王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「あら、どうするの?」
「座って頂こうか、イルダ嬢。」

 バルリオス将軍が、卓上に鏡を置き、その前の椅子を引いています。

「将軍……。」

 さすがにイルダ様も、戸惑っています。

 美しくなるということと、将軍が結び付かないのでしょう。
 わかります。

「お嬢さん、戸惑っているぞ、バルリオス。」
「むぅ。」
「バルリオス将軍、私にして下さい。そうすれば、イルダ様もわかってくれます。」
「それが早いかもな、バルリオス。」
「論より証拠か。ではロザリンド嬢お願いする。」

 さっと私は、鏡の前の椅子に座りました。

「何をするの?」
「まぁ見てて下さい。」

 カミロ導師が、首回りにタオルを巻いてくれました。

 バルリオス将軍が、卓上の傷だらけの箱を開け、小さい広口の陶器の容器を3つ、いや4つ出します。
「唇もですか?」
「ソバカス消しだけより説得力が出る。」

 背中に、興味と警戒心の入り交じったイルダ様の視線を感じながら、しばしバルリオス将軍の手に顔を委ねます。

「終わりだ、イルダ嬢に見せるといい。」

 立ち上がり、イルダ様の方を向きます。

「ソバカスが……。」
「消えているでしょ。」
「えぇ、それに唇が艶やかになってる……。どうなっているの?」
「私が『斬首将軍』の異名をとることはご存じだろう。」
「はい。討ち取った首をきれいにされるとも伺っています。」
「話が早い。今ロザリンドに施したのは、その首をきれいにする技術の応用だ。」
「えっ!?」

 驚いてる驚いてる。
 私も驚いたもん。

「さぁ、座って。今から施術する。」

 バルリオス将軍が、驚いているイルダ様を椅子に座らせます。

「ちょっと待ってくれ、将軍!討ち取った首に施す技術だろう。娘は生きているんだ!止めてくれ!!」
「大丈夫ですよ。」
「大丈夫って。」
「私、生きてますよ。死ぬことはありません。」
「だがねぇ。」

 ヒメネス伯爵をなだめようとしますが、女の子の力では、男性であるヒメネス伯爵を抑えられません。

「伯爵、落ち着いて。」

 エルゼが背後から伯爵を抑えにかかります。

 二人がかりでようやく伯爵を抑え込めました。
「イルダ、大丈夫か!?」
「えぇ……。」
「すまないが、しゃべったりしないでくれ。」
「あ、あの。」
「しゃべらないで。頬の肉が動く。」
「むむっ。」
「唇は、クリームだけでなく紅も入れるか。」

 傷だらけの箱から、新しい容器を出し、唇に指を這わせます。

「眉も毛並みを整えて。」
 眉にブラシをかけてますね。
「整然こそ強さであり、それは美しさにつながる。」
「オヤジ、毛並み整えんのと、兵隊の隊列揃えんのを一緒にするなや。」
「一緒だ。」

 オラシオのツッコミを一蹴して、ブラシを置きます。

「終わりだ。鏡を見てくれ。」

 バルリオス将軍は、イルダ様に鏡を見るよう促します。

「えっ……これ、ワタシ?」

 鏡に写る自分の顔を、信じられないといった面持ちで見入ってます。

「いつも見てるより目が大きく丸く見える。つり目がちなはずなのに。」
  頬に手を当てて。
「それにワタシの肌、ここまでキレイだったかしら。日焼けの跡は、残っていたはずなのに。」

 イルダ様、貧しい伯爵家を支えるために庭仕事などしてましたものね。

「ふふ、肌の状態がいいとやはり、効果も高い。」
「肌に関しては、アタシの指導の指導のたまものじゃな。」
「イルダ様も、よくイシドラの指導に従ってましたしぃ。」

 ウルファ、私の方を見ないでくれるかな。

「うちのお嬢様も見習って欲しいものじゃ。ソバカスを放置するつもりかの。」

 イシドラの視線が痛いです。
 ゴメン、でも思うとこあってお肌のお手入れ手抜きしてるの、許して。

「まぁまぁ、ロザリンドさんは、普通でもかわいらしいのですから、いいではありませんか。」

 ヒメネス伯爵、いいですよ、もっと事実を言って。

「バルリオス将軍、これは一体?討ち取った首をキレイにする技術の応用とおっしゃられましたが。」
 イルダ様がバルリオス将軍に質問しています。
「うむ、戦場で敵を討つが、斬った首をそのまま見分に出しては、死者が可哀相に思えてな。カミロに相談したのだ。」
「で、僕は鉱石を使った顔料の研究成果の一端を使って、首をキレイに見せるクリームなどを調合したんです。」
「顔料とは……。絵の具を娘の顔に塗ったのですか?」
「まさか、それは違う。首はキャンバスではない。」

 バルリオス将軍が、首を振ります。

「自然な感じになりませんから、キャンデリラワックスなどの植物性のオイルを用いています。絵の具の油とは違い人体に害はありません。」
「キャンデリラ?キャンデリラ草と関係があるのかな?」
「えぇ、キャンデリラ草から抽出したワックスです。よくご存知で。」

 カミロ導師が、ヒメネス伯爵の疑問に答えます。

「父がレイク大陸から取り寄せ、我が家の庭で栽培していますので。」
「父さん、この屋敷では、花壇以外のところでも飛んだ種が芽吹いているよ。」

 アズナールが付け加えます。

「見苦しいから抜いてたけど、まずかったっすか?」

 オラシオも一言。

「なんと、もったいない。レイク大陸の、それも南方にしか咲いてないから、取り寄せるしかなくて高価なんだよ。」

 カミロ導師が、額に手をあて嘆きます。

「我が家の庭に、意外な宝があったのね。」

 イルダ様も、呆然とした顔になって呟きます。

「イルダ様、いい機会です。鉱物の方カミロ導師に見てもらっては?」
「曾祖父の石を?」
「鉱石か、アズナールから話は聞いている。拝見したいものだ。ひょっとしたら高価で売れる物があるかもしれませんよ。」
「私の一存では。」
 イルダ様は、ヒメネス伯爵の方に視線を向けます。
「構いませんが、価値があるのでしょうか?」
「わかりませんが、一度拝見したい。」
「では。このすぐ近くの部屋です。」

 ヒメネス伯爵に案内され、さほど待つことなく反応がありました。

「これは!!」

 カミロ導師の叫びが広間にも聞こえてきました。

 
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