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1 違和感しかない

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『・・・姉上。
・・・・・・姉上、ねぇ、目を開けて。
お願いだから・・・僕を見てよ、姉上』

薄暗くて何も無い、広いだけの空間に、何処からか響いてくる悲痛な叫び声。

よく目を凝らして周囲を見ると、遥か遠くに、蹲って震えている小さな背中。


───ああ、レイが泣いている。

私の可愛いレイモンドが、泣いている。
早く行かなくちゃ。
抱きしめて、慰めてあげなくちゃ。

・・・・・・あれ?

違う。
何かがおかしい。

レイモンドはもう、あんなに小さくなかったはずなのだ。
それに、私はもうずっと前から、レイモンドに避けられていたじゃないか。
嫌われていたじゃないか。

そうでしょう?

・・・・・・・・・・・・レイ・・・・・・?



「・・・っ姉上!!
ああ、良かったっ!
やっと目覚めたのですね!!」

ゆっくりと意識が浮上して、目を開けると、見慣れた自室のベッドの天蓋がぼんやり見えた。
窓から差し込む光が、いつもよりずっと眩しく感じて、眉根を寄せて目を細める。

私の手を痛いくらいに強く握った義弟のレイモンドは、泣き腫らしたような真っ赤な目をしていて、頬に沢山の涙の跡があった。
久し振りに正面からしっかりと見た彼の顔は、記憶の中よりもずっと成長していて精悍さが増し、小さな男の子から男性へと変貌を遂げていた。
握られた手も、大きくて硬い。
まるで知らない男の人みたいで、なんだか緊張する。

───彼は何故泣いていたのだろう?

涙の跡を拭ってあげたかったのに、身体中が鉛の様に重たくて、指一本を動かすのにも苦労するくらいだ。


「・・・レ・・・・・・ゲホッ!ごほっ!!」

レイモンドの名を呼ぼうとするが、喉が渇いて張り付いたようになり、声を出す事すら思う様に出来ない。
私はどうしてしまったのだろうか?

「ああ、姉上、無理しないでください。
今、水を・・・・・・」

レイモンドは私を支えて上半身を起こすと、優しく背中をさする。
水差しからコップに水を注いで、手渡した。

「さあ、慌てないで、ゆっくり飲んで下さいね」

彼の言いつけ通り、少しづつ口腔内を湿らせる様に、ゆっくりと水を飲み込む。
カラカラに渇いた身体にじんわりと水分が染み込んでいく感覚が心地良い。

「あ・・・、ありがとう、レイモンド」

漸く少しだけ声が出せる様になり、お礼を言うと、彼は蕩ける様な甘い微笑みを浮かべた。

私の頬に張り付いた長い髪を、レイモンドの無骨な指が掬い上げて、丁寧に耳にかける。
彼は私の手を再び握ると、まるで愛しい者を見る様な眼差しを向けて来る。

「本当に良かった。
目覚めなかったら、どうしようかと・・・・・・。
貴女が居なくなったら、僕は生きて行けません」

震える声でそう言ったレイモンドの瞳には、再び薄っすら涙が滲む。

どういう事なのだろうか。

何が起きてるの?
何故そんな目で、私を見るの?
何故そんな顔をするの?

「大袈裟・・・・・・」

「大袈裟ではありません!!
貴女、突然倒れて、一週間も意識が無かったんですよ!?
僕達がどんなに心配したか・・・!!」

「一週間も・・・・・・?」

自分が意識を失った時の事を、ジワジワと思い出してきた。

「ああ、そうか。
心配掛けて、ごめんなさい。
ところでレイモンド、その・・・、手を、そろそろ離してくれないかしら?」

目覚めてから、水を貰った時以外はずっと、レイモンドに手を握られている。

「・・・済みません。
姉上が生きているって実感したくて、つい・・・。
もしかして、僕に触れられるのは嫌でしたか?」

レイモンドの瞳に絶望の色が浮かぶ。
私は戸惑いながらも口を開いた。

「・・・・・・?
嫌、では、無いけど・・・・・・」

その答えに、レイモンドの表情がパッと明るくなる。

「では、もう少し、このままで」

満面の笑みで、私の手を両手で優しく包んだ。


───違和感が凄い。
いや、寧ろ違和感しか無い。

レイモンドは、もっと私に冷たかった筈だ。
それに〝姉上〟って呼び方も・・・


そう呼んでくれたのは、出会った頃のほんの短い期間だけで、その後はずっと〝キャサリン様〟と呼ばれていたのだ。
久し振りに〝姉上〟と呼ばれていたせいで、子供の頃のレイモンドが夢に出てきたらしい。


───あの頃のレイモンドは、本当に天使のように可愛かったわ。
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