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第10話
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「結婚おめでとう! アナベル、お幸せに!」
「本当におめでとう! 心から祝福するわ!」
ミーファとユイラが花びらの雨を降らせる。
その柔らかな花吹雪を受け、アナベルは微笑んだ。
「ありがとう、二人共! あなた達は私の本当の親友よ!」
美しい花嫁衣装に身を包んだアナベルが、涙を流しながら二人の額に口づける。婚儀を終えた花嫁行列が、国で最も大きな聖堂から出て街を練り歩いていた。今日は聖女の結婚式――国を挙げての祭りとなっていた。
「うっ……うっうっ……アナベル……――」
そこにひとり涙にくれる男がいた――彼はアナベルの横で、こう嘆く。
「ううぅっ……サレクを誘っていいとは言ったけど、結婚までするなんて……!」
「ファース様、いつまでも泣かないで下さい!」
「そうですよ! 今日は結婚式なんですから!」
「あぁ……アナベル……!」
涙するのはこの国の王子ファースだった。
彼はアナベルを心から愛していた――しかしその彼女はハーレムの世話役であるサレクを選んだのだ。控えめな二人はひっそりと、しかし着実にその愛を育んでいたのである。そして寛大な心の持ち主であるファースは聖女アナベルと世話役サレクとの結婚を認め、盛大な結婚式を挙げさせた。しかし未練はまだまだ消えないようで、こうして泣きながら花嫁の後を付きまとっていた。
「ファース様、そんなに悲しまないで下さい……」
困り顔のアナベルに話しかけられ、ファースは満面の笑みを浮かべた。
花嫁衣装の彼女はどこまでも美しく、今からでも奪いたいくらいだった。
「ああ、アナベル! 困らせて悪かったね! あの恐ろしい妹はもう二度とこの国へは来れないから、安心して暮らし給え!」
「ファース様、そのことなのですが……――」
あれからイザベルはすぐに隣国へ送り返した。
勿論、その悪事と散々な外交成果の手紙と一緒に――
「イザベルは王族が管理するお屋敷に軟禁されて、生きているのですよね? 酷い目に遭っていませんよね?」
「ああ、勿論だよ」
ファースがにっこりと目を細める。
彼だけが知っている事実を隠したまま。
「花嫁がそんなこと心配するものじゃないよ。さあ、花婿の元へ行ってやり給え。遠くで恨めしそうにこちらを睨んでいるよ?」
「あっ……! サレクを忘れていたわ……! すぐに行きます!」
「ああ、行ってらっしゃい」
花婿の元へ戻る花嫁を見て、ファースは微笑んだ。
アナベルにはとても知らせることのできない事実がある。
それはこの自分が墓の中まで持っていこう――そう決意していた。
「イザベル様……自業自得ですよ……――」
ひとり呟いたファースはその事実を思い出す。
イザベルは国に送り返された後、酷い拷問を受けたという。なぜなら彼女が殺した女性のほとんどは貴族の娘で、さらには王女までもが含まれていたのだ。特に第一王子は可愛がっていた王女の死の原因を知り、深く傷付いたという。そして王族と貴族達は絶対に殺しはしないと、ギリギリのところで彼女を生かし、痛め付けた。
その想像を絶する苦しみの中で、イザベルは聖女の力に目覚めた。ただしそれはほんのわずかな力で、アナベルには到底敵わないものだった。しかしその力に目を付けた王侯貴族達はイザベルを国家防衛の奴隷とすることにした。聖女の力を魔道の力で吸い上げ、結界に生かしたのだ。しかもその力の吸い上げには強い痛みが伴うという。だからイザベルは今もなお苦痛の中でもがき苦しんでいるのだ。
それを優しい姉には告げられない――ファースは涙を拭って前を向いた。
「アナベル! サレク! 悔しいけど、結婚おめでとう!」
彼はようやく祝いの言葉を言った。
そんなファースに二人は最高の笑みを見せる。
花嫁行列は長く続き、国の平和を謳っているようだった。
―END―
「本当におめでとう! 心から祝福するわ!」
ミーファとユイラが花びらの雨を降らせる。
その柔らかな花吹雪を受け、アナベルは微笑んだ。
「ありがとう、二人共! あなた達は私の本当の親友よ!」
美しい花嫁衣装に身を包んだアナベルが、涙を流しながら二人の額に口づける。婚儀を終えた花嫁行列が、国で最も大きな聖堂から出て街を練り歩いていた。今日は聖女の結婚式――国を挙げての祭りとなっていた。
「うっ……うっうっ……アナベル……――」
そこにひとり涙にくれる男がいた――彼はアナベルの横で、こう嘆く。
「ううぅっ……サレクを誘っていいとは言ったけど、結婚までするなんて……!」
「ファース様、いつまでも泣かないで下さい!」
「そうですよ! 今日は結婚式なんですから!」
「あぁ……アナベル……!」
涙するのはこの国の王子ファースだった。
彼はアナベルを心から愛していた――しかしその彼女はハーレムの世話役であるサレクを選んだのだ。控えめな二人はひっそりと、しかし着実にその愛を育んでいたのである。そして寛大な心の持ち主であるファースは聖女アナベルと世話役サレクとの結婚を認め、盛大な結婚式を挙げさせた。しかし未練はまだまだ消えないようで、こうして泣きながら花嫁の後を付きまとっていた。
「ファース様、そんなに悲しまないで下さい……」
困り顔のアナベルに話しかけられ、ファースは満面の笑みを浮かべた。
花嫁衣装の彼女はどこまでも美しく、今からでも奪いたいくらいだった。
「ああ、アナベル! 困らせて悪かったね! あの恐ろしい妹はもう二度とこの国へは来れないから、安心して暮らし給え!」
「ファース様、そのことなのですが……――」
あれからイザベルはすぐに隣国へ送り返した。
勿論、その悪事と散々な外交成果の手紙と一緒に――
「イザベルは王族が管理するお屋敷に軟禁されて、生きているのですよね? 酷い目に遭っていませんよね?」
「ああ、勿論だよ」
ファースがにっこりと目を細める。
彼だけが知っている事実を隠したまま。
「花嫁がそんなこと心配するものじゃないよ。さあ、花婿の元へ行ってやり給え。遠くで恨めしそうにこちらを睨んでいるよ?」
「あっ……! サレクを忘れていたわ……! すぐに行きます!」
「ああ、行ってらっしゃい」
花婿の元へ戻る花嫁を見て、ファースは微笑んだ。
アナベルにはとても知らせることのできない事実がある。
それはこの自分が墓の中まで持っていこう――そう決意していた。
「イザベル様……自業自得ですよ……――」
ひとり呟いたファースはその事実を思い出す。
イザベルは国に送り返された後、酷い拷問を受けたという。なぜなら彼女が殺した女性のほとんどは貴族の娘で、さらには王女までもが含まれていたのだ。特に第一王子は可愛がっていた王女の死の原因を知り、深く傷付いたという。そして王族と貴族達は絶対に殺しはしないと、ギリギリのところで彼女を生かし、痛め付けた。
その想像を絶する苦しみの中で、イザベルは聖女の力に目覚めた。ただしそれはほんのわずかな力で、アナベルには到底敵わないものだった。しかしその力に目を付けた王侯貴族達はイザベルを国家防衛の奴隷とすることにした。聖女の力を魔道の力で吸い上げ、結界に生かしたのだ。しかもその力の吸い上げには強い痛みが伴うという。だからイザベルは今もなお苦痛の中でもがき苦しんでいるのだ。
それを優しい姉には告げられない――ファースは涙を拭って前を向いた。
「アナベル! サレク! 悔しいけど、結婚おめでとう!」
彼はようやく祝いの言葉を言った。
そんなファースに二人は最高の笑みを見せる。
花嫁行列は長く続き、国の平和を謳っているようだった。
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