4 / 34
4 念願叶ってご招待です
しおりを挟む
自分の部屋なのにちょっとドキドキしてきた。
「ただいま。子猫。」
ごまかすように声をかけ電気をつけて入る。
「どうぞ。」
後ろの彼女に言う。鍵がかかる音を確認して先に歩く。
後ろで小さくお邪魔しますと声が聞こえた。
リビングの電気もつけて箱を覗く。
「みゃ~。」
昨日から何度か聞いた声がして小さい獣がこっちを見上げる。
「元気だったか、遅くなってごめんな。かわいいいなあ。もう、食べたいくらいだぞ。」
掴み上げてグリグリとおでこをくっつけあって・・・・・しまった・・・何で今忘れてたんだ。
背後の存在を。
本当になんで?自分が信じられない。恐るべし子猫パワー。
・・・慣れない種類の緊張のせいかもしれない。
「本当にかわいいなあ。ちょっと待ってろ。」
何もなかったように落ち着いた声に戻し後ろを振り向く。
とりあえず唖然としている顔、びっくりした顔、呆れた顔、いずれもなかった。
差し出した子猫を見ると一気に表情が緩んで声が出た・・・。
「久しぶり、覚えてる?昨日は怖かったね。あいつはコンコンと説教しておいたから大丈夫だよ。優しいお兄さんに拾ってもらってよかったね。幸せ者め、うらやましい。こんなベッドに眠れたんだね。良かった。本当に安心したよ。お腹空いてない?ん?」
小さい声で話しかけてるのが聞こえる。
優しいお兄さんと呼ばれると照れるが。それに・・・・。
「お昼にもこっそりミルクをやりに帰ってきたから大丈夫かな?今持ってくるから、それまで相手してて。」
こっちが恥ずかしくなり急いでキッチンに行く。
彼女は急に無言になった。
さっきのは自分と同じように子猫パワーにやられたんだろう。
我に返ったらしく更に小さい声で囁いて話しかけてる。
素。その表情を見たかった。
子猫にしか見せてないじゃないか。
急いでミルクを持っていく。
「ねえ、小路さんは慣れてる?子猫の育て方。」
「・・・はい。小さい時飼ってたので。」
さっきとは違うだろう表情と声質。
残念、またいつもの無表情に近くなった。
でも、それでもまだソフトな方だ。
単語にヒゲじゃなくて文章で答えてもらえたし。
「じゃあ、お願いしていい?」
彼女が受け取りミルクをあげるのを近くで見守る。
やはりうまいじゃないか。
まあ、自分も間違ってはいない。
安心して出前のチラシを集めに歩いていく。
「小路さん、出前頼もう。ちょっと楽しみなんだ。どれがいい?」
子猫のミルクを一度中断してこっちを向く。
「中華か、丼ものはどうですか?」
そう言われて結局中華にした。
希望を聞いて適当に数皿頼んだ。
デザートに杏仁豆腐まで。
初めての出前を満喫したい。
なんてことはない普通のファミレスチェーン店の物だが、なんだか楽しいぞ。
ミルクやりをしてる彼女を見ながら話しかける。
「あのお店、行ったりする?駅前にあるところだと思うけど。」
「いいえ、あまり外食はしなくて。」
「そうなの?アレルギーがあるとか?」
「いいえ、・・・あの苦手なんです。人ごみが。」
「ああ、そう。」
人ごみというほど混んでないけど。まあ、そうなのか。
デートは誘いにくいなあ。でもめげない。
「やぱり上手だね。」
「・・・・・」ちょっと照れてるのか?赤い耳。
「ねえ、生まれてどのくらいだと思う?」
「一ヶ月過ぎるくらいじゃないでしょうか?」
「そうだよね、離乳食を週末に食べさせてみようかと思うんだ。さすがに毎日昼にミルクをやりに帰るのは難しいから。」
「そうですね。もう歯もあるので大丈夫だと思います。」
「ああ、よかった。1人だと調べてても不安で。ね、一緒に買いに行ってもらえる?他にも病院とか知ってたら教えて欲しいんだあ。一度連れて行った方がいいって書かれてたけど、どうかな?」
聞いたことには答えてくれる。詳しいのは本当らしい。
分からないことは分からないと言われた。
大分会話も慣れてきた。
ミルクをもらった猫もお腹いっぱいになってる。
「かわいいよね、こんなにお腹膨れた。」
彼女の手の上の子猫に手を伸ばして触る。
ついそのまま彼女を見たら思った以上に近くて思わずお互い体を引いた。
猫のお腹が手から離れた。
ビックリするほど真っ赤になってる彼女。
自分は大丈夫か、自信はない。
「あ、ごめん。」
そのまま見つめ合ってしまった、固まったまま。
『ぴんぽ~ん。』のんきなベルに助けられて玄関に行く。
出前が届いていた。
「あ、すみません、財布財布。」
急いで部屋に取り返し支払いする。
受け取った料理は温かい。
杏仁豆腐だけ冷蔵庫に入れてお酒を並べてグラスを出してテーブルに広げる。
取り皿をいくつか持って戻ると彼女が子猫のトイレの世話をしてくれていた。
「あ、ごめんね。ありがとう。そこまでしてくれて。」
満腹になった猫はそのまま眠ったらしい。彼女の手の中にいる。
つい一人でビールを開けて飲みながらその姿を見つめていた。
はっと気が付いた。
「あ、ごめん。つい勝手に、先に一人で飲んで。箱に戻して寝かせてくれる。手を洗ってご飯にしよう。」
箱に戻されて自分の服に包み込まれ眠る子猫。
彼女が自分の服を触るのにちょっとドキドキしたのは先に飲んだビールのせいだと思いたい。
彼女を洗面台に連れて行って手を洗ってもらう。
テーブルに向かい合い食事を始める。
さあ、人間の時間。
「ねえ、昨日あの猫一匹だったのかなあ?」
「私が気がついた時にはそうでした。」
「そうか、他にも生まれたよね。誰かにもらわれたのかな?」
「そうだと思います。箱の中にメモが入っていて誰かこの子をかわいがってくださいと。」
「そうか・・・・。飼い猫が生んだんだよね、きっと。」
「そうだと思います。・・・・でも、でも全員きっといいところにもらわれて幸せですよ。」
いきなりそう強く言ったあとハッとした顔になる。
心配するなと自分に言ってくれたんだろうか?
「そうだね、きっと。」
箱を見る。すやすやと眠っている。
その姿を見てるだけでこっちも癒される。
彼女も視線を子猫に向ける。
さっき明日の約束もした。
一緒にまたここに来てくれるだろうか?
子猫から彼女に視線を移して見つめる。
彼女が振り返るより一瞬早く視線を引きはがす。
もしかしてなれなれしい先輩と思われてるだろうか?
いっそ初心者猫マークだからとお願い上手、もしくは甘え上手と思われてもいい。
まさか厚かましいとか思われてないだろうか?嫌がられてないだろうか?
随分雰囲気は馴染んできたと思ってるが。
「ねえ、会社じゃあ飲み会とか行かないよね?」
「・・・・はい。」
「何か、嫌な事ある?割とフランクなやつばかりだと思うけど。」
「・・・いえ、あの・・・慣れないとちょっと緊張してうまく話したりできなくて。」
「そう?もしかして会社で無表情にしてるのも緊張してるの?」
「・・・・はい。・・・・・。」
マジか?緊張するにしてもしばらくしたら慣れるだろう?
もうとっくに2カ月は過ぎたが。
「前のデザイン部では飲みに行ったりしてたの?」
力なく首を振る。
本物か?3年間緊張能面無表情だったのか?
辛い、それは辛い。
「じゃあ、僕は大分慣れた?いまは随分、今日の朝の時よりは普通だと思うけど。」
「・・・・・・・・。」
ダメなのか?まったく?随分仲良くなれた気でいたのに。
「昨日ほどじゃないけど、本当に今は普通だよ。大丈夫じゃない?他の奴とも。」
首を振る。それはどっちが無理って事なんだろう?
「そうか。辛くない?女子と喋ったりしたら楽しいかもしれないでしょう?」
「・・・・・・。」
あ、もしかして踏み込んじゃダメだったかな?
「ごめん、ちょっと余計なお世話だったかも。でもすごく気になってて。笑ったりしたら絶対可愛いし。そんな小路さんを見たいし。出来ることがあるならって思ったんだけど。ごめんね。無理強いはできないし、勝手に思っただけだし。」
「・・・・いえ、あの、ありがとうございます。・・・分かってるんです。でもちょっと手ごわい病気みたいなもので。」
そう小さく答える言葉が痛くて。
「ねえ、いろいろ聞いたりして教えてもらって助かってるんだけど。本当に明日お願いして一緒に離乳食のやり方教わっても迷惑じゃないかな?図々しいんだけど、やっぱり命だし。せっかく小路さんが体を張ってカラスから守ってくれたし。うちの親も楽しみにしてるから元気に育ってほしいんだ。」
「いえ、全然。私も一緒にいたいです。飼えなくても見てるだけでも。是非一緒にいさせてください。」
・・・・うん。それは勘違いしそうなセリフだけど、子猫と一緒にいたいということなんだよな。
文脈を考えるまでもなく。
でも良かった。そう言ってもらえて。
「ありがとう。お願いするね。明日用事は?」
「いえ、大丈夫です。」
「じゃあお昼ごろに待ち合わせする?」
「はい。お願いします。」
「じゃあ、本屋で12時ごろに。ペットの本のところにしよう。」
「はい。よろしくお願いします。」
「こちらこそお願いします。」
本当に視線はあんまり合わないけど普通に話せてる気がする。
会社ほど無表情でもない気がするし。
「でも、寝てると起こしたくなるよね。遊びたくて。」
「そうなんですよね。寝姿も可愛いのに何だかグリグリしたくなります。ずっと見ていたいなあ。」
もちろん俺は構わない。どうぞどうぞ。お泊りください。
なんて言えるわけもなく。
食事もほとんど食べ終わりビール二本目を飲みながらついつい彼女を見てしまう。
「あ、すみません。すっかり遅くまで。早くのんびりしたいですよね。すみません。」
「いいよ。別に。ゆっくりどうぞ。気にしないで。」
空いたものを片付ける。
「あの、お金をお願いします。」
バッグから彼女が財布を出そうとしてる。
「いいよ。授業料。それに楽しいし、ずっと一緒に飲みたかったんだ。」
ついビールで口が軽くなってたのかもしれない。
途端に無表情になった彼女。
照れるとかじゃなくて?嫌がられた?
「あ、ごめん。本当に気にしないで。それに・・・・。」
ここで『何もしないよ。』とか言ったら余計ダメだろうと判断した。
「本当にごめん。つい。」うれしくて・・・・。その言葉はやっぱり飲み込んだ。
なんだかさっきまで、もしかしたらってうれしく思ってたけど、やっぱり猫ありきなのかとちょっと・・・かなり残念で。
楽しみだった明日の約束さえ、ちょっとだけ寂しく思えてきた。
難しいなあ。分かりにくいんだよなあ、嫌がらないって言うのはまったく圏外ということだったのか?男として意識されてない・・・?
そうなんだろうか?・・・・それは悲しくて痛い。
「すみません。」
「うん。」
「あの、もう寝てるみたいだし、帰ります。」
そうなんだよな、しばらく起きないだろう。
「明日の約束は・・・・甘えていいかな?」
「もちろんです。明日12時に本屋さんでお願いします。」
「ありがとう。途中まで送って行くよ。」
財布と鍵を持って一緒に玄関を出る。
「まだまだ湯たんぽも必要だよね。」
「そうですね、もうしばらくはあった方がいいかもしれません。」
何とか雰囲気を戻したくて。
会話をひねり出しながら一緒に昨日の公園の方に歩いていく。
昨日はたまたま散歩していただけで、あんまり知らない道だった。
どこまで送ればいいだろうか?
『ここまででいいです。』と言われるまでついて行くことにした。
「昨日のカラス怒ってないかな?」
「あの・・・・忘れてください・・・・。」
凄く真っ赤になってる。暗がりでも近いから分かる。
それは今日一番?
さすがにあれは恥ずかしいシーンらしい。
あんなにかわいかったのに。
絶対忘れないけどもう話題にはしないようにしよう。
「カラスも忘れて欲しいね。賢いって言うから。」
そう思いながらもまた言ってしまった。
・・・・・・。
反応なし。
昨日の公園を過ぎて向かいのマンションの前で立ち止まった彼女。
一緒に止まる。
「あの、ここなので。」
え、真ん前。
昨日のカラス対決場所はすぐそこだったと思う。
走って行った方向は間違ってない。
ただ緑が多くてすぐ視界が遮られて、まさかそこに部屋があったとは。
「ねえ、昨日戻ってくるかなと思って猫を撫でながら1時間くらい待ってたんだけど。もしかして部屋から見てた?」
「・・・・・すみません。猫を抱いてくれてるのは分かったし、もし置いて行かれたらどうしようかと思って。」
「は~、そうか。結構長かったなぁ、1時間。」
「すみませんでした。それにありがとうございました。連れて帰ってくれて、飼い主さんまで見つけてもらって。あの名刺もわざわざ置いていってくれて。ちゃんと回収しました。段ボールごと。」
「うん、いいよ。明日付き合ってもらうし。ね、しばらくはうちに来ない?箱から出る様になったらさすがに実家に連れて行くつもりなんだ。そうしたら会えなくなるし。」
取りあえずは猫ありきでいい。もっと話をしたいし、自分が一緒にいたいと思ってるから。
「いいんですか?私もすごく会いたいです。毎日でも。」
この部分の会話だけならかなりいい感じの関係の二人なのに。
「もちろん。しばらくは飲みに行けないって言ってるし。」
「ありがとうございます。また約束させてください。」
「うん、とりあえずは明日ね。じゃあね。」
「はい、ありがとうございました。ごちそうさまでした。」
軽く手をあげて来た道を戻る。
びっくりするほど家が近い。
うれしい発見だったけど。
猫がいなくなったらどうなるんだろう。
まあ、先の事を考えても仕方ない。少しずつ、知りたいし知ってもらいたい。
一日ですごく仲良くなった気がしてる。
すごく話も出来てると思いたい。
明日が楽しみだ。
「ただいま。子猫。」
ごまかすように声をかけ電気をつけて入る。
「どうぞ。」
後ろの彼女に言う。鍵がかかる音を確認して先に歩く。
後ろで小さくお邪魔しますと声が聞こえた。
リビングの電気もつけて箱を覗く。
「みゃ~。」
昨日から何度か聞いた声がして小さい獣がこっちを見上げる。
「元気だったか、遅くなってごめんな。かわいいいなあ。もう、食べたいくらいだぞ。」
掴み上げてグリグリとおでこをくっつけあって・・・・・しまった・・・何で今忘れてたんだ。
背後の存在を。
本当になんで?自分が信じられない。恐るべし子猫パワー。
・・・慣れない種類の緊張のせいかもしれない。
「本当にかわいいなあ。ちょっと待ってろ。」
何もなかったように落ち着いた声に戻し後ろを振り向く。
とりあえず唖然としている顔、びっくりした顔、呆れた顔、いずれもなかった。
差し出した子猫を見ると一気に表情が緩んで声が出た・・・。
「久しぶり、覚えてる?昨日は怖かったね。あいつはコンコンと説教しておいたから大丈夫だよ。優しいお兄さんに拾ってもらってよかったね。幸せ者め、うらやましい。こんなベッドに眠れたんだね。良かった。本当に安心したよ。お腹空いてない?ん?」
小さい声で話しかけてるのが聞こえる。
優しいお兄さんと呼ばれると照れるが。それに・・・・。
「お昼にもこっそりミルクをやりに帰ってきたから大丈夫かな?今持ってくるから、それまで相手してて。」
こっちが恥ずかしくなり急いでキッチンに行く。
彼女は急に無言になった。
さっきのは自分と同じように子猫パワーにやられたんだろう。
我に返ったらしく更に小さい声で囁いて話しかけてる。
素。その表情を見たかった。
子猫にしか見せてないじゃないか。
急いでミルクを持っていく。
「ねえ、小路さんは慣れてる?子猫の育て方。」
「・・・はい。小さい時飼ってたので。」
さっきとは違うだろう表情と声質。
残念、またいつもの無表情に近くなった。
でも、それでもまだソフトな方だ。
単語にヒゲじゃなくて文章で答えてもらえたし。
「じゃあ、お願いしていい?」
彼女が受け取りミルクをあげるのを近くで見守る。
やはりうまいじゃないか。
まあ、自分も間違ってはいない。
安心して出前のチラシを集めに歩いていく。
「小路さん、出前頼もう。ちょっと楽しみなんだ。どれがいい?」
子猫のミルクを一度中断してこっちを向く。
「中華か、丼ものはどうですか?」
そう言われて結局中華にした。
希望を聞いて適当に数皿頼んだ。
デザートに杏仁豆腐まで。
初めての出前を満喫したい。
なんてことはない普通のファミレスチェーン店の物だが、なんだか楽しいぞ。
ミルクやりをしてる彼女を見ながら話しかける。
「あのお店、行ったりする?駅前にあるところだと思うけど。」
「いいえ、あまり外食はしなくて。」
「そうなの?アレルギーがあるとか?」
「いいえ、・・・あの苦手なんです。人ごみが。」
「ああ、そう。」
人ごみというほど混んでないけど。まあ、そうなのか。
デートは誘いにくいなあ。でもめげない。
「やぱり上手だね。」
「・・・・・」ちょっと照れてるのか?赤い耳。
「ねえ、生まれてどのくらいだと思う?」
「一ヶ月過ぎるくらいじゃないでしょうか?」
「そうだよね、離乳食を週末に食べさせてみようかと思うんだ。さすがに毎日昼にミルクをやりに帰るのは難しいから。」
「そうですね。もう歯もあるので大丈夫だと思います。」
「ああ、よかった。1人だと調べてても不安で。ね、一緒に買いに行ってもらえる?他にも病院とか知ってたら教えて欲しいんだあ。一度連れて行った方がいいって書かれてたけど、どうかな?」
聞いたことには答えてくれる。詳しいのは本当らしい。
分からないことは分からないと言われた。
大分会話も慣れてきた。
ミルクをもらった猫もお腹いっぱいになってる。
「かわいいよね、こんなにお腹膨れた。」
彼女の手の上の子猫に手を伸ばして触る。
ついそのまま彼女を見たら思った以上に近くて思わずお互い体を引いた。
猫のお腹が手から離れた。
ビックリするほど真っ赤になってる彼女。
自分は大丈夫か、自信はない。
「あ、ごめん。」
そのまま見つめ合ってしまった、固まったまま。
『ぴんぽ~ん。』のんきなベルに助けられて玄関に行く。
出前が届いていた。
「あ、すみません、財布財布。」
急いで部屋に取り返し支払いする。
受け取った料理は温かい。
杏仁豆腐だけ冷蔵庫に入れてお酒を並べてグラスを出してテーブルに広げる。
取り皿をいくつか持って戻ると彼女が子猫のトイレの世話をしてくれていた。
「あ、ごめんね。ありがとう。そこまでしてくれて。」
満腹になった猫はそのまま眠ったらしい。彼女の手の中にいる。
つい一人でビールを開けて飲みながらその姿を見つめていた。
はっと気が付いた。
「あ、ごめん。つい勝手に、先に一人で飲んで。箱に戻して寝かせてくれる。手を洗ってご飯にしよう。」
箱に戻されて自分の服に包み込まれ眠る子猫。
彼女が自分の服を触るのにちょっとドキドキしたのは先に飲んだビールのせいだと思いたい。
彼女を洗面台に連れて行って手を洗ってもらう。
テーブルに向かい合い食事を始める。
さあ、人間の時間。
「ねえ、昨日あの猫一匹だったのかなあ?」
「私が気がついた時にはそうでした。」
「そうか、他にも生まれたよね。誰かにもらわれたのかな?」
「そうだと思います。箱の中にメモが入っていて誰かこの子をかわいがってくださいと。」
「そうか・・・・。飼い猫が生んだんだよね、きっと。」
「そうだと思います。・・・・でも、でも全員きっといいところにもらわれて幸せですよ。」
いきなりそう強く言ったあとハッとした顔になる。
心配するなと自分に言ってくれたんだろうか?
「そうだね、きっと。」
箱を見る。すやすやと眠っている。
その姿を見てるだけでこっちも癒される。
彼女も視線を子猫に向ける。
さっき明日の約束もした。
一緒にまたここに来てくれるだろうか?
子猫から彼女に視線を移して見つめる。
彼女が振り返るより一瞬早く視線を引きはがす。
もしかしてなれなれしい先輩と思われてるだろうか?
いっそ初心者猫マークだからとお願い上手、もしくは甘え上手と思われてもいい。
まさか厚かましいとか思われてないだろうか?嫌がられてないだろうか?
随分雰囲気は馴染んできたと思ってるが。
「ねえ、会社じゃあ飲み会とか行かないよね?」
「・・・・はい。」
「何か、嫌な事ある?割とフランクなやつばかりだと思うけど。」
「・・・いえ、あの・・・慣れないとちょっと緊張してうまく話したりできなくて。」
「そう?もしかして会社で無表情にしてるのも緊張してるの?」
「・・・・はい。・・・・・。」
マジか?緊張するにしてもしばらくしたら慣れるだろう?
もうとっくに2カ月は過ぎたが。
「前のデザイン部では飲みに行ったりしてたの?」
力なく首を振る。
本物か?3年間緊張能面無表情だったのか?
辛い、それは辛い。
「じゃあ、僕は大分慣れた?いまは随分、今日の朝の時よりは普通だと思うけど。」
「・・・・・・・・。」
ダメなのか?まったく?随分仲良くなれた気でいたのに。
「昨日ほどじゃないけど、本当に今は普通だよ。大丈夫じゃない?他の奴とも。」
首を振る。それはどっちが無理って事なんだろう?
「そうか。辛くない?女子と喋ったりしたら楽しいかもしれないでしょう?」
「・・・・・・。」
あ、もしかして踏み込んじゃダメだったかな?
「ごめん、ちょっと余計なお世話だったかも。でもすごく気になってて。笑ったりしたら絶対可愛いし。そんな小路さんを見たいし。出来ることがあるならって思ったんだけど。ごめんね。無理強いはできないし、勝手に思っただけだし。」
「・・・・いえ、あの、ありがとうございます。・・・分かってるんです。でもちょっと手ごわい病気みたいなもので。」
そう小さく答える言葉が痛くて。
「ねえ、いろいろ聞いたりして教えてもらって助かってるんだけど。本当に明日お願いして一緒に離乳食のやり方教わっても迷惑じゃないかな?図々しいんだけど、やっぱり命だし。せっかく小路さんが体を張ってカラスから守ってくれたし。うちの親も楽しみにしてるから元気に育ってほしいんだ。」
「いえ、全然。私も一緒にいたいです。飼えなくても見てるだけでも。是非一緒にいさせてください。」
・・・・うん。それは勘違いしそうなセリフだけど、子猫と一緒にいたいということなんだよな。
文脈を考えるまでもなく。
でも良かった。そう言ってもらえて。
「ありがとう。お願いするね。明日用事は?」
「いえ、大丈夫です。」
「じゃあお昼ごろに待ち合わせする?」
「はい。お願いします。」
「じゃあ、本屋で12時ごろに。ペットの本のところにしよう。」
「はい。よろしくお願いします。」
「こちらこそお願いします。」
本当に視線はあんまり合わないけど普通に話せてる気がする。
会社ほど無表情でもない気がするし。
「でも、寝てると起こしたくなるよね。遊びたくて。」
「そうなんですよね。寝姿も可愛いのに何だかグリグリしたくなります。ずっと見ていたいなあ。」
もちろん俺は構わない。どうぞどうぞ。お泊りください。
なんて言えるわけもなく。
食事もほとんど食べ終わりビール二本目を飲みながらついつい彼女を見てしまう。
「あ、すみません。すっかり遅くまで。早くのんびりしたいですよね。すみません。」
「いいよ。別に。ゆっくりどうぞ。気にしないで。」
空いたものを片付ける。
「あの、お金をお願いします。」
バッグから彼女が財布を出そうとしてる。
「いいよ。授業料。それに楽しいし、ずっと一緒に飲みたかったんだ。」
ついビールで口が軽くなってたのかもしれない。
途端に無表情になった彼女。
照れるとかじゃなくて?嫌がられた?
「あ、ごめん。本当に気にしないで。それに・・・・。」
ここで『何もしないよ。』とか言ったら余計ダメだろうと判断した。
「本当にごめん。つい。」うれしくて・・・・。その言葉はやっぱり飲み込んだ。
なんだかさっきまで、もしかしたらってうれしく思ってたけど、やっぱり猫ありきなのかとちょっと・・・かなり残念で。
楽しみだった明日の約束さえ、ちょっとだけ寂しく思えてきた。
難しいなあ。分かりにくいんだよなあ、嫌がらないって言うのはまったく圏外ということだったのか?男として意識されてない・・・?
そうなんだろうか?・・・・それは悲しくて痛い。
「すみません。」
「うん。」
「あの、もう寝てるみたいだし、帰ります。」
そうなんだよな、しばらく起きないだろう。
「明日の約束は・・・・甘えていいかな?」
「もちろんです。明日12時に本屋さんでお願いします。」
「ありがとう。途中まで送って行くよ。」
財布と鍵を持って一緒に玄関を出る。
「まだまだ湯たんぽも必要だよね。」
「そうですね、もうしばらくはあった方がいいかもしれません。」
何とか雰囲気を戻したくて。
会話をひねり出しながら一緒に昨日の公園の方に歩いていく。
昨日はたまたま散歩していただけで、あんまり知らない道だった。
どこまで送ればいいだろうか?
『ここまででいいです。』と言われるまでついて行くことにした。
「昨日のカラス怒ってないかな?」
「あの・・・・忘れてください・・・・。」
凄く真っ赤になってる。暗がりでも近いから分かる。
それは今日一番?
さすがにあれは恥ずかしいシーンらしい。
あんなにかわいかったのに。
絶対忘れないけどもう話題にはしないようにしよう。
「カラスも忘れて欲しいね。賢いって言うから。」
そう思いながらもまた言ってしまった。
・・・・・・。
反応なし。
昨日の公園を過ぎて向かいのマンションの前で立ち止まった彼女。
一緒に止まる。
「あの、ここなので。」
え、真ん前。
昨日のカラス対決場所はすぐそこだったと思う。
走って行った方向は間違ってない。
ただ緑が多くてすぐ視界が遮られて、まさかそこに部屋があったとは。
「ねえ、昨日戻ってくるかなと思って猫を撫でながら1時間くらい待ってたんだけど。もしかして部屋から見てた?」
「・・・・・すみません。猫を抱いてくれてるのは分かったし、もし置いて行かれたらどうしようかと思って。」
「は~、そうか。結構長かったなぁ、1時間。」
「すみませんでした。それにありがとうございました。連れて帰ってくれて、飼い主さんまで見つけてもらって。あの名刺もわざわざ置いていってくれて。ちゃんと回収しました。段ボールごと。」
「うん、いいよ。明日付き合ってもらうし。ね、しばらくはうちに来ない?箱から出る様になったらさすがに実家に連れて行くつもりなんだ。そうしたら会えなくなるし。」
取りあえずは猫ありきでいい。もっと話をしたいし、自分が一緒にいたいと思ってるから。
「いいんですか?私もすごく会いたいです。毎日でも。」
この部分の会話だけならかなりいい感じの関係の二人なのに。
「もちろん。しばらくは飲みに行けないって言ってるし。」
「ありがとうございます。また約束させてください。」
「うん、とりあえずは明日ね。じゃあね。」
「はい、ありがとうございました。ごちそうさまでした。」
軽く手をあげて来た道を戻る。
びっくりするほど家が近い。
うれしい発見だったけど。
猫がいなくなったらどうなるんだろう。
まあ、先の事を考えても仕方ない。少しずつ、知りたいし知ってもらいたい。
一日ですごく仲良くなった気がしてる。
すごく話も出来てると思いたい。
明日が楽しみだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
101
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる