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婚約者編
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間を置かず扉が開けられる。まさか返答もしていないうちに開けられると思っていなくて、慌てて布団をぎゅっと引き上げる。顔も化粧や髪が乱れてひどいことになっているだろうが、取り繕う時間もない。
「ゆっくり寝られましたか?一晩経ってもお帰りになられていないと聞いて心配で来てしまいました」
悠然と入ってきたのはコンラード様だった。私はあまりの無作法にその嘘くさい笑顔を睨みつける。
「返答もない女子の寝室に入るなど……失礼だと思いませんか?」
「すみません、貴女の様子が心配で…」
相変わらず芝居がかった大仰な様子で、悪いとも思っていないように話しながら近づいてきたコンラード様の視線が、ふっと、私の手首に固定される。その瞬間、コンラード様の雰囲気が変わったことに、肌がざわりと泡立つ。
ふむ、と顎に手をやった後、剣のある目でこちらを見たコンラード様が肩を竦める。
「おやおや…。私に贈られたドレスを纏いながら、その日のうちに他の男との証を腕にはめるなど…あなたは見た目ほど貞淑な女性ではなかった、と言うことかな?」
やっぱり迂闊に贈られたドレスを纏うのではなかったと今更なことを嘆く。私とこの人との間には何にもないけれど、付け入られる隙を作ったことに後悔しかない。
「あの男はお知合いですか?」と言いながら、ずいっと近づいてくる彼に嫌な予感しかしなくて。何かしてきたら噛みついてやる、と体に力を籠めた。
柔らかな朝の光にそぐわない、緊迫した空気の中で、コンコンと軽いノックが響いた。また返事を待たずに扉が開けられる。
「お待たせいたしました、オリビア様。お迎えに伺いましたよ。……あら?あなたは…?」
入ってきたのはハンナだった。王宮侍女にしては無作法だったが、今は心から助かったと思うしかない。
他者の介入に気が削がれたのか、コンラード様の纏う雰囲気が変わる。表情を笑みに変えて私の方に再び顔を向けた。
「おや、お迎えが来たようですね。貴女の体調も問題なさそうですし…。私はこれで失礼いたします」
そう言うと、さっと部屋を出て行った。
侍女の無作法については、他国の未婚の女性の休む部屋に侵入した自分の無作法を鑑み口をつぐんだらしい。
コンラード様の姿が見えなくなって、ほうと体から力が抜ける。こ、怖かった…。
「大丈夫ですか!?オリビア様!」
扉が閉まるや否や、駆け寄ってきてくれるハンナに、うっすらと涙の滲む目でお礼を言う。
「いいえ、私は頼まれたのです。お着換えもお持ちしましたよ。与えられた客室に戻りましょうね」
優しく笑ってくれるハンナに何度も頷く。
もしかして、ハンナもアルフレッドが手配してくれていたのだろうか。
◆
まずは落ち着きましょうと、お茶を入れてもらって一息つく。
化粧を落とした後、アルフレッドによって背中の紐が緩められていただけだったドレスを脱がせてもらいながら、昨日の舞踏会の中座のお詫びとフレイヤ様の様子を聞く。
どうやら、私が倒れた後は、セオドア様がずっとフレイヤ様の横で、彼女のことを守ってくださったらしい。フレイヤ様が一人で途方に暮れることになるのではなくて、本当に良かった。
ほっと一息をつく私をよそに、ハンナは顔を曇らせる。
セオドア様がフレイヤ様の事ばかり構うことに、トルティアの王女様が、大変ご立腹だったと。いらぬ闘志に火をつけてしまったらしい。「これ以上こじれることがないと良いのですが…」と言うハンナに、私は深く深く頷く。
しかし、事態はそう簡単には収束しないらしい。
昨夜はなんだかんだでゆっくり休めた――――気絶していただけだが、おかげで元気だった私は、くしゃくしゃになったドレスを抱えたハンナと共にフレイヤ様の顔を見に、お部屋に向かうことにした。
そうしてその時丁度、フレイヤ様を呼びに来たクラースさんと遭遇したのだ。
あぁ。この既視感。嫌な予感しかしない…。
こうして私は、フレイヤ様への謝罪もそここそに、再びセオドア様の元へと向かうことになったのである。
「ゆっくり寝られましたか?一晩経ってもお帰りになられていないと聞いて心配で来てしまいました」
悠然と入ってきたのはコンラード様だった。私はあまりの無作法にその嘘くさい笑顔を睨みつける。
「返答もない女子の寝室に入るなど……失礼だと思いませんか?」
「すみません、貴女の様子が心配で…」
相変わらず芝居がかった大仰な様子で、悪いとも思っていないように話しながら近づいてきたコンラード様の視線が、ふっと、私の手首に固定される。その瞬間、コンラード様の雰囲気が変わったことに、肌がざわりと泡立つ。
ふむ、と顎に手をやった後、剣のある目でこちらを見たコンラード様が肩を竦める。
「おやおや…。私に贈られたドレスを纏いながら、その日のうちに他の男との証を腕にはめるなど…あなたは見た目ほど貞淑な女性ではなかった、と言うことかな?」
やっぱり迂闊に贈られたドレスを纏うのではなかったと今更なことを嘆く。私とこの人との間には何にもないけれど、付け入られる隙を作ったことに後悔しかない。
「あの男はお知合いですか?」と言いながら、ずいっと近づいてくる彼に嫌な予感しかしなくて。何かしてきたら噛みついてやる、と体に力を籠めた。
柔らかな朝の光にそぐわない、緊迫した空気の中で、コンコンと軽いノックが響いた。また返事を待たずに扉が開けられる。
「お待たせいたしました、オリビア様。お迎えに伺いましたよ。……あら?あなたは…?」
入ってきたのはハンナだった。王宮侍女にしては無作法だったが、今は心から助かったと思うしかない。
他者の介入に気が削がれたのか、コンラード様の纏う雰囲気が変わる。表情を笑みに変えて私の方に再び顔を向けた。
「おや、お迎えが来たようですね。貴女の体調も問題なさそうですし…。私はこれで失礼いたします」
そう言うと、さっと部屋を出て行った。
侍女の無作法については、他国の未婚の女性の休む部屋に侵入した自分の無作法を鑑み口をつぐんだらしい。
コンラード様の姿が見えなくなって、ほうと体から力が抜ける。こ、怖かった…。
「大丈夫ですか!?オリビア様!」
扉が閉まるや否や、駆け寄ってきてくれるハンナに、うっすらと涙の滲む目でお礼を言う。
「いいえ、私は頼まれたのです。お着換えもお持ちしましたよ。与えられた客室に戻りましょうね」
優しく笑ってくれるハンナに何度も頷く。
もしかして、ハンナもアルフレッドが手配してくれていたのだろうか。
◆
まずは落ち着きましょうと、お茶を入れてもらって一息つく。
化粧を落とした後、アルフレッドによって背中の紐が緩められていただけだったドレスを脱がせてもらいながら、昨日の舞踏会の中座のお詫びとフレイヤ様の様子を聞く。
どうやら、私が倒れた後は、セオドア様がずっとフレイヤ様の横で、彼女のことを守ってくださったらしい。フレイヤ様が一人で途方に暮れることになるのではなくて、本当に良かった。
ほっと一息をつく私をよそに、ハンナは顔を曇らせる。
セオドア様がフレイヤ様の事ばかり構うことに、トルティアの王女様が、大変ご立腹だったと。いらぬ闘志に火をつけてしまったらしい。「これ以上こじれることがないと良いのですが…」と言うハンナに、私は深く深く頷く。
しかし、事態はそう簡単には収束しないらしい。
昨夜はなんだかんだでゆっくり休めた――――気絶していただけだが、おかげで元気だった私は、くしゃくしゃになったドレスを抱えたハンナと共にフレイヤ様の顔を見に、お部屋に向かうことにした。
そうしてその時丁度、フレイヤ様を呼びに来たクラースさんと遭遇したのだ。
あぁ。この既視感。嫌な予感しかしない…。
こうして私は、フレイヤ様への謝罪もそここそに、再びセオドア様の元へと向かうことになったのである。
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