10 / 13
第十話 文化祭
しおりを挟む
それから俺の雰囲気が変わった、と言う奴が増えた。
何言ってんだか。俺はいつも通りだ。
さてと次の課題は風景画か。どこで描くか。
こういった絶景ポイントはちょっと検索すれば出てくるが、やはり実際に行ってみないと分からない。
以前やっきになって調べておいた場所に画材を持って行く。
山並みがよく見えるこの場所は紅葉スポットだったが、十月の始めなので紅葉にはまだ早く人はまばらだった。
それでもある程度は人はいて、構図を考えながらついでにスマホでも撮っておく。
別にこれを写す訳ではないが、念のためだ。
情報量は多い方がいいからな。
さて、と頭の中をまっさらにしてスケッチブックに向かう。
すでに取り易いところに配置してあるH6からB4までの鉛筆から、一番薄い色のH6を手に取る。
始めるか。
無音の世界が俺の前に広がった。
最初は形を色を目の前の景色から抜き出すことだけに夢中になっていた俺は、ふと顔を上げた。
さっきはいない人物が入り込んでいる。
元々描いていた方にはその場所に人はいなかったのだから、そのままでいいのだが、としばらく思案を巡らせた俺は鉛筆を置いた。
ってことかよ。
今さっきまで描いていたページはなかったことにして、新しい真っ白なページを出す。
この景色を思い浮かべろ。
紅葉の直前の山々は夏の終わりと秋の始まりを前に淡い境界線を保っているようだった。
そこに訪れる人物。
彼は何を思ってここへ来たのか。
今は午後の早い時間だ。
年の頃は四十代くらいだろう。
平日の今日、彼に何があったのか。
出張の帰りか、それとも遠方の取引先との打ち合わせが早めに終わったのか。それとも――
頭の中でこと細かに彼の人物設定を予想する。
まとまったところでスケッチブックに鉛筆を乗せた。
この景色と男性の心情を合わせるなら――
もう俺の頭の中には課題のことも成績のこともすっかり消えていた。
結論から言うと課題はクリアしたし、評価は上がった。
少しだが。
不満だったが他の奴らの作品にようやく追いついたかどうかというレベルなので文句の言いようがない。
「少しは自分のスタンスが出て来たかな」
教授にはそう評された。
これ以上何が足りないってんだ。
そんな俺の姿を見て何と思ったのか教授はある高校の文化祭のチケットをくれた。
「ちょうどいい。貰ったんだが日程が合わなくてね。気晴らしにでも行ってみなさい。そこには美術部もあるしね」
何で、と思ったが一応受け取っておいた。
場所を見るとこの美大からそう遠くないところにあった。
スケジュールは調整すれば何とかなったので流れに乗って行ってみることにした。
まあ付き合いってのも大切だよな。
決してボッチな訳ではない。
――当日。
曇り空の下、俺は文化祭に来ていた。
できるだけ場に溶け込めるようにカジュアルな服装を心掛けてきたんだが、しくったか。
『お兄さん、手を出して。手相を見てあげるよ』
ふふ、と笑う黒いフード付きのマントを被った占い師風の女性に捕まりそうになったり、
『かわいいメイドとかっこいい執事のいる2B喫茶は今日限りだよ!! そこのお兄さんどうかな?』
と腕を掴まれそうになる度に握った拳のやり場に迷った(マジで)。
俺は高校生には興味ないんだよ。
というかもしかして同じ年位に思われてんのか。
何とか穏便に対処して美術部の展示を探す。
それは校舎の端の教室を使い、それほど活発ではないのか人もまばらで静かな空間だった。
展示された水彩画や油絵がなければ空き教室に迷い込んだのかと思うくらいだ。
だが校舎内の喧噪に疲れた俺にはこれ位の方が心地よかった。
とりあえず手近な展示物に近付く。
ふむ。街の光景を水彩画で表したか。少しデッサンが荒いな。色の塗りが雑味がある。もしかして時間に追われて仕上げたのか。
別にバカにする訳じゃないが、美大でハイレベルな作品ばかり目にしてきた俺にはその素人臭さが素朴に思えて逆にほっとした。
こんなに肩の力を抜いて絵を鑑賞するなんて久しぶりな気がするな。
次は静物か。陰影がイマイチだな。だがこういう彩色は悪くない。
プチ評価をつけながら見て回り、ある一点の油絵の前で俺は、あることに気付かされた。
それは山々の景色を切り取った風景画で画力はそれほどではない。
だが、空の色に力が込められているように感じた。
もう一度言うが決して上手くはない。
もし描いた本人が目の前にいたら画家になるのは諦めろ、という位だ。
そんな絵のどこが俺に感銘を与えたのかというと、ただ一つだけ。
何度も走る絵筆の跡は紺に近い青に澄み切った空の上を力強く残して、この絵の作者がここだけは、と力を込めて描いたのがよく分かる絵だった。
まるで自分はここにいる、と訴えているかのように。
これだ、と思った。
俺は急いで帰宅し、画材を取り出した。
何言ってんだか。俺はいつも通りだ。
さてと次の課題は風景画か。どこで描くか。
こういった絶景ポイントはちょっと検索すれば出てくるが、やはり実際に行ってみないと分からない。
以前やっきになって調べておいた場所に画材を持って行く。
山並みがよく見えるこの場所は紅葉スポットだったが、十月の始めなので紅葉にはまだ早く人はまばらだった。
それでもある程度は人はいて、構図を考えながらついでにスマホでも撮っておく。
別にこれを写す訳ではないが、念のためだ。
情報量は多い方がいいからな。
さて、と頭の中をまっさらにしてスケッチブックに向かう。
すでに取り易いところに配置してあるH6からB4までの鉛筆から、一番薄い色のH6を手に取る。
始めるか。
無音の世界が俺の前に広がった。
最初は形を色を目の前の景色から抜き出すことだけに夢中になっていた俺は、ふと顔を上げた。
さっきはいない人物が入り込んでいる。
元々描いていた方にはその場所に人はいなかったのだから、そのままでいいのだが、としばらく思案を巡らせた俺は鉛筆を置いた。
ってことかよ。
今さっきまで描いていたページはなかったことにして、新しい真っ白なページを出す。
この景色を思い浮かべろ。
紅葉の直前の山々は夏の終わりと秋の始まりを前に淡い境界線を保っているようだった。
そこに訪れる人物。
彼は何を思ってここへ来たのか。
今は午後の早い時間だ。
年の頃は四十代くらいだろう。
平日の今日、彼に何があったのか。
出張の帰りか、それとも遠方の取引先との打ち合わせが早めに終わったのか。それとも――
頭の中でこと細かに彼の人物設定を予想する。
まとまったところでスケッチブックに鉛筆を乗せた。
この景色と男性の心情を合わせるなら――
もう俺の頭の中には課題のことも成績のこともすっかり消えていた。
結論から言うと課題はクリアしたし、評価は上がった。
少しだが。
不満だったが他の奴らの作品にようやく追いついたかどうかというレベルなので文句の言いようがない。
「少しは自分のスタンスが出て来たかな」
教授にはそう評された。
これ以上何が足りないってんだ。
そんな俺の姿を見て何と思ったのか教授はある高校の文化祭のチケットをくれた。
「ちょうどいい。貰ったんだが日程が合わなくてね。気晴らしにでも行ってみなさい。そこには美術部もあるしね」
何で、と思ったが一応受け取っておいた。
場所を見るとこの美大からそう遠くないところにあった。
スケジュールは調整すれば何とかなったので流れに乗って行ってみることにした。
まあ付き合いってのも大切だよな。
決してボッチな訳ではない。
――当日。
曇り空の下、俺は文化祭に来ていた。
できるだけ場に溶け込めるようにカジュアルな服装を心掛けてきたんだが、しくったか。
『お兄さん、手を出して。手相を見てあげるよ』
ふふ、と笑う黒いフード付きのマントを被った占い師風の女性に捕まりそうになったり、
『かわいいメイドとかっこいい執事のいる2B喫茶は今日限りだよ!! そこのお兄さんどうかな?』
と腕を掴まれそうになる度に握った拳のやり場に迷った(マジで)。
俺は高校生には興味ないんだよ。
というかもしかして同じ年位に思われてんのか。
何とか穏便に対処して美術部の展示を探す。
それは校舎の端の教室を使い、それほど活発ではないのか人もまばらで静かな空間だった。
展示された水彩画や油絵がなければ空き教室に迷い込んだのかと思うくらいだ。
だが校舎内の喧噪に疲れた俺にはこれ位の方が心地よかった。
とりあえず手近な展示物に近付く。
ふむ。街の光景を水彩画で表したか。少しデッサンが荒いな。色の塗りが雑味がある。もしかして時間に追われて仕上げたのか。
別にバカにする訳じゃないが、美大でハイレベルな作品ばかり目にしてきた俺にはその素人臭さが素朴に思えて逆にほっとした。
こんなに肩の力を抜いて絵を鑑賞するなんて久しぶりな気がするな。
次は静物か。陰影がイマイチだな。だがこういう彩色は悪くない。
プチ評価をつけながら見て回り、ある一点の油絵の前で俺は、あることに気付かされた。
それは山々の景色を切り取った風景画で画力はそれほどではない。
だが、空の色に力が込められているように感じた。
もう一度言うが決して上手くはない。
もし描いた本人が目の前にいたら画家になるのは諦めろ、という位だ。
そんな絵のどこが俺に感銘を与えたのかというと、ただ一つだけ。
何度も走る絵筆の跡は紺に近い青に澄み切った空の上を力強く残して、この絵の作者がここだけは、と力を込めて描いたのがよく分かる絵だった。
まるで自分はここにいる、と訴えているかのように。
これだ、と思った。
俺は急いで帰宅し、画材を取り出した。
20
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる