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愛人またはメイド

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 悪趣味な部屋に放り込まれたものの、サイラスはさっさと順応した。
 どかっとソファに座り込むなり、ふてぶてしく踏ん反り返る。
「噂のジョナサン夫人か」
 ニタニタといやらしく口元を歪め、アリアに視線を流した。
 セディとはまた違った薄気味悪さ。まるで品定めするかのごとく、アリアの頭のてっぺんから足先までを視線が這っていく。
 あまりの不躾さに、アリアは顔をしかめて耐えた。
「弟が惚れ込むはずだ。かなりの別嬪で、貞淑で」
 ケイムとめくるめく官能を味わっても失わない、天使と見紛う純朴な雰囲気。妊婦姿であろうと、無垢な乙女のような。
「まさか、二十も上のおっさんを誑かしてた淫乱だとはな」
 ニヤリ、といやらしく顔を崩し、目線はアリアの豊満な胸で止まる。
「何だと」
 カチンと来たのは父のルミナスだ。拳を胸の位置で震わせた。
「お父様。落ち着いて」
 今にも殴りかからんばかりに奥歯を噛み締める父を、横から冷静に諌める。
 父の拳は一発でサイラスを気絶させる。
 しかし、そうなれば、肝心の情報は得られない。
 ケイムの命が掛かっているのだ。
 アリアだって容赦なく平手を打っているところだが、ぐっと堪え、持っていきようのない怒りを奥歯で擦り潰す。
「イヴリンとかいう女はどこだ? 」
 アリアの気持ちを理解したため、ルミナスも必死に怒りを抑え込む。冷静さを保とうとしているため、声はいつもより遥かに低い。 
「イヴリンだあ? 誰だ、それ? 」
 偉そうに足を組みながら、サイラスは怪訝に眉を寄せた。
「お前の屋敷で雇われていた女だ」
 ルミナスが詰め寄る。
「知らないな」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない」
 大根役者のようにわざとらしい身振りで、サイラスは肩を竦めてみせた。
「メイドなんか、何人いたと思うんだ。いちいち覚えてなんかいるわけないだろ」
 小馬鹿にして鼻を鳴らす。
「ジョナサンはその女に攫われた可能性が高い」
「いい気味だな」
「お前も共犯で警察に突き出すぞ」
「何で俺が」
「なら、思い出せ」
 決して脅しではない。
 ルミナスの切れ長の双眸は据わり、本気だ。
 そのあまりの視線の剣幕に、サイラスはたじろぐ。
「確かちょっかいかけたメイドに、そんな名前の女がいたな」
 がしがしと白髪混じりの頭を掻きむしると、サイラスは呟いた。
「ニ、三度寝たくらいで、俺の女だと舞い上がってたな」
 口にして記憶が引っ張り出されてきたのか、サイラスはどんどん続ける。
「厚かましい女だったな。いちいち、俺の愛人のことで口出ししてきて」
 うんざりと首を横に振った。
「面倒臭くなって、僅かな手切れ金を渡して適当なこと言って追い出したんだった」
 彼にとっては火遊びのうちだが、イヴリンには本物の恋だったのだろう。
 なんて酷い男……アリアはわなわなと震えた。はらわたが煮えくり返る。
「では、イヴリンは今は」
「知るわけないだろ」
 ルミナスの問いかけに、サイラスはぞんざいに答えた。
「屋敷を追い出したとき、生家で待ってるとか何とか言ってたけど。生家なんか知らねえって」
 面倒臭そうに吐き捨てると、サイラスは立ち上がった。
「もういいだろ? 」
 これで仕舞いだと、返事も待たずに部屋を出て行く。彼からは貴族としとの品格はすっかり損なわれ、ただのゴロツキに成り下がってしまっていた。
 激しく扉が閉まる。
 向こうに悪意がなく、至極当然のようなイヴリンへの仕打ちに、神経が擦り減ってしまう。未だに使用人をただの道具としか考えていない不埒者は存在する。
 室内に取り残されたルミナスは、ふう、と深く息を吐くなりソファに腰を下ろした。
 アリアも父の隣に座る。
「生家? 売春宿か? それともエイベル家か? 」
「エイベル家は今は? 」
「遠縁が管理しているとのことだが。実際は空き家で放置されているらしい」
「行ってみるしかないわ」
 父の言いたいことを引き継ぐアリア。
 誰が何と言おうと、すでに心は決まっている。
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