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危機は突如として

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「お嬢様、こちらが」    
「なあに、それは? 」
 レディーズメイドが持ってきた白い封筒に、アリアは小首を傾げる。
 恋文ならば、まず父を通す。貴族の付き合いなら常識だ。メイドに直に渡す者などあり得ない。
「エマリーヌからだわ」
 差出人の名に、さらにアリアは首を捻った。
 わざわざ手紙を差し向ける意図が読めない。エマリーヌなら、直接出向くはず。このような回りくどいことなどしない。
「遣いとかいう者が渡してまいりました」
 つまり、エマリーヌ本人からもたらされたわけではない。
 ますます不審になり、アリアは封を開けた。
 薄水の目が開いたきり、瞬きすら出来なかった。
「エマリーヌが大変だわ! 」
 便箋を持つ指が戦慄き、仕舞いに全身を振動させる。元々の色素の薄い肌はさらに血の気が引いて真っ白になり、赤い唇が今は青紫にまでなっている。
「ど、どうなさったのですか? 」
 その異様なまでの様子に、メイドは顔を引き攣らせた。
「賭博で借金を拵えたから、取り敢えず私に賭博場へ助けに来てほしいと」
 まさかエマリーヌに限ってという思いと、自分と同じ世間知らずの彼女ならやりかねないといった半々が、アリアを行き来する。
「いけません! 」
 メイドが怖い顔で声を張り上げた。
「行ってはいけません! これは罠です! 」
 子爵家の令嬢であり、かなりの財産持ちとして上流はおろか中産階級にまで名の通った家柄で、しかも天使と見紛う美貌。よからぬ企みを持つ輩が出て来ないはずがない。
「で、でも」
「あのじゃじゃ馬なら、充分有り得ますが。ですが、これは罠に違いありません! 」
 どさくさ紛れにエマリーヌをこき下ろしながら、メイドはアリアの傾く気持ちに反対した。
「無垢なお嬢様を陥れようとしている輩の仕業です」
 きっぱり言い切る。
 それがアリアには余計にエマリーヌの窮地だと判断させた。
「だけど、もし本当にエマリーヌが」
「そんなもの、あちらの家がどうにかします」
「家に言えないから、私を呼んだんだわ」
「お嬢様。落ち着いてください」
「でも、エマリーヌの筆跡だわ。間違いなく」
 右上がりの癖字や、名前のスペルのNを巻いたような書き方が彼女の特徴だ。似せて書くにしても、ここまで酷似させられるだろうか。
 アリアはぐしゃりと便箋を潰した。
 手紙に記された場所は、「フェリシティ・クラブ」とある。
 王都にあるアークライト邸から五筋向こうの、子供が近寄ってはいけないと昔から口酸っぱく諭されていた地域だ。
 賭博場や、娼婦を派遣する娼館、逢引き専門のいかがわしい料理屋など、王都の中でそこだけ異質だ。
 たちまち入り込めば、酔っ払いに絡まれ、引き込まれて、泣き寝入りするしかない。賭博場や娼館に出入りしているのは、身分の高さで横暴する悪漢ばかり。
「よりによって、そのような場所に。どうして」
 アリアは血が滲むほど唇を噛んだ。
 
 







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