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第11話 ロッテ・ブラウン男爵令嬢

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『卒業までにダルロが、ロッテ・ブラウン男爵令嬢が自分の婚約者のロクサーヌ・クライスト公爵令嬢だと気付かなければ婚約は王族側の責として解消される』



 通常ならば成り立たない条件である。

 普通、長年の婚約者に――幾ら姿を変えていたといっても――全く気付かないことがあるだろうか。

 そう思っていたロクサーヌの思惑は外れた。



「ロッテ・ブラウン男爵令嬢です。家庭の都合でひと月だけの編入となります。よろしくお願いします」

 白い魔導具カチューシャにより銀の髪はふわふわの桃色の髪になり、瞳は水色、顔立ちも幾分和らいで見え、ぱっと見、この姿からロクサーヌを連想するのは難しいだろう。

(流石です。エトワール様)

 開発者のエトワールを内心褒めてざっと見渡す教室内に ケイト・サンディ子爵令嬢の姿はなく、ほっと息を付いた時――ダルロの姿が目に入った。

(ああ、やっぱり)

 同じ教室にいないとこの賭けを成り立たせるのは難しいだろう。

「やあ」

 信じられないほど気さくに声を掛けられ、『ロッテ』はとっさに固まってしまった。

「……殿下」

 ロクサーヌはこの件を家族以外には知らせていなかった。 

 勿論公平を期すためである。

 だからセリーヌもケイトも知らない。

 ロクサーヌ・クライスト公爵令嬢は現在、体調を崩し、療養のため領地へ滞在していることになっている。

 何故か背筋にぞっとするものを感じてロクサーヌはふっと遠くを見た。

友人セリーヌには話しておいていた方がよかったかしら) 

「また会えるとは思っていなかったな」

 それ以上はマズい。

 例の『事件』に関しては箝口令が敷かれている。

 そのことはダルロも知っているはずだ。

 ロッテ(ロクサーヌ)は慌ててその先を遮った。

「殿下には初めまして。ロッテ・ブラウン男爵令嬢です。よろしくお願いします」

 ちなみにロクサーヌがダルロに初めて会った時の挨拶はこうである。
 
『殿下にはご機嫌麗しく。初にお目に掛けます。ロクサーヌ・クライスト公爵令嬢にございます。幾久しくお願い申し上げます』

 流石に『幾久しく』は必要ないと思うがそれでも固い。

 できるだけ砕けて聞こえるようにしたがどうだろうか。

 そんなことを思っていると、

「ああ。よろしく頼む。ダルロ・エリオット・シーズクリーストだ」

 どうやら不審には思われなかったようだ。

 席はダルロから一つ置いたところになった。

 ダルロの隣は父親が騎士団に所属しているという貴族令息である。

 ダルロも一応王族のため、隣り合った席にはある程度武の嗜みがある令息が宛がわれている。

 それまではそのことに対し何の異論もなかったと聞く。

「ラッシュ。ロッテと席を交換してくれないか?」

 だから次の休み時間、ダルロからそう言われたことにロッテは驚いた。

「ですが――」

 下位貴族とはいえ、護衛の任を与えられているのだ。当然納得など出来るものではない。

 場の空気を変えるため、ロッテは殊更明るい口調で問い掛けた。

「どうしてですか?」

「いや。ロッテは俺と隣の席になりたくないのか?」

 予想はしていたがこの台詞に教室内が微妙な空気になった。

 あの時ダルロとはそれほど会話をした記憶はない。

 だが短いあの時間でロッテはダルロのお気に入り認定されたらしい。

「殿下。お気持ちはとても嬉しいのですが、殿下は王族にございます。民の模範となるべき方が私情で護衛を遠ざけてはいけないと思います」

「俺はそんなつもりは――」

「殿下の意向はどうあれ、そのように見えたらおしまいだと思うのですが」

 やんわりと諭してみる。

 ロクサーヌの時もそうだったが、ダルロはなかなかこうした忠告を受け取ってくれたことはなかった。

(ああ。もう終わりね)

 折角、陛下のお声掛かりで始まったことだが、ここでダルロが癇癪をおこせば『ロッテ』は用済みだろう。
 
 そんなことを持っていると、

「そうだな。そういう見方もあるのか」

(はいっ!?)

「我儘を言ったつもりではなかったが、済まなかったな」

「い、いえ。とんでもございません」

 あまりにも意外な言葉に護衛の令息も戸惑っているようだった。

(どういうこと!?)

「次の授業は――魔術実験か。班は決まっているが良ければ俺のところに入らないか?」

 ダルロが始めて見せる柔らかな笑みに、ほっとしながらもどこか引っ掛かりを覚える。

ロクサーヌにそんな笑みを見せてくれたことなんて一度もないのに)

「だめです」

「席は諦めたのだからこれ位いいだろう?」

(話、聞いてたんですか?)

 ロクサーヌだったらこの時点でキツい口調で遮って説教コースだ。
 
(ダメよ。同じことをしては)

「殿下? さっさ言いましたよね? もしかして分かってて言ってます?」

 下から見上げるようにして言うと、ダルロはんんっ、と呻いて天を仰いだ。

(――?)

「無自覚か。タチが悪――いや何でもない。分かった。ロッテと一緒の班になるのは諦めよう」

 その代わり、と続けられた言葉にロッテは固まった。

「殿下ではなく、『ダルロ』と呼んでくれ」

(は?)

 ロッテ・ブラウン男爵令嬢は下位貴族である。

 恐れ多くも王族(一応)に対しては敬意を払わなければならない。

 また王族側としてもそう簡単に付け入られる隙を作ってはならない。

 そう教えられてきたというのに。

 ロッテは説教したい、という衝動を抑え、殊更軽く断った。

「あまりにも恐れ多いので無理です。殿下」

「何故だ?」

 この時点でダルロが王宮での授業を蔑ろにしている、ということが分かった。

 ロッテはため息を堪えて告げた。

「私のような下位の貴族が殿下を名で呼ぶことは許されていません」

「そんなことは俺が決める」

「もしそうなれば、ブラウン男爵家が潰れますので止めて下さい」

「は? 何故そうなる?」

(本当に分かってない?)

 思わず王宮の講師陣に同情の念を送るロッテだった。

「もしそんなことをすればブラウン男爵家が王族と強力な伝手が出来たと思われて、上位の貴族達が群がって来ます。その中には我が家では出来ないことまで要求してくる方も居ると思います。先に言いますが一つ二つ、助けて頂いても意味がありませんから」

 言い方がきつかっただろうか。

 ロッテがそう思っているとため息が聞こえてきた。

「仕方ないな。でもこうして話す位ならいいだろう? とにかく俺は友人が少なくてな」

 それ位ならいいだろう。

 ロッテは頷いた。

「分かりました。ですが二人きり、というのは出来ませんから。それでもよろしければ」

「え、何で――ああ。誤解を生むか」

 流石にその辺は分かっているようでほっとした。

「はい」

「分かった。ロッテと話す時はこのラッシュを側に置こう」

 ほっと息をつくロッテだったが、生徒会の者――ノワールやアレス――ではないのは何故だろう、と少しばかり疑問が出た。

「肩ひじ張らない方が好きだからな」

 続いた言葉にロッテは納得した。

 確かにノワールやアレスは側近だが、何だかんだ言って二人共優秀な部類に入る。

 ダルロにとっては劣等感を煽られる存在なのだろう。

(てっきりお気に入りだと思っていたのだけれど)

 教室が違うからロクサーヌには分からなかった。

 そんなこともあるのね、とひとり納得したロッテだったが、この先更にややこしいことになるとは微塵にも思っていなかった。




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