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婚約者編
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しおりを挟む「さぁ、お二人さん。もういいかしら?」
ミシェルさんの声が聞こえてきて、自分のいる場所を思い出した私はドキリとする。飛び跳ねるようにアルフレッドから離れて、座りなおした。
ミシェルさんは扉からひょこりと顔を除かせて、にこりと笑う。そして、私の婚約の腕輪を指さして言った。
「腕輪、似合ってるわ!本当は来た時に一番に言おうと思ってたの!誰かさんのせいで遅くなっちゃったけど……」
「あ、これ。ミシェルさんが……」
「えぇ、私が作ったの。この人ね、アルストリアに来てすぐ、うちに来て、この腕輪を作るための注文を細かーく細かーくしてきてね」
ニコニコと笑うミシェルさんと対照的に、思わぬ暴露話にアルフレッドは少し決まり悪気だ。アルフレッドは誤魔化すように咳払いして言う。
「ミシェルの細工物は祖国でも人気ですから。流通量は少ないですが、仕入れれば飛ぶように売れますからね」
「すごいわよね、このデザイン!2本の金属を絡めるように腕輪にするなんて、独占欲の塊みたい!!」
腕輪の意匠を指差して、見て見てと言うミシェルさんになんだか私の方が恥ずかしくなってきた…。腕輪の誕生秘話から離れたくて、話題の転換を図る。
「つ、つまり二人は、アルフレッドが顧客になったつながりで…?」
「えぇ。王妃への献上品も作っているミシェルならば、様々な情報を持っていると思いまして」
「うふふ、そんな恥ずかしがらずに二人の馴れ初めから教えてくれたって良いのに」
アルフレッドが私の意図に気付いて乗ってくれたのに、ミシェルさんは無邪気な顔で追い討ちをかけてくる。
ミシェルさんの追求にアワアワしていると、アルフレッドが急に真顔になって言う。
「オリビア先輩、これ以上遅くなると暗くなって危険です」
私はその言葉にはっとして、チラリと窓の外を見た。
この場から離れられるのはやぶさかではない。でも、帰る前に聞いておきたいことがあった。
「あ、最後にこれだけ教えて……ねぇ、アルフレッド。私これから何をしたらいい?」
じっと見つめると、アルフレッドはにっこり笑って首を振る。
「何も」
「はぁ?」
その言葉に思わず大きな声を出す。でも、アルフレッドは怯んだ様子もなく、私の肩に手を乗せて説き伏せるように言った。
「何もしないでください。ここに呼んだのはその話をするつもりもあったんです」
「こんな状況で何もしないなんて…!」
「これ以上は危険です。何なら今後の予定を早めて帰国してもいいくらいですよ」
「そんな…」
アルフレッドは居ずまいを正す。
「いいですか?今は国家間で、一触即発の状態です。満足に身を守る兵もいないまま、一番危険なのはあなた達です。あなたの行動が、フレイヤ様も危険に晒しかねない。今は堪えてください」
そんな風に淡々と言われたら引き下がるしかないではないか。フレイヤ様の事まで言われたら尚更……。
「まぁまぁ。オリビアちゃんの気持ちもわかるわ。何もできないなんてもどかしいわよね」
ミシェルさんは慰めてくれたが、アルフレッドの態度は頑として変わらなかった。
◆
どうにも釈然としない気持ちで宮殿へ戻る。
門を通りすぎたところで、呼び止められた。
「あぁ、こんなところにいたのかオリビア嬢!」
骨格がよく似ているからだろうか、アルフレッドによく似た声に一瞬ドキリとする。
動揺を悟られないように殊更ゆっくりと振り返る。
案の定コンラード様がそこにいた。何時もの悠然とした態度とは違い少し焦ったような顔をしていた。
「私に何か御用ですか?」
「そうだ。全く君はいったい何をしたんだ!?父上がご立腹だぞ!」
宰相が私に立腹している?こちらの方が苛々させられてますが何か?
と言うか、それが私に何か関係あるかしら。
訝しげな私の表情をどう勘違いしたのか、コンラード様が慈しむような顔でゆっくりと首を振る。
「…あぁ、いやなに、私が取りなしてあげるからそれほど心配しなくていい。さぁ、早速謝りに行こう」
「相変わらず人の話を聞かない方ですね」
私のきっぱりとした言葉にコンラード様が面食らったように瞬きする。
「先にこちらに失礼なことを言ってこられたのは宰相閣下ですよ。私は謝る気はございません。ですから、あなたに取りなしていただくこともございませんよ」
胸をそらすように張って、ニッコリと微笑むとコンラード様は訝しげな顔をする。
「貴女は私が思っていた女性とは少し違うようだね…」
「あなたが私の事をどう思ってたかなんて存じませんが、あなたは私なんか見もせずに、言いたい事を言って、したいことをしていただけですものね?」
ポンポン反論する女は好みではないのだろう。コンラード様の顔色が分かりやすく変わった。
「貴女はもう少し男性を立てる方かと思ったが…」
「あら?どうして、私が縁もゆかりも無い殿方を立てる必要がございますの?」
わざとらしく、首をかしげながらハッキリ言う。
「失礼。貴女を買い被り過ぎていたようだ。もう少し奥ゆかしく可愛らしい方だと思っていたが…貴女もアルストリアの女と変わらない。残念です」
「いいえ、謝っていただく必要はございません。だって、それ、最高の誉め言葉だもの!」
私を睨み付けると、コンラード様は踵を返し、振り返ることなく去っていった。
◆
そして、何事もないまま2日経った。正確には、宮殿内の行く先々に出没するトルティアの姫に1日中追い回されて、セオドア様がげっそりしていたり、フレイヤ様と視察にも出られず部屋にこもって刺繍に没頭したりとたわいない日々を過ごしていた。
アルフレッドに大人しくしておくように言われたこともあるが、正確にはこれ以上どう動いていいかわからなかったというのが一番の理由だった。
私たちのこの国の滞在期間はあと3日。
腑に落ちないままだが、このままこの滞在を終えるのだろうか、そう思っていた夕方の事だった。
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