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鳥籠編【塩期間編】(読まなくても問題ありません)
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貴族としての教養は、淑女としてのそれはきちんとできている。
きっとその考え方も、己の律し方もそれなりにできるのだろう。しかし、その裏で何を考えているのかはよくわからない。
持ち込んだ仕事の書類を眺めながら、俺は薄ら笑いを浮かべていた。
あれが男で、政敵であったなら苦労するだろうな、と。
しかし女で、他国の者だ。関わる必要はおそらく、ここでしかない。
セレンの話を聞いて、俺が納得したらもう会う事はほぼ、ないだろう。あったとしても、夜会ですれ違う程度だ。
国の貴族どもからの正妃だなんだというのが煩わしく、長期で外交を入れた。
城にいる時間は短くなり、他国を見て回るのは面白いものもあれば、そうでないものもある。
その終わりに、リヒテールのセレンの様子を見に来て。
どうして傍にいなかったのかと後悔をした。
そう、あの女がいう事も確かに、正しいのだ。
あれはまだ、己の本心を出さずあった事だけ口にしている。
本当に、あの女は何もしていないのか。それが知りたい。
しかし、何もしなかったからこそ、もう一人の女が調子にのったのだろう。
今、あの学園でもっとも高貴な存在は、女ではあの女だったのだ。それを頂点としてつくられなければいけないはずが、それがなかったのだ。
俺の諜報は優秀だ。調べて持ってきた報告に間違いはないのだろう。
セレンはあの学園に入り、友人もできていた。
しかし、リヒテールの王子に声をかけられ、気に入られる。他にも、王子と共に過ごしていた者達とも仲良くなったようだ。
そして、セレンはリヒテールの王子と通じ合った。
それからしばらくして、心無い噂や嫌がらせ。仲良い友人であったはずの者達も距離を取り始める。
そして、孤立。
その裏には、どこぞの侯爵家の娘がいたようだ。その娘は巧みに言葉使って、王子の取り巻き達を籠絡していく。他にも女達を使って嫌がらせをしていた。
セレンはそれにも耐えていたという。
何か気付けば、セレンにつけていた者達は俺にそれを報告するはずだった。
だがセレンが何もないのだと言えばそうですか、と引き下がるしかない。長年、セレンの世話をしていた者達が年老いて、共にこれなかったのも気付けなかったひとつの原因だ。
彼らがいたなら、些細なことでも俺に報告していただろう。
セレンも俺に口出しされるのが嫌だろうからと、好きにさせたのがまず、いけなかったのだ。
嫌われてでも、守るべきだった。
しかし、そういったような手回しをセレンは嫌うし、気付く。気付いたなら、すぐに言ってくるというのはすでに経験しているのだ。
もう起ってしまったことはどうしようもない。俺はまた同じことを起さぬようにするだけだ。
セレンは隣国に。今まで世話をしていた侍従夫婦が過ごす穏やかな街へと送った。二人には迷惑をかけるが、底でしばらく静養してもらうべきだろう。
泣きはらした顔で何でもないと言う。食事もあまりとらず痩せてしまっていた。
きらきらと輝く穏やかな春のような少女であったのに、冷たい風の中に置き去りにされた女になってしまったのだ。
そのようにした王子と、侯爵家の娘。
王子は本当に好いていたのか、遊びだったのか。遊びであったのなら、それは許せることではない。
本気であったのなら――どうしてそうしたのだと、問い詰めてやりたいくらいだ。
おおよそ、こういう事を起す女の使う手管は予想できる。
おそらく、他の男達とも仲良くしているだとか、関係があるだとか。ないことを紡ぎ、惑わせて。
そして試してみればよいとでも言ったのだろう。
それがあの夜会の場だ。
王子は女と口付をし、セレンを傷つけた。
そして、ここであの女が出てくる。
セレンをかばうように前にでて、と。一体どんなつもりがあって、そうしたのか。
主催の公爵に迷惑がかかる? なるほど、それもあるだろう。しかし本当にそれだけなのだろうか。
本当は全て知っていて、面白おかしく見ていたのではないか、と思ってしまうのだ。
俺に対して紡ぐ言葉は幾らでも、取り繕う事ができるのだから。
「……このようなことに悩むなど、本当はあってはならんのだろうな」
今の俺は王太子ではないだろう。
国の事よりも、セレンの事を優先しているのだから。
疑惑が募る。それと同時に怒りも募る。
本当に、何も含むことなど無く。セレンのされていたことを知っていた上での振る舞いだったのであれば、俺はあの女が一番悪いと思う。
救う力があるのならば、もっと早くにそうしているべきだ。
侯爵家の娘を黙らせ、あの学園で他の令嬢達を、子息達を跪かせていればよかったのだ。
そうであれば好き勝手する者も出まい。セレンは異質ながらも、安全な場所にいられたのだ。
あの女が、嫉妬でセレンを傷つけるとは思えない。もとより、あの王子とそう言った関係ではなかったのも知っている。
それは公爵が話してくれたからだ。口説きたいという理由で預かった。そう言ったからこそ出た話だろう。
利害の一致である。そして集めた情報から察するに、互いを利用して不干渉。好きにすれば良いとお互い思っているのだろうから。
セレンを一番深く傷つけた王子と、侯爵家の娘を許すことなどない。
そしてあの女もだ。
ああ、今日はもうあの女の顔を見るのはやめておこう。
怒りがふつふつとこの実の内に湧き出ている。こんなにも醜悪なものを表しそうになるのは久しぶりだ。
造形は美しいのに歪んで見えてしまう。
瞳を伏せて思い浮かべるのはセレンの姿だ。
かつての輝かしい姿から、色あせて今の姿に変わってしまう。それほどまでに、俺にとってあの変わりようは衝撃だったのだ。
セレンを思い浮かべれば、怒りに苦いものも混じりだす。
あの何も知らなかった愛しい少女は恋を知って女になってしまったのだ。
その変容を起したのは俺ではない。俺ではないのだ。そのことを苦々しく思ってしまうことに笑いが零れた。
この想いはいらぬと切り捨てたはずであったのに、まだくすぶっていると。
きっとその考え方も、己の律し方もそれなりにできるのだろう。しかし、その裏で何を考えているのかはよくわからない。
持ち込んだ仕事の書類を眺めながら、俺は薄ら笑いを浮かべていた。
あれが男で、政敵であったなら苦労するだろうな、と。
しかし女で、他国の者だ。関わる必要はおそらく、ここでしかない。
セレンの話を聞いて、俺が納得したらもう会う事はほぼ、ないだろう。あったとしても、夜会ですれ違う程度だ。
国の貴族どもからの正妃だなんだというのが煩わしく、長期で外交を入れた。
城にいる時間は短くなり、他国を見て回るのは面白いものもあれば、そうでないものもある。
その終わりに、リヒテールのセレンの様子を見に来て。
どうして傍にいなかったのかと後悔をした。
そう、あの女がいう事も確かに、正しいのだ。
あれはまだ、己の本心を出さずあった事だけ口にしている。
本当に、あの女は何もしていないのか。それが知りたい。
しかし、何もしなかったからこそ、もう一人の女が調子にのったのだろう。
今、あの学園でもっとも高貴な存在は、女ではあの女だったのだ。それを頂点としてつくられなければいけないはずが、それがなかったのだ。
俺の諜報は優秀だ。調べて持ってきた報告に間違いはないのだろう。
セレンはあの学園に入り、友人もできていた。
しかし、リヒテールの王子に声をかけられ、気に入られる。他にも、王子と共に過ごしていた者達とも仲良くなったようだ。
そして、セレンはリヒテールの王子と通じ合った。
それからしばらくして、心無い噂や嫌がらせ。仲良い友人であったはずの者達も距離を取り始める。
そして、孤立。
その裏には、どこぞの侯爵家の娘がいたようだ。その娘は巧みに言葉使って、王子の取り巻き達を籠絡していく。他にも女達を使って嫌がらせをしていた。
セレンはそれにも耐えていたという。
何か気付けば、セレンにつけていた者達は俺にそれを報告するはずだった。
だがセレンが何もないのだと言えばそうですか、と引き下がるしかない。長年、セレンの世話をしていた者達が年老いて、共にこれなかったのも気付けなかったひとつの原因だ。
彼らがいたなら、些細なことでも俺に報告していただろう。
セレンも俺に口出しされるのが嫌だろうからと、好きにさせたのがまず、いけなかったのだ。
嫌われてでも、守るべきだった。
しかし、そういったような手回しをセレンは嫌うし、気付く。気付いたなら、すぐに言ってくるというのはすでに経験しているのだ。
もう起ってしまったことはどうしようもない。俺はまた同じことを起さぬようにするだけだ。
セレンは隣国に。今まで世話をしていた侍従夫婦が過ごす穏やかな街へと送った。二人には迷惑をかけるが、底でしばらく静養してもらうべきだろう。
泣きはらした顔で何でもないと言う。食事もあまりとらず痩せてしまっていた。
きらきらと輝く穏やかな春のような少女であったのに、冷たい風の中に置き去りにされた女になってしまったのだ。
そのようにした王子と、侯爵家の娘。
王子は本当に好いていたのか、遊びだったのか。遊びであったのなら、それは許せることではない。
本気であったのなら――どうしてそうしたのだと、問い詰めてやりたいくらいだ。
おおよそ、こういう事を起す女の使う手管は予想できる。
おそらく、他の男達とも仲良くしているだとか、関係があるだとか。ないことを紡ぎ、惑わせて。
そして試してみればよいとでも言ったのだろう。
それがあの夜会の場だ。
王子は女と口付をし、セレンを傷つけた。
そして、ここであの女が出てくる。
セレンをかばうように前にでて、と。一体どんなつもりがあって、そうしたのか。
主催の公爵に迷惑がかかる? なるほど、それもあるだろう。しかし本当にそれだけなのだろうか。
本当は全て知っていて、面白おかしく見ていたのではないか、と思ってしまうのだ。
俺に対して紡ぐ言葉は幾らでも、取り繕う事ができるのだから。
「……このようなことに悩むなど、本当はあってはならんのだろうな」
今の俺は王太子ではないだろう。
国の事よりも、セレンの事を優先しているのだから。
疑惑が募る。それと同時に怒りも募る。
本当に、何も含むことなど無く。セレンのされていたことを知っていた上での振る舞いだったのであれば、俺はあの女が一番悪いと思う。
救う力があるのならば、もっと早くにそうしているべきだ。
侯爵家の娘を黙らせ、あの学園で他の令嬢達を、子息達を跪かせていればよかったのだ。
そうであれば好き勝手する者も出まい。セレンは異質ながらも、安全な場所にいられたのだ。
あの女が、嫉妬でセレンを傷つけるとは思えない。もとより、あの王子とそう言った関係ではなかったのも知っている。
それは公爵が話してくれたからだ。口説きたいという理由で預かった。そう言ったからこそ出た話だろう。
利害の一致である。そして集めた情報から察するに、互いを利用して不干渉。好きにすれば良いとお互い思っているのだろうから。
セレンを一番深く傷つけた王子と、侯爵家の娘を許すことなどない。
そしてあの女もだ。
ああ、今日はもうあの女の顔を見るのはやめておこう。
怒りがふつふつとこの実の内に湧き出ている。こんなにも醜悪なものを表しそうになるのは久しぶりだ。
造形は美しいのに歪んで見えてしまう。
瞳を伏せて思い浮かべるのはセレンの姿だ。
かつての輝かしい姿から、色あせて今の姿に変わってしまう。それほどまでに、俺にとってあの変わりようは衝撃だったのだ。
セレンを思い浮かべれば、怒りに苦いものも混じりだす。
あの何も知らなかった愛しい少女は恋を知って女になってしまったのだ。
その変容を起したのは俺ではない。俺ではないのだ。そのことを苦々しく思ってしまうことに笑いが零れた。
この想いはいらぬと切り捨てたはずであったのに、まだくすぶっていると。
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