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第8章 幸せの扉
(8-1)
しおりを挟むすみれの検査結果は異常なしとの診断で退院した。
退院祝いをしようとの話が持ち上がり、すみれの旦那となる多田家にお邪魔していた。梨花も呼ばれて来たもののなんとなく落ち着かない。
結婚前の顔合わせみたいな雰囲気があるせいだ。
すみれの両親の吉沢光輝と恵梨香も来ていた。すみれからは兄の友輝を紹介された。双子だとか。二卵性双生児らしく顔は似ていない。
もちろん、庄平と節子もいる。
多田家側はすみれの婚約者の努も福岡から帰って来ている。努の両親の勝義と光代が笑顔で迎えてくれて梨花もお辞儀をした。
どう考えても場違いだ。だからと言って、呼ばれたのに行かないというのも失礼な話だろう。どうせなら、ツバキも連れてくればよかった。そうすれば少しは気も休まるのに。今頃ツバキは家でのんびり寛いでいるだろうか。
「今日は退院祝いだが、まあ親睦を深めるいい機会だと思う。いろいろと料理も作ったから、たくさん食べて飲んで盛り上がっていこうじゃありませんか」
勝義はほんのり頬が色づいている。すでに酔っているのではないだろうか。そんな気がする。
「梨花さんも遠慮せずに食べてくださいね」
「はい」
光代にすすめられて、目の前の大皿に盛られた刺身の中からマグロの赤身を一口食べる。
う、うまい。なにこの赤身。
ねっとりとしていて旨みが広がっていく。スーパーの解凍された刺身とは大違い。
あっ、もちろんスーパーの刺身だって美味しいことは美味しい。
こんな美味しいもの食べたら、スーパーの刺身が食べられなくなる。
なんでこんなにも違うのだろう。
中トロも甘味があってとろけていく。大トロも旨みとともにあっという間にとけてしまう。脂が美味しいって初めて思ったかもしれない。
「どうだ、美味いだろう。知り合いの漁師がいるからな。そこらのスーパーに売っているものとは大違いだろう。獲りたて新鮮だ。ほら、金目鯛の刺身も食べてみろ」
金目鯛の刺身。これかな。
勝義はやっぱり酔っぱらっているみたいだ。笑い上戸なのだろう。すごく機嫌がよさそうだ。
梨花は勝義に「ほら、食ってみろ」と促され金目鯛の刺身をパクリ。
これまた甘味があって最高だ。天にも昇る心地とはこのことだ。
「いい顔しているな。金目鯛の煮付けもあるからな。遠慮しないで鱈腹食っていけ」
「はい」
思わずそう返事をしてしまった。節子と庄平、それにすみれも笑っていた。もしかしたら、すごく食いしん坊に思われていないだろうか。食べることは好きだけど、おそらく人並みだと思う。ここに颯がいなくてよかった。
梨花は少し遠慮しようかと思ったが、勝義に「ほら食え、これも食え」とすすめられてしまい苦笑いを浮かべながらも食べまくってしまった。今いる席がどうもよくなかったようだ。勝義から離れた席だったらよかったのかもしれない。
あれ、ちょっと待って。
みんなちょっと離れて座っているじゃない。しまったやられた。みんな勝義が酔っぱらったらこうなることを知っていたのだろう。
完全にロックオンされてしまった。もう逃げられない。まあいいか。こうなったらとことん付き合ってあげる。こんな美味しいものなかなか食べられない。ラッキーだと思ったほうがいい。
アジの刺身もイワシの刺身も絶品だ。アジのなめろうにサンガ焼きは、酒の肴にするには相性がいい。酒は飲まないつもりでいたけど、結局勝義の「酒も飲め」の言葉に屈してしまった。
ビールにも焼酎にも日本酒にも合うだろうとの言葉に頷き、すすめられるまま飲んでしまった。まずい、酔いがだいぶ回ってきた。車の運転はどうしよう。
「梨花さん、ほどほどにねぇ。けど、庄平さんが運転できるから気にしないでいいからねぇ」
えっ、庄平は酒を飲んでいないの。飲めるはずだけど。そう思ったところに節子が「実はお医者さんにこないだ禁酒するように言われてしまってねぇ」と耳元で囁いてきた。節子の隣で苦笑いを浮かべている庄平がいる。
それなら酔っぱらっても大丈夫か。いやいや、ほどほどにしないと。
もう勝義の酒のすすめは断ろう。
梨花は、そう決めたところで目の前の美味そうな料理に決意が砕け散る。食べなきゃ、もったいない。金目鯛の煮付けを一口食べて、ぐびっと酒を飲む。
勝義がすすめてくるから余計に飲んでしまう。
お寿司も美味い。ネタが新鮮だからだろう。出汁巻き玉子もやさしい味で好きな味だ。颯も好きかもしれない。今度作ってあげたい。
「あの光代さん」
「はい、はい、なんですか」
「この出汁巻き玉子は光代さんが作ったんですか」
「えっ、ああ、それね。そうだけど、口に合わなかったかい」
「とんでもない。美味し過ぎて、作り方を教わりたいくらいです」
「嬉しいこと言うね。教わりたいなら、いつでも教えてあげるよ。まあ、今日は梨花さん酔っているからまたいつかね」
「はい」
今日は確かに無理。覚えられない。
「あなた、あまり梨花さんに飲ませちゃダメですよ」
「んっ、そうか。そりゃ悪かった。じゃ、これで最後にしようか」
勝義は日本酒の一升瓶をドンと置いて大口をあけて笑い出す。最後ってまだ開けていない一升瓶じゃない。そんなに飲んだら記憶が飛んでしまうかもしれない。
ここははっきりと断らなきゃ。
「そんなに飲めません。もう無理ですよ」
「親父、今日はお開きにしよう」
努の言葉に勝義は渋々頷いて、退院祝いはお開きとなった。助かった、これ以上は無理だった。ホッとしたら、なんだか瞼が重くなってきた。
「梨花さん、大丈夫」
「えっ、ああ、すみれさん。はい、大丈夫ですよ。まだちゃんと話せているでしょ」
梨花はそう口にすると、周りの声が遠のきそのまま眠ってしまった。
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