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第五章 無計画な真実の愛
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「マリアは確かに行動力があるが、それだけでこんなにすんなりと私の噂を広めることができるだろうかと考えたんだ。私にこのことを教えてくれたのは側近のダミアンだ。平民の大衆紙の話が貴族にまで広がっている。誰かが陰から協力したんじゃないか、と。そこで私に不能の噂がたって、得をするのは誰かと考えたんだ。」
いや、正確にはヨーゼフが不能でなければ損をするのは誰か、と考えた。答えは自ずと一人に絞られる。ヨーゼフに子がないことを責められるのは妻であるキャサリンだ。
「君がマリアを刺激して動かし、噂を広めたんだね。」
「仮にそうだったとして、旦那様は私を罰するのですか?」
キャサリンは話の流れが読めないようで怪訝な顔でヨーゼフを見てくる。
「そんなことはしないよ。たとえ君がどんなに悪いことをしていたって、私は君をかばうよ。だから一人で立ち回らずに、これからは私にも相談してくれないかい?」
「なぜ?」
「なぜって…。私はこの先もずっと君と一緒にいたいんだ。私はキャシーの夫としてそんなに頼りないかい?」
「お仕事はよくできる方だと思っております。」
「プライベートでも頼りにしてほしい。」
二人は静かに見つめあった。
「実は…、最近、兄上からキャシーに領地経営をさせることに苦言を呈されたんだ。夫人は夫を立てて家で子を育てるものだと。私に子作りができないなら養子を迎えて子育てをさせ、君を家に閉じ込めておけと。」
キャサリンは鼻の上にしわを寄せて嫌そうな顔をした。そんな顔も可愛い。
「でも、私はそんなことをするつもりはないよ。キャシーの優秀さを家で囲って隠すだなんて。それこそ損失だよ。でも国王である兄上に疎まれては活動しにくいだろう?
私を頼ってほしいんだ。私はこれでも王弟だから、権力はある。好きに使ってくれて構わないんだ。キャシーがずっとここにいてくれるなら。」
「…なぜ、私にここにいてほしいんです?離縁して国に返した方が旦那様も楽なのでは?」
「そんなことはない!私はキャシーを愛している!」
「はい??」
「キャシーがブルテンに帰りたいなら私がブルテンに嫁ぐ!」
キャサリンは「何を言うかと思えば…そういえば駄犬でしたね」と呆れかえった顔になった。
「ツンツンしているキャシーも、陰謀を張り巡らせるキャシーも可愛くて仕方ない!きっとこれが真実の愛なんだ!」
「旦那様が言っても信用できませんわ。」
キャサリンにダイレクトに刺されて、ヨーゼフは項垂れる。
「そ、それでもいい。これから死ぬまで態度で示し続けるから。」
キャサリンを縋るように見つめたヨーゼフに、いつもの困ったような呆れたような顔が向けられる。それからキャサリンは考えるように顎に手をやった。
「わかりましたわ。」
「わかってくれたのかい!?」
「私は、これまで通りに過ごします。私の思惑を勝手に旦那様が察知して手助けしてくださる分には構いませんわ。真実の愛を示し続けてくださいませ。」
キャサリンは少し妖艶に微笑んだ。ヨーゼフの背筋が喜びでぞわぞわする。落ち着こうと紅茶を慌てて口に含んだ。
「手始めに、今日は夫婦の寝室でお待ちしております。」
持っていた紅茶のカップがヨーゼフの手を滑り落ち、ズボンに大きなシミを作った。
「ほ、本当に?」
「はい。いい加減そろそろ子どもがいないと動きにくくなってきましたし。旦那様が言う愛とやらを示してくださいませ。」
キャサリンは優雅に立ち上がると「では。」と言って執務室を出て行った。
固まって動かないヨーゼフをペーターが発見するのは五分後のことだ。
ーーーー
その三月後、ヨーゼフは兄であり国王であるエアハルトに呼び出された。エアハルトの横にはかつてのヨーゼフの側近であり、ヘルムフート公爵であるクラウスが立っていた。
「相変わらず、キャサリン夫人は領地経営に精を出しているようだな?最近は外交の仕事にも彼女からの要望が上がってくるとか。」
エアハルトは不機嫌そうな顔でヨーゼフを見てくる。
「家で大人しくさせておけ、と言ったのはどうなったんだ?」
「私が頼んで彼女に仕事をしてもらっているのです。恥ずかしながら、領地経営まで仕事が回らず、せっかく賜った領地を寝かせておりましたから。」
「本来はお前がやるべき仕事だろう?」
「そこはぜひクラウスにも聞いてみたいと思っていたのです。クラウスは兄上の側近として忙しくしておりますが、ヘルムフート領は素晴らしい領地だと国内外で有名です。クラウディア夫人の協力があってのことだと思うのですが?」
急に話を振られたクラウスは困惑した表情でこちらを見てきた。
「もちろん、妻は最大限のサポートをしてくれていますが。」
「私の側近であるダミアンのところもそうなのだそうです。夫人は二人の子を育てながら、ダミアンの手が回らない仕事をこなしてくれているそうです。ダミアンの名前で。」
「…何が言いたい?」
「妻は私の手が回らない仕事を代わりにやってくれているだけなのです。妻を見せびらかしたい私が、妻に自分の名前で仕事をさせている、ただそれだけの違いなのです、兄上。」
「ならば…。」
兄の言葉を遮って、ヨーゼフは咳ばらいをした。
「そして、兄上に大事なご報告が。」
「なんだ?」
「キャシーが妊娠しました。まだ安定期前なので極一部の者しか知りませんが、産み月は来年の夏になるそうです。」
「はあ!?お前、いつの間に!?」
「なので妻の負担になるようなことを言うのはやめてくださいね。」
ヨーゼフはいい笑顔を兄に向けると、颯爽とその場を去って行った。
エアハルトはその後もしつこくヨーゼフに文句を言うが全く改善されず、数年後には自身のスキャンダルにより国民の信用を失い、ヨーゼフに物申せる立場ではなくなってしまう。それがどうしておきたのか、エアハルト国王には最後までわからないままだった。
いや、正確にはヨーゼフが不能でなければ損をするのは誰か、と考えた。答えは自ずと一人に絞られる。ヨーゼフに子がないことを責められるのは妻であるキャサリンだ。
「君がマリアを刺激して動かし、噂を広めたんだね。」
「仮にそうだったとして、旦那様は私を罰するのですか?」
キャサリンは話の流れが読めないようで怪訝な顔でヨーゼフを見てくる。
「そんなことはしないよ。たとえ君がどんなに悪いことをしていたって、私は君をかばうよ。だから一人で立ち回らずに、これからは私にも相談してくれないかい?」
「なぜ?」
「なぜって…。私はこの先もずっと君と一緒にいたいんだ。私はキャシーの夫としてそんなに頼りないかい?」
「お仕事はよくできる方だと思っております。」
「プライベートでも頼りにしてほしい。」
二人は静かに見つめあった。
「実は…、最近、兄上からキャシーに領地経営をさせることに苦言を呈されたんだ。夫人は夫を立てて家で子を育てるものだと。私に子作りができないなら養子を迎えて子育てをさせ、君を家に閉じ込めておけと。」
キャサリンは鼻の上にしわを寄せて嫌そうな顔をした。そんな顔も可愛い。
「でも、私はそんなことをするつもりはないよ。キャシーの優秀さを家で囲って隠すだなんて。それこそ損失だよ。でも国王である兄上に疎まれては活動しにくいだろう?
私を頼ってほしいんだ。私はこれでも王弟だから、権力はある。好きに使ってくれて構わないんだ。キャシーがずっとここにいてくれるなら。」
「…なぜ、私にここにいてほしいんです?離縁して国に返した方が旦那様も楽なのでは?」
「そんなことはない!私はキャシーを愛している!」
「はい??」
「キャシーがブルテンに帰りたいなら私がブルテンに嫁ぐ!」
キャサリンは「何を言うかと思えば…そういえば駄犬でしたね」と呆れかえった顔になった。
「ツンツンしているキャシーも、陰謀を張り巡らせるキャシーも可愛くて仕方ない!きっとこれが真実の愛なんだ!」
「旦那様が言っても信用できませんわ。」
キャサリンにダイレクトに刺されて、ヨーゼフは項垂れる。
「そ、それでもいい。これから死ぬまで態度で示し続けるから。」
キャサリンを縋るように見つめたヨーゼフに、いつもの困ったような呆れたような顔が向けられる。それからキャサリンは考えるように顎に手をやった。
「わかりましたわ。」
「わかってくれたのかい!?」
「私は、これまで通りに過ごします。私の思惑を勝手に旦那様が察知して手助けしてくださる分には構いませんわ。真実の愛を示し続けてくださいませ。」
キャサリンは少し妖艶に微笑んだ。ヨーゼフの背筋が喜びでぞわぞわする。落ち着こうと紅茶を慌てて口に含んだ。
「手始めに、今日は夫婦の寝室でお待ちしております。」
持っていた紅茶のカップがヨーゼフの手を滑り落ち、ズボンに大きなシミを作った。
「ほ、本当に?」
「はい。いい加減そろそろ子どもがいないと動きにくくなってきましたし。旦那様が言う愛とやらを示してくださいませ。」
キャサリンは優雅に立ち上がると「では。」と言って執務室を出て行った。
固まって動かないヨーゼフをペーターが発見するのは五分後のことだ。
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その三月後、ヨーゼフは兄であり国王であるエアハルトに呼び出された。エアハルトの横にはかつてのヨーゼフの側近であり、ヘルムフート公爵であるクラウスが立っていた。
「相変わらず、キャサリン夫人は領地経営に精を出しているようだな?最近は外交の仕事にも彼女からの要望が上がってくるとか。」
エアハルトは不機嫌そうな顔でヨーゼフを見てくる。
「家で大人しくさせておけ、と言ったのはどうなったんだ?」
「私が頼んで彼女に仕事をしてもらっているのです。恥ずかしながら、領地経営まで仕事が回らず、せっかく賜った領地を寝かせておりましたから。」
「本来はお前がやるべき仕事だろう?」
「そこはぜひクラウスにも聞いてみたいと思っていたのです。クラウスは兄上の側近として忙しくしておりますが、ヘルムフート領は素晴らしい領地だと国内外で有名です。クラウディア夫人の協力があってのことだと思うのですが?」
急に話を振られたクラウスは困惑した表情でこちらを見てきた。
「もちろん、妻は最大限のサポートをしてくれていますが。」
「私の側近であるダミアンのところもそうなのだそうです。夫人は二人の子を育てながら、ダミアンの手が回らない仕事をこなしてくれているそうです。ダミアンの名前で。」
「…何が言いたい?」
「妻は私の手が回らない仕事を代わりにやってくれているだけなのです。妻を見せびらかしたい私が、妻に自分の名前で仕事をさせている、ただそれだけの違いなのです、兄上。」
「ならば…。」
兄の言葉を遮って、ヨーゼフは咳ばらいをした。
「そして、兄上に大事なご報告が。」
「なんだ?」
「キャシーが妊娠しました。まだ安定期前なので極一部の者しか知りませんが、産み月は来年の夏になるそうです。」
「はあ!?お前、いつの間に!?」
「なので妻の負担になるようなことを言うのはやめてくださいね。」
ヨーゼフはいい笑顔を兄に向けると、颯爽とその場を去って行った。
エアハルトはその後もしつこくヨーゼフに文句を言うが全く改善されず、数年後には自身のスキャンダルにより国民の信用を失い、ヨーゼフに物申せる立場ではなくなってしまう。それがどうしておきたのか、エアハルト国王には最後までわからないままだった。
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