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婚約者編

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 アルフレッドと婚約して早数か月。私は悩んでいた。
 最近アルフレッドが忙しそうなのである。いや、商会の会頭だから忙しいのは元々なのだが、ここ最近は顔を合わせる暇もないほどなのである。もちろん仕事場で会うことはある。同じ部屋で仕事をしているから。会えないのは主に仕事外プライベートでだ。
 アルフレッドの希望で始めたはずの、食後のお茶はもう何日実施されていないのか…。
 ちらっと、婚約前の嫌な思い出がよみがえるが、どこかから圧力をかけられているようにも思えない。それに、社交界のシーズンはまだ先だし、社交界に向けての衣装などの注文が入るにはまだ早い時期。

 もしかして、これが世に言う倦怠期?
 と、言うか、単に私が飽きられたのでは?

 ちょっと考えたくない想像が頭をぐるぐるする。

 そもそも、夫婦は対等でいたいのに、現時点で既に、実家ぐるみでおんぶにだっこ状態…。仕事も住居も、すべてアルフレッドに依存している状態。支援されてるなんて生易しいものじゃない。これって、アルフレッドの愛が冷めた時、一家で路頭に迷わない?

 思い至った現実に青ざめる。

 いや、ちょっと待って、すでに冷めかけている…?
 そもそも、私は性格だって可愛くないし…アルフレッドは私のどこがそんなに好きなのか……。

「あらあら、マリッジブルーね」

 ぐるぐると堂々巡りして行き場をなくした思いを、私はフローレンス様に吐露した。私の思考を聞いたフローレンス様は軽やかに笑い飛ばした。この妖精さん、なかなか笑い上戸である。

 じとっとフローレンス様を恨めしい思いで見つめる。

 今、私はフローレンス様とのお茶会の最中だ。
 アルフレッドが爵位を継ぐことはなくても、せっかく義娘むすめになるのだからと言ってくださったフローレンス様のご厚意に甘え、週に2回、お話相手もとい、伯爵夫人教育を受けている。

 本気で悩んでいるのに、軽く一言で片づけないでほしい。フローレンス様に笑い飛ばされたとて軽くならない心を持て余して、グイッと紅茶をあおると、すかさず新しい紅茶が継がれる。素晴らしき、伯爵家のメイド様。
 フローレンス様は私の様子を見て、あら?と首を傾げられる。妖精のような儚い美貌のフローレンス様は、細身の体に心配にはなるほど大きなお腹をゆっくりとさする。これでもまだ、生まれるまでにはもう少しかかるらしい。
 じっとお腹を眺めている私に、仕方ないわねと笑ったフローレンス様は私にアドバイスをくれた。

「こんな時は、一度離れてみるのも手よ?」

 そして、フレイヤ様の隣国訪問のお話を教えてくださったのだ。

 どうやら、隣国の皇太子セオドア様が、隣国が本格的に冬に入り、行き来ができなくなる前に一度里帰りをすることになったらしい。一緒に行かないか、と隣国の皇子に誘われたフレイヤ様は、行きたいと顔を輝かせたものの、同行できる者がおらず話は一旦保留になっているようだ。
 フローレンス様は、折角だから行かせてあげたいのだけど、身重の身では自分も付いていけないし…と思っていたらしい。
 いや、きっとそんなことは関係なく、ジークフリート様がフローレンス様がお一人で外出されるのをお許しにならないと思います。私は話を聞きながら、鼻で笑うジークフリート様を脳裏で思い浮かべる。うん、無理。絶対無理。

 フローレンス様は私に向かって、優雅にほほ笑む。

「ビアちゃんなら、成人しているし、私も推薦できるし…どう?」
「そう、ですね……少し考えさせてください」

 一旦保留にしたものの、そのお話は非常に魅力的だった。
 だって常々行ってみたいと思っていた国だし。

 隣国アルストリアは、気候が非常に厳しい上に、山を切り開いた場所にあるので平地が少なく坂が多い、そして石灰質の土壌のために、とにかく農業に適さない。代わりに輸入したものの細工や、薬の加工、学術の発展が目覚ましい国である。室内で細々とできる仕事が主なので、女性でもその才能だけでのしあがれる。
 祖国では賢しいと貶されるばかりだが、隣国では女性の学術分野や社会進出も進んでいるため、学園に通っていた当時の私は、特待生になって隣国に留学するのが密かな夢だった。
 フレイヤ様の同行者なら、きっと旅費はかからない。それに、皇太子と王女の視察である。一般人の自分だけでは見られない物を見られる可能性が高い。

(……それに、結婚してしまったら、旅行なんてできなくなるものね)

 そんなわけで、フローレンス様には即決を避けたものの内心は、結構乗り気になっていたのである。

(アルフレッドはなんて言うかしら…)

 ◆

 相談しようと思って部屋の前で待っていたのに、その日帰ってきたアルフレッドは、少しだけ私の顔を見て、キスを落とすとすぐに大きな荷物を部屋から引っ張りだして、出て行ってしまった。

「もしかしたら、長期で帰れないかもしれません」

 お土産買ってきますね、何てさわやかに笑って。頭を一撫でして。子供にするような対応に私は完全にへそを曲げた。

 ほーう。そうですか。向こうは何しているかこちらに報告して来もしないのに、どうして私だけ、あいつの許可がいるのかしら。いらないわよね。別にまだ嫁じゃないし。前に新婚旅行の話になった時に、隣国に行くことを少し渋って見えたから、相談に来てみたけど、必要なかったってことよね。

 そうして、次の日、フローレンス様に高らかに宣言したのだ。

「私、アルストリアに行ってきます!」
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