百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々

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『───ごめんな、美晴』

 …………やめて。言わないで。

『───もう、止めておこう、俺たち』

…………嫌だ。ひどい。ひどいよ。

『───本気になる前に、もう止めよう、美晴』

 ひどいよ、そんなこと言わないで。
 僕はもうとっくに、あなたに本気でした。本気だったのに。
 あなたは、違ったの……?
 僕だけがこんなに、……こんなにあなたのことを想って……

 ───行かないで…………!



「…………さ、ん……」

(………………。……あれ……?)

 ふと目が覚めると、自分の部屋のベッドの上だった。しばらく呆然として、僕はゆっくりと起き上がる。

「…………あ」

 顔中びしょびしょだ。…夢を見ながら、泣いてしまったのか。

(……なんか……、すごく久しぶりに見たな。あの日の夢……)

 最近はもう、夢も見なくなっていたのに。急にどうして……。

 あれからもう1年半以上が経つ。自分でもだいぶあの時の傷は薄れてきていると思ってた。あの人のことを思い出す時間も減ってきていたし、夜もよく眠れるようになってきていた。
 なのに……。

(昨日あんなに素敵な人と楽しい時間を過ごしたからかな)

 響さんと話題の映画を観て、美味しいランチを食べて。ずっと緊張していて辛かったけど、ランチの途中からなんだか急に打ち解けて気持ちが楽になった。響さんが面白い話をしてくれたからだ。なんとなく、遠い存在のすごい人から身近な先輩のような気楽さに変わったっていうか…。

(……ふふ。本当に楽しかったな、昨日)

 行く前はあんなに気が重かったのに、途中から本当に楽しくて。
 ……だからかな。あの人の夢なんて、また突然見てしまったのは。

(……別に、罪悪感を抱く必要なんて、少しもないんだけどね)

 たしかに、あの人のことは本気で大好きだったけど。一生この人と一緒にいたいって、本気でそう思っていたけれど。
 でも、それは僕だけだったらしくて。僕はあっさり捨てられたんだ。何の前触れもなく、突然。

「………………はぁぁ……。やだなぁ、もう…」

 なんて未練がましいんだろう、僕って。どんなに忘れようと努力してもずっと忘れられなくて、長いこと引きずった。もう大丈夫かな、と思っていたのに。

 僕は朝から深い溜息をついて自分の膝に顔をうずめた。





「…………あーー…………ヤバい……。……もうマジでヤバいマジで」

 昨日から何回思い出しただろう。美晴のあの可愛い笑顔を。

(あいつ笑うとますます可愛いじゃねぇか……。どうなってるんだ一体……)

 こんな感情を味わったことがない。早い時期から途切れることなく何人も恋人はいたし、それ以上に数え切れないほどの女と寝てきた。いや男とも。
 だけど、こんなに気持ちを揺さぶられたことはない。不覚にもときめきすぎて昨夜はほとんど眠れなかったほどだ。俺は一晩中、美晴のあの満面の笑みを思い浮かべてはベッドの上でのたうちまわっていた。

「はぁーーー……。マジで付き合いてぇ」

 早くキスしたい。あわよくばベッドに連れ込んでいちゃつきたい。どうやったら俺のこと一瞬で好きになってもらえるんだ。もう一日たりとも待ちたくねぇんだけど。
 普通にしてればこっちから動かなくてもいくらでも相手が寄ってくる人生だった。その中から気に入った男や女を適当に見繕って付き合ったり遊んだりするのが当たり前だった。苦労をしたことがない分恋愛に関する我慢強さがない俺は、早く美晴に触れたくてたまらなかった。

 だけど残念なことに、向こうはまだまるっきり俺のことをそういう対象として意識してない。今まで周りにいた連中と全く態度が違うから嫌でもそこに気付いてしまう。俺がどんなにアピールしてもサインを出してもサラッと流されてしまう。先に進める気配がない。
 俺は悶々としながら次に呼び出す口実を必死に考えていた。


 だが苦労の甲斐あってか、美晴と俺の距離は確実に縮まりつつあった。さすがに毎週末はマズいと思い、隔週ごとに呼び出しては飯に連れて行ったりちょっと出かけたりした。たまに平日の夜にも何かのついでを装って電話してみて、会えそうだったらまた食事に誘って。あくまで自然に、いや、別に会えなくても全然いいんだけどさ、まぁ暇なら出てこいよ、奢ってやるぜ、的なスタンスを貫いた。わりと親しくなったと思うのだが、美晴が少しも俺を意識しないからこっちもそういう雰囲気を出しづらい。せっかく美晴が緊張せずに俺と会話したり食事したりしてくれるようになったのに、ここで下心を見せてドン引きされたらもう終わりだ。

 どのタイミングでここから抜けだそうか。俺はかつてないほどに真剣に悩んでいた。



 ある天気のいい週末、どこかドライブにでも行こうぜ、という話になった。冬だし本当は高級温泉旅館にでも連れ込んで、二人で露天風呂に入って、美晴の浴衣姿をしっかりと堪能した後にその浴衣を剥ぎ取って熱い夜を過ごしたりしたいんだが……。ちょっと今のところ、全くそんなところに連れ込める雰囲気ではない。仲良くなったはいいが、完全にただの先輩後輩っぽいかんじになっちまった。全然ここから進めない。

「……はぁ……」
「っ?…どうしたの?響さん。なんか、今溜息ついた。……疲れてますか?」

 あ、やべ。
 助手席の美晴が少し眉をひそめてこちらを見ている。

「え?いや、全然。大丈夫だ。…仕事のことちょっと考えてた。悪ぃな」
「そうなんだ。やっぱり大変なんですね、お仕事。響さん超優秀なエリート営業マンなんでしょ?」
「お?誰が言ってたそんなこと」
「ふふ。誰っていうか、皆言ってるよ、会社の女の人たち、みんな。モテモテですよね本当」

(ならお前もときめけよ俺に。むしろお前が一番ときめいてくれよ)

「まぁなー。ありがたいことに昔からモテモテではあるな」
「あはは。何で彼女作らないんですか?響さん」

(お前が好きだからだよ!!)

「さぁなー。理想がガンガン上がっちまってるのかもなー」
「ええ、やっぱりモテる人ってそうなっちゃうのかな。響さんの好みってどんな人なんですか?」

 ……お。これ、なんかちょっといい流れじゃないか?ハンドルを握り前を向いたまま、あくまでさりげなく話す。

「俺はなー、スレてなさそうな純粋そうな子が好きなんだよな」
「へぇ。なんか意外です」
「控えめで大人しめな子が好き」
「へぇ。ホントに意外…」
「…髪とか染めてなくて、黒髪が綺麗だとなおいい。休日に家にこもって料理したり掃除したりしててさ。そういう家庭的な雰囲気の子がドストライクなわけよ」
「あははっ!なんか響さんと真逆なイメージですね」

(お前だよお前!!早く気付け!このタコ!!)

「だろ?人は自分にないもの、もしくは自分が失っちまったものを求めるんだよ」
「ふふふふ…」

 あー、笑顔がたまらん。可愛い。

「…で?そういうお前はどんなヤツが好きなんだよ」
「……っ、……え」

 自分の好きなタイプもアピールしたかったけど、俺が知りたいのはむしろこっちだ。



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