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10歳

86ページ:気持ちと立場と諦めと

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「シエル、ちょっといいかな」

 マズルを辺境に送ってから10日後、アル兄様が私の部屋に訪れた。

 いくら従兄といえど、未婚の男女が2人きりで、部屋にいることは褒められたことではない。

 だけど、私は平気で扉を閉めた。
私が本気になれば、アル兄様を拘束することは出来るし、ノワールたちもいる。
 それに、兄様はそこまで愚かではない、と思う。

「どうぞ、アル兄様」

「この部屋に入るのは、学園を卒業した時以来だな」

 ソファーに腰掛けながら、アル兄様は部屋の中を見渡した。

 あの頃から部屋の雰囲気は変わってないと思う。

 私は自分の部屋で魔法具を作ったりするけど、部屋の中にその道具を置いたりしない。
 侍女たちが掃除に入るから、見られて困る物や触られて困る物は置いていない。

 だから、ドレスのサイズが大きくなった程度で、5歳の頃とほとんど変わらない部屋だ。

「決められたのですか?」

 アル兄様が私に話があるということは、シャンティーヌ様と婚約するにしろ、身分を捨てるにしろ、気持ちが決まったということだろう。

「ああ。シャンティーヌ嬢と婚約し、1年後に結婚する」

「そうですか。おめでとうございますと言っても?」

「複雑な気持ちだよ。シエル。僕は本当に君のことが好きだったんだ。5年間、ずっと君だけを見てきた」

「アル兄様の気持ちを疑ったことなどありません。私を想っていてくれたことも、本当にありがたいと思っています。その気持ちにお応えすることはできませんでしたけど、アル兄様のことを大切な気持ちに変わりはありません」

 気持ちに応えてあげられたら良かったのだろうけど、人を好きな気持ちは理屈ではない。

 政略結婚だと割り切ることはできても、恋愛感情を偽ることは出来ない。

「ずっと、決断がつかなかった。こんなに好きなのに、他の女性を妻にできるのかって。でも僕は、僕を残して死んでしまった父上や母上の気持ちも、僕が後を継ぐまで国王になってくれた叔父上の気持ちも、それから、ずっと婚約者候補として僕の決断を待ってくれていたシャンティーヌ嬢の気持ちも、無視することはできない」

「それで良いと思います。少なくとも、そう決められたアル兄様の気持ちを、私は尊重したいと思います」

「ありがとう、シエル。最後に・・・抱きしめても良いだろうか」

 抱きしめるくらい、どんとこい!である。
 キスしたいとかは、さすがにどうかと思うが、ハグくらいは家族ならすることだ。

 私は大人しく、アル兄様に抱きしめられた。

「シエル・・・」

 しばらく私を抱きしめていたアル兄様だけど、その体を離した時、その表情は王太子のソレになっていたー



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