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5 今日の二人の距離の中で、さり気なく決まることがある日。

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約束通り、当然寝坊はしなかった。

前日脳内シュミレーションをしたのに、実際にはちょっとあたふたとした。
完璧だと納得できるまで、クルクルと服装が変わって、何とか仕上がり、出かけた。

それでも遅刻はしないで済んだ。

改札から出て、分かりやすい所を探そうと信号で止まって見てたら、後ろから声がしてびっくりした。

「おはよう。」

振り向いてその普通より柔らかめの顔を見た。
クールに見えるけど、ちょっとだけ日差しが当たってるような温度のあるホッとする顔。

「おはよう。タイミングが合ったんだね。」

「うん、すぐにわかった。」

横に来てすぐに手をつながれた。

やっぱりあの頃はかなりクールに見えてただけで、内心苦手だなあとか、どうしようとか思ってたんだろうか?
横顔を見上げたら気がつかれた。


「久しぶりだなあ。」

「私も。」

パラパラと人があちこちへ向かう。

のんびり歩く人もいるし、目的の場所へ急ぐ人もいる。

明日も休みだからのんびりでもいいくらいなのに、何でこんな早い時間になったんだろうか?
お昼を食べてお茶しても夕方にもならなそう。


結局琴葉ちゃんからの連絡もなく。
私も出来ないまま。

「ねえ、伊賀君から連絡あった?」

「うん、まあ。」

「そうなんだ。」

じゃあきっと伝わってるような気がする。
気になって聞いただろう。
嘘までついてさっさと帰った後どうなったのか聞いただろう。
私なら気になるから。

チケットを買って入る。
広いから入り口のゲートを過ぎたらバラバラになり、のんびりと歩けるし、ゆっくり見れる。


「研修の後、どこ観光したの?」

「近くの神社とお土産の商店街と、あと川の方に行っただけだよ。荷物を預かってくれるお店があって、そこから歩ける範囲。」

「二人で違う方に歩いて行ってるのは知ってた。見てたから。」

「うん。みんなさっさと電車に乗ってたよね。他にも男の子三人組には会って、おんなじ所辺りを回ってたと思うよ。」


私が見下ろされてる。
正面には見られるべきゴリラがいますが。

「妹さんと約束してたんだよね。彼女のところに急いで帰るんだろうなあって、あの時は思ってた。他にもそんな人はいるんだろうなあって。」

「普通にまっすぐ帰って洗濯しただけだよ。妹に会ったのは次の日のお昼に少しだけだったし。」

「そうだったんだ。」

知らない内に勝手に思い込んでる事ってあるらしい。

「仲良しなんだね。」

「普通だよ。」

癖のように言う。
否定したい時に使うような気がする。
そんなことないよ、普通だけど・・・・・って否定したい時に。

「ゴリラはみんなB型なんだって。」

正面のゴリラを見る。そう今はゴリラです。

「協調性ありそうだよね、二面性もなさそうだし、そんな厄介な性格にも見えない。」

「B型は協調性あるし、必ず二面性が悪い訳じゃないし、別に厄介じゃないよ。」

そう言った言葉にはハッキリと自己弁護という冠がついたらしい。

「あ、もしかしてB型?ゴリラと一緒?」

「B型です。別にゴリラとお揃いはどうでもいいけど。」

「そうなんだ。家はみんなA型だからよく分からない。そうなんだ、なるほど、B型ねえ。」

「そんなに納得するところ?」

「いや、・・・・・・・ついでに誕生日も教えてもらおうかなって、そう思って後ひいてただけ。・・・いつ?」

ゴリラからこっちを見る。普通の顔で。

「八月八日。」

「覚えやすい、七夕+1ね。夏休みだったんだ。学校でおめでとうじゃないんだ。」

「皆お休みだから友達が集まってくれるの。たいていそんな感じだった。」

「良かったね。」

ゴリラはひたすら腕の毛繕い中。
距離があるから見ている私達ともお互い干渉はしない。
自分の血液型にも興味はないと思う。

「ゴリラってうんち投げなかった?」

「そんなタイプじゃないみたいだよね。おしゃれなんじゃない?さっきから飽きもせずに身だしなみ整えてる。」

「筋肉ありそうだし、飛びそうだよね。」

「ここは確実に当たる距離だね。」

二人で顔を見合わせて同じような想像をしたんだと思う。

「次に行こうか?」

そう言って手をつないで歩く。
さっきまでその手は肩にあった。

ちょうどいい身長差できっと手も置きやすいんだろう。
その間、私の手は明らかに放置されてたけど、ちょっと動かすと近寄った体に当たるから、大人しくしていた。



榎木田君の誕生日は四月で研修中に終わっていたらしい。
可哀想に。
毎年このパターンだったと言う。
仲良くなる前に過ぎ去ってしまっていたパターン。

「じゃあ、来年楽しみにしててね。覚えてるから。」

そう言ったら多分、うれしいって表情だったと思う。
薄い顔だけど、かなり表情が出たから。


今なら分かる。緊張してる時の無表情が不愛想な感じに見えること。

でも昨日も伊賀君にはそんな感じだったけど。
琴葉ちゃんはそんな表情を返されても、ひるまずに話しかけられるタイプだから。
私なんて、本当に会話にならないと思ってすぐに諦めたのに。


動物園は広い。動物の種類も多い、餌もいろいろ。
そして生き物だから、動物園が休みでも飼育員のスタッフには休みはない。

誰もいない日に世話をしてるってどんな感じだろう。
でも動物のリズムは同じだから、いつもと同じ時間に出勤なんだよなあ。
なんだか凄く大変。
そして春の出産ラッシュなんて当たり年になったら、もう連日徹夜ってことになりそう。
生まれたら元気に育つか心配だし・・・・・・。

グルグルと時々園内マップを見ながら、多分全部のエリアを回った気がする。
お昼過ぎてお腹もすいた。

動物園を出て食事に行くことにした。
ずっと手をつながれてる。

何でだろう?
癖なんだろうか?
さすがに妹さんとつなぐことはないだろうけど、ずっと彼女とはつなぎたいタイプなのかもしれない。

彼女・・・・・って訳ではないけど。


「仕事大変?」

「そんなに。今のところトラブルも起こってないから。これで誰かがウィルスを引き込んだりすると途端に仕事が増えそうだけど。」

「もともとシステムが希望だったの?」

「そうだよ。それくらいしかできないし、適性もそんなとこくらい。」

「ねえ、パソコンの調子が悪い時とか相談していいの?」

「もちろん、電話貰えばすぐに対応することになってるよ。」

「違うの、自分の個人の、自宅のパソコン。」

「ああ・・・・それももちろん。たいてい何とかなるかも。」

「じゃあ、その時はお願いします。」

「うん、どうぞ。」

料理を食べながら、話をしながら。
大きなオムライスだったけど随分歩いてお腹空いていて、いつの間にか皿は綺麗になっていた。

「美味しかった。」

「ごちそうさまでした。」

時計を見る。まだ二時過ぎだった。
お店を見回してももうピークも過ぎて混んでない。
少しはゆっくりしてもいいみたい。


「ねえ、琴葉ちゃんは可愛いと思わない?私は一番かわいいと思ってるし、他の男子に彼氏の存在を探られた事もあるよ。」

「ああ・・・・そうだね。なんだか自分のスペースにするりと入ってきそう。」

顔の話をしたのに、そこには反応してくれなかった?
でもそうだねって言った。
誰の目にも可愛いさは変わらない。
もし琴葉ちゃんが山縣先輩の下についたらもっと社内がざわついたかも。
私じゃあ・・・・ね。

「あ、今、何か特別な質問だった?」

時間差でピンと来たらしい。

「ううん、ただそう思ったから、もし私が男だったら好きになるだろうなあって。」

「女性から見た女性と男性から見た女性は違うかもしれないよ。伊賀も一緒によからぬことを計画してても、単純に楽しめる相手ってことだと思うし。」

それは琴葉ちゃんには彼氏がいるから。

「伊賀は大瑠璃さんのことも褒めてたよ。可愛いし元気で、一緒にいて楽しそうだって。」

ちょっと違うと思う。元気で楽しいって言われた時点で何か違うと思う。
それは飛び跳ねる子犬が元気で可愛いのと同じことだ。
あえて言い返したりはしないけど、照れるほどの情報でもない気がした。

「ねえ、大瑠璃さんって名前をちょっと短くしていい?瑠璃さん。下の名前はちょっと無理そうだから、上の名前を名前風に。」

『瑠璃』さん?
呼ばれたことないから、今ひとつピンとこない。

「ダメかな?変?」

「大丈夫。初めて言われたから、自分の耳が馴染むのに時間がかかるかも。」

「そう?可愛いよね。響きは綺麗だし。」


「ありがとう。」

携帯を出して調べてる。

「光が入るときれいだし、『オオルリ』って鳥も綺麗だね。」

もはや全然関係ない色の話。
私も結構好きな色だったりするけど、似合うかどうかは難しい色でなかなか持ってない色だったりする。小さなアクセサリーなら、というところだ。

「榎木田君の『海里』は?」

残念、ただ距離の単位としか出てこなかった。

「『カイリ』も響きはカッコイイよ。似合ってると思う。」

そう言って携帯を真ん中にして見つめ合って。
本当に顔が近くてびっくりした。
急いで体を戻した二人。

お互い名前で褒め合ってしまう。
その前は琴葉ちゃんの可愛さについて話してたのに。
微妙に可愛さの主役が名前にスライドした?

「エマちゃんはどんな字を書くの?」

「絵麻だよ。」

テーブルに書いて教えてくれた。
海も距離も単位も、多分関係ない。


本当にぼつぼつと席が空いてる。
今から入ってくる人はほとんどデザートの人。
ゆったりとくつろぎ過ぎて随分時間が経っていた。

ゆっくりといろんな話をした。

最初の印象よりは本当によく喋ってくれる。

本当に『普通』の反応になってくれた。

聞いてる私も自分が凄く笑顔でいることに気がついてちょっと恥ずかしくなった。


「今日はゆっくりでも大丈夫?」

「うん。明日は休みだし。」

「じゃあ、お酒に付き合わない?」

「いいよ。」

「まだまだ時間が早いから、散歩してそっちを目指さない?」


そう言われて、やっとランチのお店を出た。

「お酒をご馳走するから、ここは任せてもいい?」

お酒の方が高いんじゃないかと思う。
だからここをお願いされた気がする。

ランチ二人分なんて本当に大きな顔して驕るなんて言えない金額だから。
でも言われた通りに私が払った。

「じゃあ、美味しいお酒を大切にご馳走になります。」

「うん、美味しいと思う。」

「場所は決めてるの?」

「うん、気に入ってるところなんだ。」


それは誰と行ったところなんだろう。
初めてじゃないって事らしい。

「お腹いっぱい。」

そう言ってため息をつくふりで、無駄な考えを吐きだした。


緩い下り坂を下って、歩く。
手をつないでゆっくり。

隣の駅からさらに隣の駅へ。

もう随分前に来て以来。
それでも年に一度はテレビで見る通りに入る。
そこに来るまでも随分と変わっていた。
通りが綺麗になり、おしゃれなお店が並び、外国からの旅行客が随分といる。

懐かしい通りは半分くらいはそのままだった。

変らないところはある。


キョロキョロとしながら、いろんな人にぶつからないように。


「外人さんの観光客が多い。」

「そうだね。びっくりだよね。久しぶりに来たらこうなってたんだって感じ。」



「この先は歩いたことない。まだ歩く?」

「ううん、電車に乗ろう。」

遠いのか、近いのかもわからない。どこに行くのだろう?

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