち込んだ。
 くりくりと媚びるような普段の目は今やこの上なく吊り上がり、髪を振り乱し、歯を剥いて、その姿はまさしく『戦争の女神』。
 対峙する熊男は力があると豪語するだけあり、打ち込まれればぐらりとよろめくものの、何とか地面に踏ん張って堪える。
 だが、あまりの勢いに押されるばかりで、反撃など不可能だ。
 このままでは、体力を奪われ、いづれ倒されるだろう。誰もが予想した。現に男はもうふらふらで、ゼイゼイと肩で息をしている。
 レイノリアは未だ息すら乱れていない。
 これが彼女の戦い方だ。
 男とは肉や骨からして体の構造が違う。力ではどうあっても敵わない。幾ら鍛錬しても追いつかない。ならば、戦い方を変える。速さを駆使し、息つくいとまを与えず急所を狙う。
 騎士団のエースと讃えられたライナードでさえ、レイノリアの戦い方には一目を置く。
「いつ見てもさすがだな。レイノリアは」
 ケインは舌を巻いた。
「ライナード隊長が是非、うちに欲しいと国王に直談判しただけありますね」
「……レイノリア・リューには言うなよ。それは」
 やや頬を赤らめ、ライナードはケインを睨んだ。
 レイノリアがライナードの下に配属されたのは、単なる偶然ではないのだ。
 彼女はそんなこと知らない。
 勿論、誰も口にはしない。
 騎士たるもの、公平でなければならない。
「そろそろ終わりだな」
 ライナードは口元を孤に描き、レイノリアの方を向いた。
 最早、勝負はついたも同然。
 熊男の皮膚は赤くパンパンに腫れ上がり、ゼイゼイとした息がさらに大きく、ふらふらとよろめいて、今にも倒れそうだ。
「最後の打ち込みだ」
 ライナードの言葉の直後、スパーンと一際高い音が響いた。
 バサバサっと鳥が散る。
 砂塵が巻き起こる。
 男が真後ろに引っ繰り返った。地響きが起こる。
 途端に巻き起こる拍手。ひっきりなしにそれは続く。
 レイノリアに民衆は沸いた。
 直立したレイノリアは剣を鞘に収めると、すでに『戦争の女神』の気配は消して、リスそのものの人懐こい愛らしさを纏っていた。その愛らしさを向けた先は、ライナードだ。
 ちょっと媚びたように小首を傾げた笑い方。
 とてもじゃないが、熊男をのしたとは思えない。
「上出来だ。レイノリア・リュー」
 ライナードが満足そうに頷けば、レイノリアは破顔した。
 
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