俺があいつをいじめていた理由は絶対誰にも分からない

神崎 ルナ

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第十話 文化祭

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 それから俺の雰囲気が変わった、と言う奴が増えた。

 何言ってんだか。俺はいつも通りだ。

 さてと次の課題は風景画か。どこで描くか。

 こういった絶景ポイントはちょっと検索すれば出てくるが、やはり実際に行ってみないと分からない。

 以前やっきになって調べておいた場所に画材を持って行く。

 山並みがよく見えるこの場所は紅葉スポットだったが、十月の始めなので紅葉にはまだ早く人はまばらだった。

 それでもある程度は人はいて、構図を考えながらついでにスマホでも撮っておく。

 別にこれを写す訳ではないが、念のためだ。

 情報量は多い方がいいからな。

 さて、と頭の中をまっさらにしてスケッチブックに向かう。

 すでに取り易いところに配置してあるH6からB4までの鉛筆から、一番薄い色のH6を手に取る。

 始めるか。

 無音の世界が俺の前に広がった。

 最初は形を色を目の前の景色から抜き出すことだけに夢中になっていた俺は、ふと顔を上げた。

 さっきはいない人物が入り込んでいる。

 元々描いていた方にはその場所に人はいなかったのだから、そのままでいいのだが、としばらく思案を巡らせた俺は鉛筆を置いた。

 ってことかよ。

 今さっきまで描いていたページはなかったことにして、新しい真っ白なページを出す。

 この景色を思い浮かべろ。

 紅葉の直前の山々は夏の終わりと秋の始まりを前に淡い境界線を保っているようだった。

 そこに訪れる人物。

 彼は何を思ってここへ来たのか。

 今は午後の早い時間だ。

 年の頃は四十代くらいだろう。

 平日の今日、彼に何があったのか。

 出張の帰りか、それとも遠方の取引先との打ち合わせが早めに終わったのか。それとも――

 頭の中でこと細かに彼の人物設定を予想する。

 まとまったところでスケッチブックに鉛筆を乗せた。

 この景色と男性の心情を合わせるなら――

 もう俺の頭の中には課題のことも成績のこともすっかり消えていた。



 結論から言うと課題はクリアしたし、評価は上がった。

 少しだが。

 不満だったが他の奴らの作品にようやく追いついたかどうかというレベルなので文句の言いようがない。

「少しは自分のスタンスが出て来たかな」

 教授にはそう評された。

 これ以上何が足りないってんだ。

 そんな俺の姿を見て何と思ったのか教授はある高校の文化祭のチケットをくれた。

「ちょうどいい。貰ったんだが日程が合わなくてね。気晴らしにでも行ってみなさい。そこには美術部もあるしね」

 何で、と思ったが一応受け取っておいた。

 場所を見るとこの美大からそう遠くないところにあった。

 スケジュールは調整すれば何とかなったので流れに乗って行ってみることにした。

 まあ付き合いってのも大切だよな。

 決してボッチな訳ではない。



 ――当日。

 曇り空の下、俺は文化祭に来ていた。

 できるだけ場に溶け込めるようにカジュアルな服装を心掛けてきたんだが、しくったか。

『お兄さん、手を出して。手相を見てあげるよ』

 ふふ、と笑う黒いフード付きのマントを被った占い師風の女性に捕まりそうになったり、

『かわいいメイドとかっこいい執事のいる2B喫茶は今日限りだよ!! そこのお兄さんどうかな?』

 と腕を掴まれそうになる度に握った拳のやり場に迷った(マジで)。

 俺は高校生には興味ないんだよ。

 というかもしかして同じ年位に思われてんのか。

 何とか穏便に対処して美術部の展示を探す。

 それは校舎の端の教室を使い、それほど活発ではないのか人もまばらで静かな空間だった。

 展示された水彩画や油絵がなければ空き教室に迷い込んだのかと思うくらいだ。

 だが校舎内の喧噪に疲れた俺にはこれ位の方が心地よかった。
 
 とりあえず手近な展示物に近付く。

 ふむ。街の光景を水彩画で表したか。少しデッサンが荒いな。色の塗りが雑味がある。もしかして時間に追われて仕上げたのか。

 別にバカにする訳じゃないが、美大でハイレベルな作品ばかり目にしてきた俺にはその素人臭さが素朴に思えて逆にほっとした。

 こんなに肩の力を抜いて絵を鑑賞するなんて久しぶりな気がするな。

 次は静物か。陰影がイマイチだな。だがこういう彩色は悪くない。

 プチ評価をつけながら見て回り、ある一点の油絵の前で俺は、あることに気付かされた。

 それは山々の景色を切り取った風景画で画力はそれほどではない。

 だが、空の色に力が込められているように感じた。

 もう一度言うが決して上手くはない。

 もし描いた本人が目の前にいたら画家になるのは諦めろ、という位だ。

 そんな絵のどこが俺に感銘を与えたのかというと、ただ一つだけ。

 何度も走る絵筆の跡は紺に近い青に澄み切った空の上を力強く残して、この絵の作者がここだけは、と力を込めて描いたのがよく分かる絵だった。

 まるで自分はここにいる、と訴えているかのように。

 これだ、と思った。

 俺は急いで帰宅し、画材を取り出した。

 




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