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第7章 パッと咲いた笑顔の便り
(7-13)
しおりを挟むすみれは六人部屋の病室に入院している。
寝間着やタオルはレンタルがあるらしく、それを使うように言われていた。用意するのは下着類だけでいいのだろうか。梨花は気になったが、そのへんのことは節子と努の母親が話し合っていて問題なさそうだ。
「梨花さんまで来てくれて、なんだか申し訳ないな」
「いえ、そんな」
すみれが申し訳ないなんて思わなくてもいいのに。
「優しいのね」
「そんなことないですよ。すみれさんだって優しいじゃないですか」
「ありがとう」
なんだか『ありがとう』なんて言われると照れ臭い。
「すみれさん、本当に打撲だけでよかったですね」
「本当にね。でもね。ちょっと不思議なことがあったのよ」
「不思議ですか」
「そうなの。車が急に私のいる方に向かって来てね。動けなくて死んじゃうって思ったら誰かに押されたのよね。けど、誰もいなくて。なんだったのかなって」
そうだったのか。もしかして、霊的なものだろうか。守護霊が助けたとか。
「そんなことが。本当に不思議ね。けど、そういうことってあるのよね」
「梨花さんにもあるの、そういうこと」
「いや、私はこれといってないかな。あっ、けど、猫のツバキには素敵な縁をもらったかな。ツバキのことは不思議のひとつかもしれないです」
小百合の幽霊のことがあったか。いいや、言わなくても。
「花屋の猫ちゃんね」
「そうそう」
「確かに、ツバキは不思議な猫かもね」
「梨花さん。ちょっといいかい」
「はい」
節子に声をかけられて振り返ると「必要なものをすみれさんのアパートから持って来ようと思うんだよ。一緒に行ってくれないかい」と頼まれた。
梨花は頷き、すみれに挨拶をして病室をあとにした。すみれのアパートの場所は努の母親が知っているらしい。
それにしても、打撲だけでよかった。
MRI検査の結果がまだわからないけど、異常がなければ退院できる。すみれの様子を見た感じは大丈夫そうだ。節子と庄平と努の母親とともに病院の駐車場へ行き、車に乗り込みすみれのアパートへと車を走らせた。
車内でもやっぱり話題はすみれのことだった。
「本当によかったねぇ」
「はい、もう何が起きたのかわからなくて道に迷ってしまいました」
そうか、それで努の母親は少し遅れたのか。
「あっそうそう、あたしはすみれの祖母で吉沢節子です。隣が旦那の庄平さん。それで、運転してくれているのが、あたしのところの花屋で働いてくれている小城梨花さんです」
梨花は紹介されて、運転しながら「はじめまして」とだけ挨拶をした。今更、はじめましてもないかと思いつつそう口にしてしまった。
「私は、すみれさんと結婚する息子の母で多田光代といいます」
「こんな形で挨拶することになるとは思ってもいなかったけど、すみれさんが無事で本当によかったねぇ」
「本当に」
光代が小さく息を吐くのが聞えた。少しは気持ちが落ち着いたのだろう
節子と光代の会話は続いている。庄平は聞き役に回っているみたいだ。
「光代さんは本当に優しいんだねぇ」
「えっ、それは」
「だってねぇ、嫁とは言え他人だよ。気が動転するくらい心配してくれるなんてあたしはうれしいよ。すみれは幸せ者だねぇ」
「私はそんなに優しくはないですよ。すみれさんともちょっと言い合いをしてしまって。それでとりあえず結婚後も別に暮らそうってことになってしまって」
光代の溜め息を耳にした。言い合いか。
それでアパートに住むことになったのか。それなら努はすみれの味方をしているってことなのか。そうとは限らないのだろうか。
あっ、運転に集中しないと。ここで事故を起こしたら自分が運転している意味がない。
ただ今回のことで言い合いしたことは帳消しになったのではないだろうか。お互いの気持ちが少しは通じ合えたように思える。不幸中の幸いってところだろうか。
きっと、これでわだかまりも消えてくれただろう。そう思いたい。
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