110 / 123
愛人またはメイド
しおりを挟む
悪趣味な部屋に放り込まれたものの、サイラスはさっさと順応した。
どかっとソファに座り込むなり、ふてぶてしく踏ん反り返る。
「噂のジョナサン夫人か」
ニタニタといやらしく口元を歪め、アリアに視線を流した。
セディとはまた違った薄気味悪さ。まるで品定めするかのごとく、アリアの頭のてっぺんから足先までを視線が這っていく。
あまりの不躾さに、アリアは顔をしかめて耐えた。
「弟が惚れ込むはずだ。かなりの別嬪で、貞淑で」
ケイムとめくるめく官能を味わっても失わない、天使と見紛う純朴な雰囲気。妊婦姿であろうと、無垢な乙女のような。
「まさか、二十も上のおっさんを誑かしてた淫乱だとはな」
ニヤリ、といやらしく顔を崩し、目線はアリアの豊満な胸で止まる。
「何だと」
カチンと来たのは父のルミナスだ。拳を胸の位置で震わせた。
「お父様。落ち着いて」
今にも殴りかからんばかりに奥歯を噛み締める父を、横から冷静に諌める。
父の拳は一発でサイラスを気絶させる。
しかし、そうなれば、肝心の情報は得られない。
ケイムの命が掛かっているのだ。
アリアだって容赦なく平手を打っているところだが、ぐっと堪え、持っていきようのない怒りを奥歯で擦り潰す。
「イヴリンとかいう女はどこだ? 」
アリアの気持ちを理解したため、ルミナスも必死に怒りを抑え込む。冷静さを保とうとしているため、声はいつもより遥かに低い。
「イヴリンだあ? 誰だ、それ? 」
偉そうに足を組みながら、サイラスは怪訝に眉を寄せた。
「お前の屋敷で雇われていた女だ」
ルミナスが詰め寄る。
「知らないな」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない」
大根役者のようにわざとらしい身振りで、サイラスは肩を竦めてみせた。
「メイドなんか、何人いたと思うんだ。いちいち覚えてなんかいるわけないだろ」
小馬鹿にして鼻を鳴らす。
「ジョナサンはその女に攫われた可能性が高い」
「いい気味だな」
「お前も共犯で警察に突き出すぞ」
「何で俺が」
「なら、思い出せ」
決して脅しではない。
ルミナスの切れ長の双眸は据わり、本気だ。
そのあまりの視線の剣幕に、サイラスはたじろぐ。
「確かちょっかいかけたメイドに、そんな名前の女がいたな」
がしがしと白髪混じりの頭を掻きむしると、サイラスは呟いた。
「ニ、三度寝たくらいで、俺の女だと舞い上がってたな」
口にして記憶が引っ張り出されてきたのか、サイラスはどんどん続ける。
「厚かましい女だったな。いちいち、俺の愛人のことで口出ししてきて」
うんざりと首を横に振った。
「面倒臭くなって、僅かな手切れ金を渡して適当なこと言って追い出したんだった」
彼にとっては火遊びのうちだが、イヴリンには本物の恋だったのだろう。
なんて酷い男……アリアはわなわなと震えた。腑が煮えくり返る。
「では、イヴリンは今は」
「知るわけないだろ」
ルミナスの問いかけに、サイラスはぞんざいに答えた。
「屋敷を追い出したとき、生家で待ってるとか何とか言ってたけど。生家なんか知らねえって」
面倒臭そうに吐き捨てると、サイラスは立ち上がった。
「もういいだろ? 」
これで仕舞いだと、返事も待たずに部屋を出て行く。彼からは貴族としとの品格はすっかり損なわれ、ただのゴロツキに成り下がってしまっていた。
激しく扉が閉まる。
向こうに悪意がなく、至極当然のようなイヴリンへの仕打ちに、神経が擦り減ってしまう。未だに使用人をただの道具としか考えていない不埒者は存在する。
室内に取り残されたルミナスは、ふう、と深く息を吐くなりソファに腰を下ろした。
アリアも父の隣に座る。
「生家? 売春宿か? それともエイベル家か? 」
「エイベル家は今は? 」
「遠縁が管理しているとのことだが。実際は空き家で放置されているらしい」
「行ってみるしかないわ」
父の言いたいことを引き継ぐアリア。
誰が何と言おうと、すでに心は決まっている。
どかっとソファに座り込むなり、ふてぶてしく踏ん反り返る。
「噂のジョナサン夫人か」
ニタニタといやらしく口元を歪め、アリアに視線を流した。
セディとはまた違った薄気味悪さ。まるで品定めするかのごとく、アリアの頭のてっぺんから足先までを視線が這っていく。
あまりの不躾さに、アリアは顔をしかめて耐えた。
「弟が惚れ込むはずだ。かなりの別嬪で、貞淑で」
ケイムとめくるめく官能を味わっても失わない、天使と見紛う純朴な雰囲気。妊婦姿であろうと、無垢な乙女のような。
「まさか、二十も上のおっさんを誑かしてた淫乱だとはな」
ニヤリ、といやらしく顔を崩し、目線はアリアの豊満な胸で止まる。
「何だと」
カチンと来たのは父のルミナスだ。拳を胸の位置で震わせた。
「お父様。落ち着いて」
今にも殴りかからんばかりに奥歯を噛み締める父を、横から冷静に諌める。
父の拳は一発でサイラスを気絶させる。
しかし、そうなれば、肝心の情報は得られない。
ケイムの命が掛かっているのだ。
アリアだって容赦なく平手を打っているところだが、ぐっと堪え、持っていきようのない怒りを奥歯で擦り潰す。
「イヴリンとかいう女はどこだ? 」
アリアの気持ちを理解したため、ルミナスも必死に怒りを抑え込む。冷静さを保とうとしているため、声はいつもより遥かに低い。
「イヴリンだあ? 誰だ、それ? 」
偉そうに足を組みながら、サイラスは怪訝に眉を寄せた。
「お前の屋敷で雇われていた女だ」
ルミナスが詰め寄る。
「知らないな」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない」
大根役者のようにわざとらしい身振りで、サイラスは肩を竦めてみせた。
「メイドなんか、何人いたと思うんだ。いちいち覚えてなんかいるわけないだろ」
小馬鹿にして鼻を鳴らす。
「ジョナサンはその女に攫われた可能性が高い」
「いい気味だな」
「お前も共犯で警察に突き出すぞ」
「何で俺が」
「なら、思い出せ」
決して脅しではない。
ルミナスの切れ長の双眸は据わり、本気だ。
そのあまりの視線の剣幕に、サイラスはたじろぐ。
「確かちょっかいかけたメイドに、そんな名前の女がいたな」
がしがしと白髪混じりの頭を掻きむしると、サイラスは呟いた。
「ニ、三度寝たくらいで、俺の女だと舞い上がってたな」
口にして記憶が引っ張り出されてきたのか、サイラスはどんどん続ける。
「厚かましい女だったな。いちいち、俺の愛人のことで口出ししてきて」
うんざりと首を横に振った。
「面倒臭くなって、僅かな手切れ金を渡して適当なこと言って追い出したんだった」
彼にとっては火遊びのうちだが、イヴリンには本物の恋だったのだろう。
なんて酷い男……アリアはわなわなと震えた。腑が煮えくり返る。
「では、イヴリンは今は」
「知るわけないだろ」
ルミナスの問いかけに、サイラスはぞんざいに答えた。
「屋敷を追い出したとき、生家で待ってるとか何とか言ってたけど。生家なんか知らねえって」
面倒臭そうに吐き捨てると、サイラスは立ち上がった。
「もういいだろ? 」
これで仕舞いだと、返事も待たずに部屋を出て行く。彼からは貴族としとの品格はすっかり損なわれ、ただのゴロツキに成り下がってしまっていた。
激しく扉が閉まる。
向こうに悪意がなく、至極当然のようなイヴリンへの仕打ちに、神経が擦り減ってしまう。未だに使用人をただの道具としか考えていない不埒者は存在する。
室内に取り残されたルミナスは、ふう、と深く息を吐くなりソファに腰を下ろした。
アリアも父の隣に座る。
「生家? 売春宿か? それともエイベル家か? 」
「エイベル家は今は? 」
「遠縁が管理しているとのことだが。実際は空き家で放置されているらしい」
「行ってみるしかないわ」
父の言いたいことを引き継ぐアリア。
誰が何と言おうと、すでに心は決まっている。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる