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廃れた家

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 幽霊屋敷と巷で噂されるエイベル邸に近づく物好きなどいない。 
 元は花崗岩で造られた立派な屋敷だったろうが、人が住み着かず長年の風雨に晒されて、その片鱗は全くなくなってしまっていた。
 細工を施した鋳物製の門は蝶番が壊れて開きっぱなしだし、ぼろぼろに崩れ落ちた壁や、腐って大きな穴が空いた屋根、意匠の凝らされた飾り柱はもはや見る影もなく、ステンドグラスの嵌め込まれていた玻璃窓は割れて無惨に砕けていた。
 とてもではないが、管理の手が入っているとは思えない。
「エイベルの親類には、立ち入りの許可は得ている」
 ルミナスはすでに根回ししていた。
 許可は得ているといえど、屋敷はおどろおどろしく、足を踏み出すのを躊躇ってしまう。
 ごくり、とアリアが喉唾を飲み下したときだった。
「あなた方、ここには近づかない方がいい」
 通りがかりの年老いた行商人が、声を潜めた。
「近頃、夜な夜な、何やら呻き声がするんだよ」
 行商人はチラチラと屋敷を気にしながら、さらに声のトーンを低くする。
「この辺りじゃ、とうとう幽霊が棲みついたと専らの話だ」
 不意にアリアの目がギラリと光った。
「本当に? 」
「ああ。何人も聞いてるんだ」
 行商人は大きく頷く。 
「昨夜も、呻き声がしたよ」
 アリアの薄水色の目が鋭さを増した。
 そこには、確信の二文字が浮き出ている。
 早く早く、とアリアの苛立ちは行儀悪く貧乏揺すりとして表れる。
「落ち着きたまえ、アリア」
 アリアの考えを読み取り、ルミナスが咎めた。
 罠、というのもあり得る。
 経験豊富なルミナスは慎重だ。
「ケイム! 」
 しかし、若いアリアはそこまで気が回らない。
 愛する夫が目の前にいるかも知れないのだ。
 監禁されたまま飲まず食わずでいたなら、命の期限が迫っている。
 早く助けないと!
 もうそのことしか頭にない。
「アリア! 」
 ブレーキとなるルミナスを振り払い、アリアは屋敷の中へと駆け出していた。


 エイベル邸は深緑のダマスク柄の壁紙で纏められた、大きな屋敷だ。
 かつては潤沢な資産を誇ったのだろう。
 石敷きの玄関広間に垂れ下がるシャンデリアは天井一帯に広がるくらいに大きく、壁には何代前かわからない主人の胸を逸らして偉ぶった肖像画が掛けられていた。
 それらも今や埃を被り、すっかり燻んでしまっている。
「アリア。待ちたまえ」
 肖像画と目が合ってぶるっと震えたとき、背後から父に腕を引かれた。
「監禁犯が潜んでいる可能性が高い。無闇に動くんじゃない」
 父の言い分はもっともだ。
 アリアは素直に頷いた。
 ケイムを救いに来て、自分まで捕らえられてしまったら洒落にならない。
 アリアは父の右腕にしがみつくと、薄気味悪く睨みつけてくる肖像画から顔を背けた。

 


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