2 / 65
再会編
2
しおりを挟む
宣言して、職業紹介所を出てきたものの。
今になって、急に冷静になる。だって、あんなに美味しい仕事が残ってるわけない。そもそも、秘書業務に学歴不問な募集があるはずない…。
今まで、お父様が騙されるのを、どうしてと歯痒い思いで見てきたけど、私も充分その血を受け継いでいるんじゃなかろうか。
ガックリと項垂れる。でもでも。私は、無職期間を作るわけにはいかないのだ。例え向かうのが鬼の巣窟でも…。
粗末な家の前で立ち止まる。
ここが我が家だ。領地を失って、家もなくした私達は王都に出てきて、安い部屋を借りた。今まで住んでいた何十も部屋があり、迷子になりそうな広い庭付きの家から、リビングと他に部屋が二つの集合住宅に。部屋にシャワーはあるものの、トイレは共同。
本当はリビングの他一部屋にして、もっと安い部屋を借りるのでも良かった。でも、お父様が年頃の娘が部屋が無いなんて、お許しにならなかった。
…大黒柱は私だけども。
ガチャリ
玄関を開けると金色の塊が飛び出してくる。
「おかえりなさい!ねえさま!」
そう、彼女こそが、私が学園を中退し、一家の大黒柱となって働く理由。
キラキラと菫色の目を輝かせて笑う、私の宝物。
お父様が騙されて、ついでに莫大な借金まで拵えた時。
私だけなら特待生として、奨学金をもらって学園に残ることもできた。ただ間が悪いことに、お父様は再婚したばかりだった。継母様は、家が没落すると見るや、お父様との間に産まれた異母妹を置いてさっさと家を出ていった。そして、あっという間に別の貴族と再婚した。
平民落ちした身では、使用人も雇えない。乳飲み子を抱え、お父様は途方にくれていた。だから、私は学園を辞めることにしたのだ。お父様には稼ぐ力が全くないから必然的に家の事はお父様、大黒柱は私となった。
「ただいま。ミシェル良い子にしてた?」
しゃがんで目線を合わせて答えると、ミシェルは胸を張った。
「うん!ミシェ、おとーさまのてつだいした!」
偉いわね、と頭を撫でてやるとミシェルは嬉しそうに目を細めた。あっという間にミシェルも5歳。今ではひとりで身の回りの事ができるようになっただけではなく、お手伝いまでしてくれるようになった。
「お帰り、オリビア。手を洗っておいで。ご飯にしよう」
キッチンからお父様が顔を出す。フリフリのエプロンが眩しい。
なんとまぁ、意外なことに、お父様には家事の才能があった。
領地経営は全くできなかったのに、料理は意外と美味しいのだ。
お父様の顔を見て、ちょっとだけ今日の事を報告するか悩んだ。
けれど、怪しいとはいえ、次の職は見つけてきた。無駄に心配させる必要はないだろう。
翌日。私は紹介状を握りしめ、心を奮い立たせて新しい職場に向かった。
それにしても、さっきからずっと続く塀。歩いても 歩いても切れ目が無い。何ここ。ほんとに伯爵家?
領地にあった私達の家なんか比べ物にならないほどの広さに、さらに心が怖じ気づく。
こんなみすぼらしい格好で訪ねて良い家ではない。
(伯爵家が職業紹介所なんかに募集出すかしら?…やっぱり騙されてるんじゃ)
やっと門が見えてくる頃には、すっかり意気消沈。
門番に恐る恐る紹介状を渡した。
ドキドキしていたのに、すんなりと門を通される。
(玄関までがあんなに遠いわ…)
時間には充分余裕を持ってきたつもりだったが、時間ギリギリだ。はしたなくない程度に早足で歩く。
入り口の前で、ささっと髪を撫で付け、咳払いをして心を落ち着ける。
さすが良家は違う。ドアをノックする前に扉が空いた。
振り上げたこぶしがさ迷う。曖昧に笑いながら手を後ろに回した。
「ようこそいらっしゃいました。オリビア様。主がお待ちでございます」
ロマンスグレーの髪をきれいに撫で付け、モノクルをかけた執事に誘われ、応接間に通された。
今の私の給料じゃ一生弁償できない金額のソファーに恐る恐る座る。香り高い紅茶が、机の上に置かれる。
(あぁ、こんないい匂いのお茶何年ぶりかしら)
最近は専ら、花屋で廃棄される枯れかけのお花をもらってきて、ドライフラワーにしたものを湯で煮だす、なんちゃってフラワーティーしか飲んでない。
しかもお茶請けまでついている。このクッキー、ミシェルに持って帰ったらダメかしら。
あんまり真剣に悩んでいたからだろう、私は人が入ってきたことに気がつかなかった。
「そんなにクッキーが気に入りましたか?」
急にかけられた声に、弾かれたように顔を上げる。
目の前でいたずらっぽく笑う男性。あれは。
「アルフレッド・パーマー…」
私は呆然と呟いた。
「今はオーエンスです。お久しぶりですね、オリビア先輩。お元気でしたか?」
さっきお茶をいただいたばかりなのに、すでに喉がからからに乾いたように声がでない。
そんな、まさか。だってアルフレッドは。
「あなた…男爵家の出じゃなかった?」
「養子になったんですよ。跡継ぎのいない親戚筋の家にね。あなたが学園を去った後でしたかね」
アルフレッドは事も無げに話す。
アルフレッド・パーマー改めてアルフレッド・オーエンス。
彼は私の2歳年下の後輩だ。
学園では早いものは6歳で入学し、最大で18歳まで寄宿舎で過ごす。入学のタイミングは本人の学力と家庭の方針次第。
一番多いのは、9歳から成人の16歳までの8年間を過ごす者達だ。
私も、世間一般と同じく9歳から入学した。アルフレッドは、2歳年下だが、私と同じ年に一つ下の学年に入学した。
すごい天才が現れたと持て囃されていたのを覚えている。
肩につくくらいのさらさらの焦げ茶の髪に、瑪瑙のような琥珀色の瞳。7歳になったばかりのアルフレッドは、声変わりもまだで、少女めいた風貌をしていた。しかし、その瞳はいつも鋭く前を見据えられていて、ピクリとも笑わない少年だった。
そんな態度がかわいくないと、良く虐められていた。
今になって、急に冷静になる。だって、あんなに美味しい仕事が残ってるわけない。そもそも、秘書業務に学歴不問な募集があるはずない…。
今まで、お父様が騙されるのを、どうしてと歯痒い思いで見てきたけど、私も充分その血を受け継いでいるんじゃなかろうか。
ガックリと項垂れる。でもでも。私は、無職期間を作るわけにはいかないのだ。例え向かうのが鬼の巣窟でも…。
粗末な家の前で立ち止まる。
ここが我が家だ。領地を失って、家もなくした私達は王都に出てきて、安い部屋を借りた。今まで住んでいた何十も部屋があり、迷子になりそうな広い庭付きの家から、リビングと他に部屋が二つの集合住宅に。部屋にシャワーはあるものの、トイレは共同。
本当はリビングの他一部屋にして、もっと安い部屋を借りるのでも良かった。でも、お父様が年頃の娘が部屋が無いなんて、お許しにならなかった。
…大黒柱は私だけども。
ガチャリ
玄関を開けると金色の塊が飛び出してくる。
「おかえりなさい!ねえさま!」
そう、彼女こそが、私が学園を中退し、一家の大黒柱となって働く理由。
キラキラと菫色の目を輝かせて笑う、私の宝物。
お父様が騙されて、ついでに莫大な借金まで拵えた時。
私だけなら特待生として、奨学金をもらって学園に残ることもできた。ただ間が悪いことに、お父様は再婚したばかりだった。継母様は、家が没落すると見るや、お父様との間に産まれた異母妹を置いてさっさと家を出ていった。そして、あっという間に別の貴族と再婚した。
平民落ちした身では、使用人も雇えない。乳飲み子を抱え、お父様は途方にくれていた。だから、私は学園を辞めることにしたのだ。お父様には稼ぐ力が全くないから必然的に家の事はお父様、大黒柱は私となった。
「ただいま。ミシェル良い子にしてた?」
しゃがんで目線を合わせて答えると、ミシェルは胸を張った。
「うん!ミシェ、おとーさまのてつだいした!」
偉いわね、と頭を撫でてやるとミシェルは嬉しそうに目を細めた。あっという間にミシェルも5歳。今ではひとりで身の回りの事ができるようになっただけではなく、お手伝いまでしてくれるようになった。
「お帰り、オリビア。手を洗っておいで。ご飯にしよう」
キッチンからお父様が顔を出す。フリフリのエプロンが眩しい。
なんとまぁ、意外なことに、お父様には家事の才能があった。
領地経営は全くできなかったのに、料理は意外と美味しいのだ。
お父様の顔を見て、ちょっとだけ今日の事を報告するか悩んだ。
けれど、怪しいとはいえ、次の職は見つけてきた。無駄に心配させる必要はないだろう。
翌日。私は紹介状を握りしめ、心を奮い立たせて新しい職場に向かった。
それにしても、さっきからずっと続く塀。歩いても 歩いても切れ目が無い。何ここ。ほんとに伯爵家?
領地にあった私達の家なんか比べ物にならないほどの広さに、さらに心が怖じ気づく。
こんなみすぼらしい格好で訪ねて良い家ではない。
(伯爵家が職業紹介所なんかに募集出すかしら?…やっぱり騙されてるんじゃ)
やっと門が見えてくる頃には、すっかり意気消沈。
門番に恐る恐る紹介状を渡した。
ドキドキしていたのに、すんなりと門を通される。
(玄関までがあんなに遠いわ…)
時間には充分余裕を持ってきたつもりだったが、時間ギリギリだ。はしたなくない程度に早足で歩く。
入り口の前で、ささっと髪を撫で付け、咳払いをして心を落ち着ける。
さすが良家は違う。ドアをノックする前に扉が空いた。
振り上げたこぶしがさ迷う。曖昧に笑いながら手を後ろに回した。
「ようこそいらっしゃいました。オリビア様。主がお待ちでございます」
ロマンスグレーの髪をきれいに撫で付け、モノクルをかけた執事に誘われ、応接間に通された。
今の私の給料じゃ一生弁償できない金額のソファーに恐る恐る座る。香り高い紅茶が、机の上に置かれる。
(あぁ、こんないい匂いのお茶何年ぶりかしら)
最近は専ら、花屋で廃棄される枯れかけのお花をもらってきて、ドライフラワーにしたものを湯で煮だす、なんちゃってフラワーティーしか飲んでない。
しかもお茶請けまでついている。このクッキー、ミシェルに持って帰ったらダメかしら。
あんまり真剣に悩んでいたからだろう、私は人が入ってきたことに気がつかなかった。
「そんなにクッキーが気に入りましたか?」
急にかけられた声に、弾かれたように顔を上げる。
目の前でいたずらっぽく笑う男性。あれは。
「アルフレッド・パーマー…」
私は呆然と呟いた。
「今はオーエンスです。お久しぶりですね、オリビア先輩。お元気でしたか?」
さっきお茶をいただいたばかりなのに、すでに喉がからからに乾いたように声がでない。
そんな、まさか。だってアルフレッドは。
「あなた…男爵家の出じゃなかった?」
「養子になったんですよ。跡継ぎのいない親戚筋の家にね。あなたが学園を去った後でしたかね」
アルフレッドは事も無げに話す。
アルフレッド・パーマー改めてアルフレッド・オーエンス。
彼は私の2歳年下の後輩だ。
学園では早いものは6歳で入学し、最大で18歳まで寄宿舎で過ごす。入学のタイミングは本人の学力と家庭の方針次第。
一番多いのは、9歳から成人の16歳までの8年間を過ごす者達だ。
私も、世間一般と同じく9歳から入学した。アルフレッドは、2歳年下だが、私と同じ年に一つ下の学年に入学した。
すごい天才が現れたと持て囃されていたのを覚えている。
肩につくくらいのさらさらの焦げ茶の髪に、瑪瑙のような琥珀色の瞳。7歳になったばかりのアルフレッドは、声変わりもまだで、少女めいた風貌をしていた。しかし、その瞳はいつも鋭く前を見据えられていて、ピクリとも笑わない少年だった。
そんな態度がかわいくないと、良く虐められていた。
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる